第16話 おかしい

 おかしい。尾張さんに触れることができる。

 尾張さんの背中に触れた手を、肩にまわす。


 尾張さんは死んだ。確かに殺されたはずだ。

 そして、今ここにいる彼女は、実体のない幽霊のようなもの。もしくは、僕の妄想の産物のはずだ。

 肩から、彼女の顔に手を移動し、頬をつまむ。


「ひみにふん。はにふふおよ」


 尾張さんが何か言っている気がする。


「椎堂さん」


「なに?」


 僕の行動を訝しげに見ていた椎堂さんに質問する。


「幽霊って触れるんですか?」


「はぁ?」


 なにを訳のわからない事をといった表情をする椎堂さん。


「はへはゆふへいよ。いいはへんははひははい」


 尾張さんの頬に触れていた手を振り払われる。


「変態」


 尾張さんは頬をさすりながら罵倒する。


「誰が変態ですか」


「いきなりどうしたの?」


 椎堂さんには、尾張さんの声は、やはり聞こえないらしい。


「尾張さん」


 僕の方をジトっと見つめる。


「なによ」


「いま、メッセージを送れますか?」


 尾張さんは、合点がいったのか、


「そういうことね」


 と呟くと、スマホを操作し始める。


「椎堂さん。メッセージアプリの尾張さんのブロック解除してもらえますか?」


「・・・・・・あのメッセージ、あなたが送ってきたの?」


 その時の、椎堂さんの表情は、怒りを押し殺しているようだった。


「いえ、違います。尾張さんが送信したものです」


 その言葉に、椎堂さんは我慢の限界を迎えたようで、怒りにまかせて叫ぶ。


「いい加減にして! さっきから何度も言ってるよね! 尾張さんは死んだんだよ!」


「えぇ、確かに彼女は死にました。ですが、ここにいるんです」


 証拠をお見せします。そう言って、彼女にブロック解除を促す。

 一度感情をぶつけたことで少し冷静になったのか、椎堂さんは半信半疑のまま、メッセージアプリを操作する。


 しばらくして、アプリの通知音が鳴る。


 椎堂さんは、メッセージを読むと困惑したような表情で僕の方を伺う。


「どう、やったの?」


「どうとは?」


 僕のはぐらかすような言葉に、


「だから、どうやってメッセージを送ったの。あなた、今スマホ持ってないよね?」


 苛立ったように質問を重ねる。


「いや、だから、僕じゃないんですって」


「じゃあ、この部屋のどこかにあなたの協力者がいるの? あなたたち一体なんのつもりなの? なんでこんなことするの!」


 椎堂さんは、どうしても尾張さんの存在を認められないようで、感情をどこまでも高ぶらせていく。


「協力者は尾張さんですし、目的は、尾張さんと椎堂さんに仲直りしてもらうことです」


 それを聞いた時の椎堂さんの表情は、意識の外から何かで殴られたような、そんな衝撃をうけたようなものだった。


「仲直りって、どういうこと?」


「椎堂さん、ずっと尾張さんの事を無視していたでしょう?」


 椎堂さんは唇を噛み、掌に爪が食い込むほどに強く手を握る。


「・・・・・・無視なんて、そんなつもり無かったわ」


 後悔を滲ませた声と表情は、どこか、悲痛さを感じさせた。

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