第十二話 監視者

 コンクリート張りの室内に、電子音の囁き声が静かに響く。

肉塊ゾンビに変わってしまっても、家族なんです」

 渋い表情の女性陣三人を横に、コージは母と妹を助けたいという思いを打ち明けた。

「いや知らねーよ。別に勝手にやりぁいいじゃん? 何で俺まで巻き込まれなきゃならんのよ?」

 何も考えてなさそうな男の声が、コンクリートの壁に反響し、電子音の囁きの間にこだまする。

 個人認証端末スマートフォンを手に、ゲーミングチェアに腰かける監視者ウォッチャーに、コージは嫌々ながらも頭を下げた。しかし、モニターの明かりに照らされる男の顔は、まるで聞いてなさそうだった。


 コージは那智さんらに、母と妹の窮状を伝えた。しかし三人とも顔をしかめるばかりで、話は進展しなかった。そこで、筋肉モリモリの男と親しいであろう監視者ウォッチャーに協力を仰いだ。


 繁華街の一角、案内された監視者ウォッチャーが拠点としている地下室は、ほぼゴミ屋敷だった。そこはとにかく物が溢れており、ほとんどはガラクタにしか見えなかったが、しかし所狭しと置かれたモニターは稼働しているようで、様々な終末日本の風景が映し出されていた。

 肉塊ゾンビで賑わう街角、燃え盛るビル群を背に飛び交う銃弾、ディズニーランドを不法占拠する中国軍旗、そして屍体だらけの松戸駅で陽気に暮らす筋肉モリモリの男が、カラーや白黒で表示される。

 それらのはっきりとした映像は、この男がただのホスト風の男ではないことを暗示しているようだった。


「なっちゃんたちだって、乗り気じゃないんでしょ?」

「彼の気持ちはわかるが、しかしあれと過度に関わるのは避けたいというのは本音だ」

 洗濯し終わった迷彩服の上にプレートキャリアを装着し、完全武装した那智さんの言葉は、普段と違い歯切れが悪い。

「多分あの人、相当拘り強いから、自分の物を弄られると怒るんじゃないすかね?」

 アジダス社のジャージに対する拘りが強いオミナさんも、困り顔でぼやく。

 モニターを不安げに眺めるスーさんの表情も、二人同様に浮かない。


 コージは苛立っていた。

 家族を取り戻したいという、当たり前の意見にも二の足を踏む女性陣にもだが、何よりも、目の前で横柄な態度を取る、監視者ウォッチャーに対して──。


「そもそもさぁ、家族っつっても、もう肉塊ゾンビになってんでしょ? そんなもんどうすんの?」

「それはわかってます。でも、あんな状態にはしておけないんです」

「まぁ好きにすれば。テキトーに肉塊ゾンビ狩りの予定入れとくから、それに合わせて盗めば?」

 そう言って、監視者ウォッチャー個人認証端末スマートフォンを操作し始める。

「もちろん、足が着かないようにやる。そっちもあいつにバラすなよ」

「言うわけないっしょ。もー、あのおっさんマジ最強だから、バレたら殺されちゃうっての」

 那智さんに釘を刺された監視者ウォッチャーは、本気で嫌そうな顔をしていた。その表情から、少なくとも、この男から筋肉モリモリの男に事がバレる心配はないように思えた。


 コージの話はまるで聞いていなかったが、那智さんが何とか監視者ウォッチャーの協力を取り付けてくれたため、一応話はまとまった。

 スケジュールは決まった。あとは、そのときに向け、準備をするだけである。

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