第五話 最初の銃弾

 女性陣三人はコンテナを開けると、周囲の警戒もそこそこに、すぐに手持ちのリュックに物を詰め始めた。


 コンテナの中には、食料や日用品から、個人防衛用の装備品まで、幅広い物資が所狭しと詰め込まれていた。

 コージが背後からそっと覗いていると、スーさんがコンテナに入っていた服を丁寧に畳んで、寄こしてくれた。

「……どうぞ」

 そして、初めて喋った。

 受け取ったはいいものの、コージは驚きのあまり、お礼を言うのを忘れていた。

 三人の目の届かない所で、コージはそれに着替えた。風通しの良すぎる入院着から、普通のTシャツとジーパンに着替え、魚のロゴが印象的なアジダス社のスニーカーを履くと、ようやく地に足が着いたような気がした。

 着替えてから、スーさんにお礼を言うと、彼女は恥ずかしそうに俯きながら、「どうも」と答えてくれた。


 そのとき、まるでこちらがコンテナに集まるのを見越したかのようなタイミングで、屋上に唸り声が響き渡った。

 血塗れの腐乱屍体の群れが列をなし、屋上に通じる扉から駆け出してきた。

 即座にそれに反応した那智さんが、軽機関銃ライトマシンガンを構え、引き金を引く。

 弾幕が静寂を切り裂き、肉の群れを薙ぐ。

「オミナさん! 早く撃つんだ!」

 那智さんに急かされ、オミナさんも国防軍のアサルトライフルを構えるが、その構えはどう見ても変だった。この人はさっきから射撃こそしているが、ほとんど当たってないのではないかとも思えた。

 那智さんも薄々それに気づいているのか、血相を変えてコージの肩を叩く。

「コージ君! 今の国防の授業では、射撃講習はやってるのか!?」

「もちろんやってます!」

 コージは大声で即答した。本当は座学しかやってないのだが、何でもいいから武器が欲しかったし、何より銃を手に入れるチャンスを逃すまいと、反射的に嘘をついた。折れた傘を手に、死にたくはなかった。

 那智さんは頷くと、コンテナから真っ黒な銃を取り出した。


 それは、世界的なオンラインFPSゲーム〈Mad Campany〉で、散々見慣れた銃だった。

 カービンサイズの銃身、四面レールハンドガード、特徴的なキャリングハンドル。かつて米軍の主力小銃だった、5.56mm旧NATO弾薬を使用する旧式アサルトライフルである。

「弾だ! 使い方はわかるな!」

 まるでゲームか映画のような所作で、那智さんがマガジンポーチから弾倉マガジンを抜き、投げて寄越す。

 現在、新アメリカ自由同盟に所属する国では、国防軍のアサルトライフルでも使用される、6.8mm新弾薬を使用する銃が主流である。那智さんの持つ軽機関銃ライトマシンガンも含め、5.56mm旧NATO規格の弾薬を使用する銃は、いわゆる型落ち品ではあった。

 それでも、その鉄の重みと火薬の臭いは、気分を一気に高揚させた。構えるだけで、向かってくる何者をも倒せると思えた。


 ゲームでやったように、映画で見たように、射撃態勢に移る。

 弾倉マガジンを差し込み、チャージングハンドルを引く。チャンバー内にくすんだ金色の弾丸が装填されるのを確認すると、コージはすぐにセーフティを解除してセミオートポジションに合わせ、向かってくる肉塊ゾンビに照準を合わせた。


 揺れるアイアンサイトの先で、肉塊ゾンビの群れが激しく蠢く。

 向かってくる肉圧を前に、コージは躊躇わず引き金を引いた。

 引き金は冷たく、重かった。

 リコイルの衝撃が腕と肩にぶつかり、体を震わす。刹那の銃声とともに、硝煙の臭いが鼻を突く。

 排莢口から跳んだ空薬莢が、耳鳴りの隅でコンクリートの上に落ちる。

 くすんだ金色の空薬莢は、飛び散る血飛沫の中へと転がっていった。

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