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「いえ、今からスーツをお持ちしますので」


そう言って笑顔で店員は姿を消す。


あっ、10着のヤツか。10着かぁ、秘書になるならやっぱりそれくらいは必要かな。


ここのブランドのスーツは1着で、わたしのお給料1ヶ月分にもなる。


それが10ともなれば…いや、考えるのはよそう。


しばらくして、店員が帰って来た。


「お待たせしました。ではこちらに」


店員が持ってきたのは、桜色のスーツだった。


手伝ってもらいながら着て見ると、意外と悪くない。


「外で源氏さまがお待ちですよ」


「あっ、はい」


おずおずと試着室から出ると、社長はレジで男性店員と談笑していた。


「あの、社長。着替えました」


「ああ」


振り向いた社長は、わたしの姿を見て少し固まった。


「えっと、どこかおかしいですか?」


靴も用意されていた物に履き替えた。


すると驚くことに、形だけは秘書課っぽくなるのだから不思議だ。


「まさか。俺の選んだスーツがおかしいワケがないだろう? 見惚れていただけだ」


そう言ってわたしの頭をぽんぽんっと優しく叩いた。


…コレって、妹扱い? でも悪い気はしない。


社長という肩書きを取れば、この人は歳の離れた兄のような感じがするから。


「荷物はお前の住所に送り付けた。今夜届くようにした」


「あっ、ありがとうございます」


何はともあれ、タダでスーツを手に入れられたのは悪くない。


「じゃ、次は美容室だな」


…しかし社長は甘くなかった。


「えっ? 次?」


「その顔と髪型で、秘書が勤まると思うのか?」


グサッ★


社長の言葉と、冷たい視線がわたしの胸を貫いた。


たっ確かにファンデーションを塗って、眉をかいて、口紅を塗っているだけだけど…。


そして髪は後ろに1つに結っているだけ。


まだ事務の匂いが残っていると言っても過言じゃないけど…。


そしてまた手を掴まれ、ズルズルと…。


次は美容室やネイルサロン、果てはエステまで入っているセレブ女性御用達のビルだ。


「…社長、もしかしなくても常連ですか?」


「俺のダチがここの経営者なだけだ」


引き摺られるのも慣れ始めた時、最上階のエステに到着した。


「あれ? 美容室だけだったのでは?」


「手を触ってて気付いた。エステもしてこい」


ざくっ★


社長の冷静な一言が、胸に大きな傷を付けた。


社長はここの店員とも顔見知りらしく、わたしを引き渡すとどこかに行ってしまった。


社長の一言に深くショックを受けたまま、ニコニコ顔の女性エステティシャン達に、全身を揉まれてしまった。


エステなんてはじめての経験だったので、おかしな声を上げてしまった気がするけど…ショックが深過ぎてあまり記憶がない。


「では次はネイルの方にご案内します」


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