第2話 異世界へ
「あなたは…、何者?」私は長い間使えてなくても、幽霊であったために起こすことのできるポルターガイストで生前の私の声を再現し彼に聞いた。
「何者でもない。偶然にも迷い込んだ人間の成れの果てとでも言うべきか。君こそ何者だ。ここは精神を持つ存在がいていい場所ではない。廃墟すら残ってないここには。」精神を持つ存在って、この骸骨は違うとでもいうのかな?
「見ての通り幽霊なんじゃないかな。」
「魂だけの存在になっているのは見ればわかる。だがここにはもう何もない。どうやってここに来たか、君自身がその方法と原因を知っているのかが知りたいのだよ。まさかただの現象になり下がったわけでもあるまい。」
「失礼ね。別に幽霊であることを自慢したいわけじゃないのだけれど、幽霊相手にも礼儀を守るのは重要なのよ。まあ…、歩いていたらたどり着いたわ。……あなたが言ってるのはそうじゃないのよね?この、変な空間自体にどうやってたどり着いたのか。
死んでから来たの。わかるでしょ?あなたも死んでいるんだよね?」
「質問を変えよう。君をここに導いたのは何だ?主人をなくした領域に、どのような力が君をこんな永遠の迷子すらもたどり着けない遠い世界へ放り込んだ?それと私は生憎死んでなどいない。実に残念ながらね。」永遠の迷子って、それはあなたのことかな?と聞こうとしてやめる。どう見ても迷子には見えないんだもの。それと死んでないのに地獄にいるだなんて、それはおかしい話になるんじゃないかしら。
「光る球だったんだけど……。それを知ってどうするの?」
「それはもっと話をしてからわかるようになるだろう。ふむ、その光は青かったか、それとも赤かったか、憶えているか?」
「青かった気がするわ。」
「天使に連なる存在か。」
「あれは天使だったのね。」若しくはこの骸骨が私に嘘をついてる可能性だってあるけど、直感が囁いている。この骸骨にそういった嘘の情報などを私に言う理由がないと。それにこの何もない世界で虚構が生まれるとして、それに何の意味があるだろうか。
「悪魔の光は赤い。見ての通り、ここの炎のように赤く燃え盛る。」ちょっと胡散臭い。色に何の関係があるって言うの?私はそんな信じていいかどうかわからない変な情報より知りたいことを聞いてみることにした。
「ここがどこかも知っているんじゃないの?それを教えてくれないかしら。」
「ここは遥か昔、憎悪を司る大悪魔、メフィストフェレスが支配していた領域。地獄の深部の一つで、今は忘れ去られた場所でもある。メフィストフェレスは天使たちに敗北し、地上に追放されたのだよ。この話、聞いたことは?」
私は首を横に振った。
「そうか。君は地獄が何なのかもわかってないのか?」
「罪人を裁く場所じゃないの?知らないけど。死ぬまでこんな場所があるとか、死後があるとか、考えたことすらなかったわ。」死後のことを考えるのは宗教的なことで、宗教にいいイメージなんてない。だから死後のことなんていちいち考えようとしなかった。
「死んだ後の魂は器をなくすことになる。形をなくした魂は次の肉体を求めて束の間の夢を彷徨った後に別の肉体で生まれ変わる。つまり死後の世界はその夢のことを言う。夢が終わったら輪廻する。
「それで?それが真実だとして、それを知っているあなたこそ何者なの?私以上に怪しいんじゃない?」
「その真実は天使が悪魔の存在を歴史から消去した知識であり、私はそれを未だに知っているだけだ。それもここに来てから悪魔と戦う最中に聞いた話だけどな。君にだけ聞くのは不公平なんだろう。質問に答えてくれたお礼として少しだけ私の話をしよう。私は何も知らない、力だけを持つ存在だった。人の身でありながらも天使になろうとし、地獄への進軍に参加した。結果的に天使に近づくことはできたが、すべてが破壊しつくされ、私の体もご覧の通りだ。」
「つまりは天使になろうとした人間で、今は骸骨?」
「そういうことだ。」
