第七話 洛陽2033

 肉塊ゾンビの襲撃を退け、物資を確保した四人は、血塗れの屋上をあとにし、旧病棟へと足を踏み入れた。

 さっきまでいた病院内と違い、旧病棟と呼ばれる場所は、肉塊ゾンビはおろか、そもそも人の気配がまるで感じられなかった。


 那智さんの指示で、コージはオミナさんと銃を交換した。小口径の5.56mm旧式アサルトライフルと比べると、大口径の6.8mm新弾薬を使用する国防軍アサルトライフルは、反動が大きく、女性向きではない。それに6.8mm新弾薬は主力でこそあれ、5.56mm旧NATO弾よりも希少価値が高く、威力、射撃の精度を鑑みても、コージが持つのが適任との判断だった。もちろんコージ自身も、新型の方が使いたかったので、交換をお願いした。

 渡された国防軍のアサルトライフルを構えてみる。設計の新しさからか、旧式アサルトライフルよりも体に馴染む気がした。

 高揚するコージとは反対に、オミナさんは名残惜しそうだった。その横顔に、コージは一瞬見惚れていた。


 那智さんの先導に続く間、コージはオミナさんの反応を探りつつ、打ち解けようと試みていた。

「そういえばオミナさんって、何で〈囁きのウィスパーズ〉のアカウント名を名乗ってるんですか?」

「本名あんまり好きくなくてねぇ。那智さんみたいに格好よくないし……」

 オミナという名前には思い当たる節があったが、いきなりは訊けなかった。合わせて、若干の下心を悟られぬよう、慎重に言葉を選ぶ。

「あのー、そのアカウント名って、もしかして洛陽2033ってゲームから取りました?」

「お! まさか少年も違法所持者だったのかい?」

「どっかで聞き覚えあるなとは思ってたんですよ。オミナって、確か洛陽2033に出てくる日帝スパイの偽名ですよね?」

「その通り! いやー、まさかあの伝説のゲームの話が通じる人が、この世紀末に現れるとは……」

 嬉しそうに笑うオミナさんを見て、コージも自然と笑みがこぼれる。思わぬ意気投合に、コージの足取りは心なしか軽やかになっていた。


 洛陽2033は、中国で開発されたゲームである。発売は十年以上前、コージが生まれたばかりの頃なのだが、政府が発禁にしたことで逆に知名度が上がり、違法所持者が続出するほどのゲームだった。

 ゲームシステム自体は、RPG、FPSなどの要素を組み合わせたよくあるオープンワールドゲームなのだが、特筆すべきはそのストーリーである。

 西暦2033年の中国、古都洛陽を舞台にした、終末の物語……。そのストーリーの秀逸さ、先鋭さは、革新さで、様々なレビューで絶賛を呼んだ。

 コージ自身も、感動のあまり、中学一年のときはその話ばかりしたものだった。


「ていうか、そのアカウント名で、よく公安に捕まらなかったですね……」

「まぁ、そこは腐っても新アメリカ自由同盟傘下の国だったってことじゃない? 大朝鮮将国とか、マジもんでヤバイ国は即死刑だろうし」

 お気楽に語るオミナさんは、人見知りしてた頃と比べ、随分と陽気になっていた。

 すると、先頭を行く那智さんが、歩きつつ質問してきた。

「何だ? その洛陽なんちゃらってのは?」

「中国の昔のゲームです。ストーリーが凄く面白いんですけど、発禁後は所持してるだけで逮捕される、曰く付きのゲームです」

「中国のゲームなら、少しは中国語がわかるのか?」

「いや、フルローカライズしたやつで遊んでたんで……」

 那智さんはゲーマーではないのか、外国産のゲームをしてるのに外国語がわからないという事態に、首を傾げる。すると、オミナさんが横から会話を盛り立てる。

「中国舞台のゲームだけど、ぶっちゃけ中国語は全く覚わらんかったっすわ」

「地名ぐらいですかね、詳しくなったのって」

 コージはオミナさんと洛陽2033あるあるを話しながら、にやにやと顔を見合わせたが、那智さんは呆れて口を閉じてしまった。

「それにしても、2033年に本当にゲームと同じ内容のことが起こるなんて、不思議なもんっすね〜」

 旧病棟の通用口から外を窺いながら、オミナさんはまた呑気に呟いた。

 コージはふと、洛陽2033の存在を教えてくれた学友の伊藤のことを思い出した。退屈な中学のクラスメイトの中では、気の合う奴だったが、果たして今はどうしているのだろうか──と思ったが、通用口の先に広がる廃墟の街を見て、どうでもよくなった。きっとあいつなら、自分と同じで、この終末を楽しんでいるに違いない。


 那智さんを先頭に、四人は旧病棟から、廃墟の街に出る。焼け焦げた街路には相変わらず人気はなく、一行にもどこか弛緩した空気が漂い始めいた。

 そのとき、路地の曲がり角で、那智さんと肉塊ゾンビが唐突にぶつかった。そして、出会い頭の銃声が静寂を破った。

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