第15話 幕間:初デート後半
ホームセンターでテントを購入した、その帰り道、どこかでお昼ご飯を食べようという事になった。
なにを食べるか、話し合ってるところへ、
「へっへっへ綺麗なねぇちゃん連れてデートたぁみせつけてくれるじゃあねぇか?」
「俺達にもちょっと付き合ってくれよ?」
明るい髪色の男と背の低い坊主頭が、頭の悪い台詞を吐きつつ目の前に立ちはだかってきた。
「あなたたち、・・・・・・いや、何でもないわ」
少女は、一度何かを言おうとするが、首を振ると口を噤む。
その様子を不思議に思い見つめると、
「昔ね、学んだのよ」
と少女は呟く。
「学んだ?」
「小学生の頃、隣の席に明日葉君っていう男の子がいたの」
少女は訥々と話し出す。
「その子はあまり勉強ができない子だったわ」
「まあ、尾張さんと比べたらだいたいの人は勉強出来ないでしょうけど」
「えぇ、そうね。私は昔からお利口さんだったもの」
謙遜って知ってますか?
「ある日、明日葉君が先生に当てられて掛け算を解いたんだけど答えが間違っていたのよ。だから私、そこの答え間違ってるわよ? こんなに簡単なのもわからないなんて、あなた馬鹿なの? って明日葉君に言ったの」
「それで?」
なんとなく次の展開を予想しながら、先を促す。
「彼、一瞬真顔になったと思ったら私の頭をたたいてきたわ。私、本当にいきなりだったからびっくりしちゃって、少し涙目になっちゃったわ」
「尾張さんが?」
疑わしげな顔をする僕に、有無を言わせぬ笑顔を向ける少女。
「なにか?」
「いえ」
その圧力に口を噤む。
「その時は、先生が明日葉君に注意してその場をおさめたんだけど・・・・・・。衝撃の事実だったわ。頭の悪い人にあなた頭が悪いのねっていうと怒るのよ」
「そりゃあ、明日葉君もいきなり罵倒されたら怒りますよ」
明日葉君に同情しつつそう返す。
「別に私は事実を言っただけなのだけれど?」
「むしろ事実を言われちゃうと明日葉君に逃げ場ないですから。心が叫びたがっちゃいますから」
やれやれと肩をすくめる少女は、
「だからといって、矛先をこちらに向けないで欲しいわよね」
ため息を吐く。
「むしろ、原因に向かうだけましなのでは?」
「いいえ、原因は彼の頭の悪さよ?」
そう言いきる少女。
「だから、私はそういう人や場面に出くわしたら、この人は頭がかわいそうな人なんだなぁって哀れに思いつつ何も言わずにその場を去ることにしているわ」
そういうと、少女は、きびすを返して来た道を歩きだそうとする。
それを目の前の男たちは、慌てて遮ると、
「おい、なんかよくわからんが、俺たちのこと馬鹿にしてない?」
「まて、確かにこいつは馬鹿だが、そこに俺を含んでもらっては心外だな」
明るい髪色の男が、坊主を指差す。
「んだとてめぇ?」
「やんのかこら?」
いきなり始まった争いに困惑しながら、
「なんか、喧嘩はじめましたね」
「目標に対してすぐ脇道に逸れる。頭がかわいそうな人たちの典型ね」
会話する僕達の声がどうやら聞こえたらしい頭がかわいそうな人たち。
「「あぁ⁉︎?」」
彼らは、経験則からか自らへのネガティブな発言には敏感なようで、
「あんまり調子こいてっといてこましたるぞわれぇ!」
等と発言しつつ、こちらとの距離をはかっている。
いてこましたるって意味わかって使ってるのかなこの人?
