第二話 トイレの外の風景

 目覚めは、血と銃声で始まった。


 トイレに踏み込んでくる否や、コージに銃口を突きつけてきた国防軍の女性兵士が、驚いたように声を上げる。

肉塊ゾンビじゃないのか!?」

 女性兵士の声に合わせ、構えられた米軍の軽機関銃ライトマシンガンの弾薬帯が、重々しい音を立てる。

「お前、名前は!?」

「え……。いや、あの宮田浩治、です……」

 言われるがまま、自分の名前を答えると、女性兵士はようやくその銃口を下ろした。

「喋れるなら肉塊ゾンビじゃないっすね。まだ生き残りがいたなんて、お互い運がいいんだか悪いんだか……」

 女性兵士の後ろで、国防軍のアサルトライフルを持ち、魚のマークが印象的なアジダス社のジャージを着た女性が、半笑いでボソボソと喋る。ジッパー付きのポケットの中は、弾倉マガジンらしき物でパンパンに膨れている。

「扉を閉めろ! 早く!」

「いやこれ、ロック壊れて掛かんないっす……」

 ジャージの女性の声はどこか間が抜けており、その返答に国防軍の女性兵士は、苛立ったように舌打ちする。


 何が何だがわからない──コージは銃を持つ二人の女性の横で小さくなっている、三人目の女性に助けを求めるように視線をやった。

 血塗れの金属バットを持つその小柄な女性は、他二人と違い、ずっと怯えていた。「大丈夫ですか?」とコージが声をかけても、返答はなかった。


 そのとき、トイレの向こう、廊下の奥から、唸り声が聞こえてきた。

 その唸り声に反応し、ジャージの女性がぎこちない動作で銃を構え、発砲する。

 響き渡るセミオートの銃声の隅で、何かがドタドタと床を蹴る。その音は、はっきりとこちらに近づいてくる。

 その間、国防軍の女性兵士はトイレの室内を見回し、そしてガラスの半壊した窓を開け外を確認すると、即座にコージと小柄な女性を呼んだ。

「壁伝いに足場がある! 全員、一旦そこに隠れろ!」

 言われるがまま、コージは窓の縁に足を掛け、そして外に目をやった。


 窓の外には、どこか見慣れた街の風景があった。

 軒を連ねる住宅街。建ち並ぶビル群。天を貫くようにそびえ建つ東京スカイツリーと、その背後に覗く、空気の濁った灰色の空。

 しかし、スカイツリーは燃えていた。

 灰色の空から、くすんだ雪が降る。それはどこか温かく、灰の臭いがした。

 およそ三、四階の高さの病院から見るその街は、東京近郊の都市部の街並みだった。しかしそれらは炎に焼かれ、大半が崩壊、崩落し、コンクリートの残骸と化していた。

 コージは一瞬、我が目を疑った。ここはよくある異世界かどこかなのか、とさえ思った。何度も目を擦っても、窓の外に広がっているのは、ただひたすら続く廃墟だけだった。

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