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「なら秘書課の事務をしろ」


「…はい?」


「秘書課にもそういう仕事はある。ちょうど良いことに、今の秘書達は事務的な仕事は苦手ときている。全部お前に任せる。それなら良いんだろう?」


…確かに秘書課の人達は、事務の仕事を好んでやるタイプには思えないけど…。


秘書課の中の、事務作業…。それなら妥協しても良いかもしれない。


普通の秘書のように、社長についていろいろな所に回ったり、たくさんの人と接することがないなら…。


「…わたし、対人は苦手ですよ?」


「これだけ俺に啖呵切れるんだから、ウソだと思いたいな」


「それとこれとは違います! 本当に事務作業をさせてくれるならまあ…良いですけど」


秘書課の事務作業なら、普通に事務にいるよりお給料も良くなる。


趣味人間のわたしにはありがたいことだ。


「そうか。なら決まりだな」


ポンッと手を叩き、課長を丁寧に下ろした社長は、わたしの目の前に歩いてきた。


うっ! 目の前に立たれると、迫力あるなぁ。


長身だけど細身で、整った顔立ちをしている。


なのに性格は豪快で強気。だけど人に好かれるタイプで、敵は多いけど味方も多い。


…まっ、女性関係も多いみたいだけど。


「それじゃ、よろしくな。ゆかり」


「えっ? …下の名前ですか?」


「俺は秘書を、下の名前で呼び捨てにするんだ。慣れろ」


「…分かりましたよ。これからよろしくお願いします」


わたしは腰を折り曲げ、お辞儀をした。


「ああ」


そして差し出された社長の大きな手。


おずおずと握った。


大きくて熱い手…。この手で欲しい物は何でも手に入れてきたんだろうなぁ。


まさにわたしとは住んでいる世界が違う。


仕事も事務だけなら、あんまり顔を合わせないだろうし…。


「じゃ、行くか」


「えっ?」


社長はわたしの手を掴んだまま、突然歩き出した。


「いっ行くってどこにですか?」


「買い物だ。その事務員の格好じゃ、秘書なんて勤まらないぞ」


「今日は大目に見てくださいよ! と言うよりお金あんまり持っていません!」


情けないことだが、会社に大金を持ってくることはあまりない。


「心配するな。秘書課配属祝いだ。俺が奢ってやる」


「それって会社のお金じゃないですか!」


「俺の給料から出るから、横領じゃない。経費で落とそうなんて考えていないから、心配するな」


それなら一安心…ではなくて!


「これからって、仕事はどうするんですか?」


事務でも秘書でも引き継がなければならないことが、山のようにあるというのに!


「最初の仕事は俺に付き合うことだ。分かったらとっとと行くぞ」


「えっ~?!」

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