「落ち着いてくださいよ。尾張さんもあんまり挑発しないで」
僕は、まあまあと宥めるように両手をあげる。
「私は、事実しか言ってないわ」
「真実は時に人を傷つけるんですよ」
その発言が気に障ったのか、坊主が食ってかかる。
「おいこら! 俺らを無視してんじゃねぇ!」
「ちょっと待った!」
掴みかかろうとする坊主を制す。
「あぁ⁉︎」
「その辺にしておいた方がいいですよ? でなければ、僕の最終兵器を出さなければならなくなります」
首をコキリと鳴らすとそう啖呵をきる。
「あぁ? 出してみろや!」
ふぅ、やれやれ。これだから、頭がかわいそうな人たちは。
「仕方がないですね。あなたたちは、これで終わりです」
そう言うと、僕は両膝を曲げ、内股に立ち、両手を顔の前に構える。
「それは⁉︎ サンチンの構え⁉︎ てめえ、武術家か!」
頭のかわいそうな人たちは、僕の構えを見てそう思ったようだった。しかし、それは間違いだった。
僕は、大きく息を吸うと、一瞬で目の前の二人を叩きのめす。
ということは、全くなく、いつのまにか離脱している少女が呼んできた、警察官に二人のかわいそうな人たちはお持ち帰りされていった。
「サンチンの構えなんて、よく知ってたわね紀美丹君」
「サンチンの構えってなんですか?」
僕のその発言に、呆れながら返す少女。
「さっき自分でしてたじゃない」
「いえ、あれはただ、お巡りさんを呼ぼうとして口の前に手を当てていただけです」
だいたい、ただのゲーマーに武道経験を期待する方が間違っている。
「そんなことより、ご飯食べません?」
ファミレスに入り、注文を済ませた後、何の気なしに話し出す。
「ファストフードってあったかいとそれなりに美味しいですけど、冷めると何この残飯・・・・・・てなりますよね」
「冷めたファーストフードなんて、食べたことないわね」
フライドポテトを摘む。
「さすが、お嬢様」
「やめてちょうだい」
少女は嫌そうにアイスティーのストローに口をつける。
「そんなお嬢様なら、世界で一番美味しいものにも一家言お持ちとみました」
「なによいきなり」
フライドポテトを指し棒のように持つ。
「ほら、世界で一番売れているから、世界で一番美味しいものはハンバーガーだって話があるじゃないですか」
「資本主義の犬の言いそうなことね」
少女は、フライドポテトに手を伸ばしケチャップをつけ、口に運ぶ。
「でも、ハンバーガーって、あったかいとそれなりに美味しいけど、冷めると美味しくないんですよ。だから、僕は思ったわけです。冷めても美味しいものが一番美味しいものだと」
ドヤ顔をしながら完璧な理論を展開する。
「何故そうなったかはともかく、その理屈だと、アイスクリームが一番ね」
完璧な理論にも一部の隙があったようだ。
「待って」
「待たない」
にべもない。ならば、
「三秒ルール」
「もう三秒経ったわ」
馬鹿な!
「待った」
「待ったは一回までよ。今から、使っても戻れないわ」
将棋ルールでもダメだった。
「聞いてない」
「これで、世界で一番美味しいものはアイスクリームにきまったわね」
デザートのアイスクリームにスプーンを入れながら少女は結論を出す。
「それはおいといて。世界で一番美味しいものは、温度が変化しても味が落ちないものだと僕は思うわけですよ」
「宇宙食ね」
食べ終わったアイスクリームのスプーンを置く少女。
「待って」
おかしい完璧な理論だったはずなのに。
「待ったは一回までと言ったでしょう」
往生際悪く食い下がろうとする。
「聞いてな・・・・・・」
「言いました」
「はい」
すっかりぬるくなったジンジャーエールに口をつける。
「つまり、宇宙食のアイスクリームが世界で一番美味しいものということね」
少女が最終的な結論を出す。
「何ですかそれ? 食べたことないです」
「以外と美味しいのよ?」
空になったドリンクバーのコップを見ながら、そろそろ出ましょうか、とどちらからともなく席をたつ。
その後、購入したテントを学校に持ち込み、旧文芸部室に置いて、そこで尾張さんと別れた。
ちょっとした用事を済ませて、その帰り道、何の気なしにハンバーガーショップの横を通ると、見知った顔がレジに並んでいた。
ちょっと頬が赤く染まっていたのを見て、ニヤニヤしていると、ぷいっと視線を外された。
その日に食べた夕ご飯はいつもより美味しく感じた。
「やっぱり世界で一番美味しいものは、おふくろの味ですね」
と呟くと、母親がシラッとした顔で、
「マッサマンカレーだよ」
などと言うのでミシュランの犬がと心の中で毒づいた。
僕が、生きている少女と会ったのはこの日が最後だった。
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