第九話 世紀末隣人伝説

 新たに現れた二人の男は、何もかもが終末的世界観に合っていなかった。


 二十歳くらいのホスト風の男は、自らを監視者ウォッチャーと名乗った。

 きちんと整髪された茶髪のロン毛、オラついたサングラス、やたら細身で尖った感のあるストライプスーツ、腰の革製ホルスターに提げる中国軍将校が持っていそうなシルバースライドの拳銃など、一見すれば無法者を束ねるインテリヤクザに見えなくもないが、いかにも何も考えてなさそうな雰囲気は完全に三下のそれだった。


 筋肉モリモリの中年男の方も名乗ったが、筋肉の威圧感が物凄く、全く聞き取れなかった。

 こちらは、体形の維持はどうしてるんだと訊きたくなるほどの、筋肉モリモリマッチョマンの変態としか形容できなかった。


 挨拶もそこそこに、那智さんと監視者ウォッチャーが話し始める。オミナさんとスーさんは、筋肉男に手渡された水を飲みながら休憩しており、コージは独り取り残される。

「どーしたの、なっちゃん。仲間一人増えた感じ? しかも男じゃん? 俺じゃダメなん?」

 監視者ウォッチャーが馴れ馴れしく那智さんに話しかける。その話し方は、見た目同様、何も考えてなさそうである。

「この子は宮田浩治くん。船橋の軍附属病院で一緒になった」

「あれぇー? 何々、なっちゃん逆ナン? つーかこいつ歳いくつよ? なっちゃんがショタコンだったとか意外だわー」

 監視者ウォッチャーが軽口を叩きながら、ゲラゲラと笑う。那智さんはうんざりした表情こそしていたが、特に否定するわけでもなく話を流す。

「そんなことばかり言うから、お前なんて仲間にするわけないんだ。ところで、この近辺で軍に動きはあるか?」

「あー、ちょっと調べますねぇー」

 那智さんの質問に相槌を打ちながら、監視者ウォッチャーはおもむろに個人認証端末スマートフォンを取り出した。

 二つ折りのディスプレイ映し出される首都圏の地図が、灰色の終末に燦然と輝く。

「東京湾にアメリカ海軍の船が定期的に出入りしてるのと、ディズニーランドが中国軍に不法占拠されてる以外、相変わらず千葉は無法地帯っすよ」

「ついでに、次回の物資投下ポイントも教えてくれないか?」

「あーはいはい。地図あります?」

 個人認証端末スマートフォンを操作しながら、監視者ウォッチャーは訳知り顔で話す。


 急に、終末世界に似つかわしくない日常的なツールが飛び出したため、コージは戸惑った──なぜこの男は個人認証端末スマートフォンを使っているのか。どこで充電してるのか。そもそも電気や電波は生きてるのか?


 監視者ウォッチャーと那智さんが話す間、屍体の好きそうな筋肉男は、軽々と屍体の担いでは路地裏と街路を往復していた。

 那智さんはリュックから地図本を取り出すと、監視者ウォッチャー個人認証端末スマートフォンと見比べながら、メモを取り始めた。

 先ほどからずっと居場所がないコージは、オミナさんとスーさんが路地裏から出るのを機に、それに続いて表通りに出た。


 路地から出ると、再び謎が降って湧いた。

 血溜まりの中に、眩いばかりの日本国旗が輝く。

 どういうわけか、国防軍の装甲車が、肉塊ゾンビの屍体の山に横付けされ停車している。筋肉男は物色する屍体を手際よくそれに詰め込み、オミナさんとスーさんも、無言のうちにそれを手伝っている。


 急に蚊帳の外に放り出されて、コージは戸惑い、そして苛立った。

 この二人の男は、一体何者なんだ──しかし謎が解明される間もなく、コージの周りでは事が進む。


 望んでいた、求めていた女性たちとの終末が、瓦礫のように崩れる。それまで自分を中心に回っていた終末が、いきなり現れた謎の男二人にかき乱される。

 肉塊ゾンビの波状攻撃を凌ぎ、誰もが安堵していたが、しかしコージだけは内心穏やかではなかった。

 早く消えろ──コージは独りほぞを噛んだ。

 呟きながら、コージは銃を握り締め、トリガーに指をかけようとした。しかし監視者ウォッチャーには見透かされている気がして、筋肉男には返り討ちにされる気がして、結局何もしなかった──できない自分を、無理矢理納得させた。

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