「その天使とか悪魔とか、もっと聞いてみたいわ。」
「人の世に秩序がもたらされる前のことだ。人々は秩序を求めて宇宙の外側に目を向けた。そこに何があるのかも知らずに。」
「何か壮大な話になりそうなんだけど、別にそこまで興味はないの。ここがどのような場所か知りたいのはここから出たいからよ。」そう、いくら痛みも苦しみもない場所であっても、いつまでもここにいたくはない。さすがに千年以上の年月をただただ彷徨うことは前世での罪に対する罰になるには十分すぎると思われる。
「それを知りたいなら話を聞くことだ。君は私が生きていた時期からずっと後に生まれたんだろう。すべてが忘れ去られた後にな。」なにやら私に事情を分からせることで状況を整理しようとしているように見える。
「わかった。話を聞こうじゃない。」
「そんなに長い話じゃない。宇宙の外側には人知が及ばぬ空間が広がっていて、そのうちの一つがここであるという話だ。悪魔とは宇宙の外側の存在であり、天使とは銀河を統べる超越精神が作り出した進化を促すための端末である。宇宙の外側には空虚さだけが漂い、その中で生まれる異形の存在は色彩を求め宇宙の内側を除く。時々、知的存在がその異形の視線に気が付いて、それらとコンタクトを取ることがある。それからは知的存在の精神を媒介に地上に
「なに?」
「君の魂は憎悪の赤に染まっている。」
「それで?天使になろうとしたあなたは私と敵対でもするの?こんな場所で?誰もいないのに?」あまり認めたくないけど、この世界にいるのが二人だけと言うなら、意味を決めるのも、物事を定義するのも二人が勝手に決めてもいい。
「いや、私に君と戦えるほどの力なんて残ってない。君に握り潰されるのが落ちだろう。だが君がこの世界の色に染まる前に何があったのかは、おおよその想像はつく。そのせいで君は人間ではなくなった。そして天使に目を付けられて、この世界に追放されたんだろう。」
「とても興味深い推理ね。もっと詳しく説明してくれないかしら。」
「魂は繋がりを求める。繋がりがなかった君は悪魔に殺されることによって悪魔との繋がりを得た。これは推測なのだが、君が死ぬ前に、君は誰ともつながっていなかったんじゃないかな?」
「そうね、誰ともつながってなかったわ。私を殺したあの女、あのくそ殺人鬼だけが…。」
私の中で感情が爆発しそうになる。幽霊としての私がぶれるのがわかる。心臓のある場所から血のように赤い炎がとめどなく湧きだしてくる。身を焼いてしまいそうで、どこか懐かしくも心地良い。高揚感に浸っていたら炎は徐々に広がることをやめ、心臓のところに巻き戻った。骸骨は沈黙を維持したままそれらの流れを観察してから話を再開した。
「そいつは多分、メフィストフェレス本人なんだろう。君を殺して、君を悪魔の色に染めた張本人だ。それにより君は輪廻の輪から外れて、宇宙の外側まで飛ばされた。君が人間界に戻るには、かつての悪魔と同じ手段を取るしかない。悪魔のように世界を除いて、自分との繋がりを作り、君を見る者の中に
つまるところ、私は悪魔になるしかないと言うことで、そもそも今の私は悪魔と大差ない存在になっていて、それは私からは変えられない事象であることを彼は言っているのだ。
そっか。私はもう、人間ですらないんだ。ただの幽霊にもなれず、世界から追放されて…。涙でも流せたらよかったのに、この霊体には何の変化もない。悪魔に殺された挙句悪魔になってしまっただなんて。罰でもなんでもなかった。運が悪かった?それともそれこそが運命とでも?
「……なぜ私にそれを教えてくれるの?」
彼の動機が今更ながら不明瞭なことに気が付いて聞いてみた。
「決まっている。私もここから出たいんだよ。朽ち果てることもできず永遠にこの場所でこうしているのは割に合わない。私は天使が悪魔たちを殺戮する時に同行していただけだ。彼らの味方になってだ。その結果がこれだ。そして君と出会った。この機会を掴まずにしてどうする?」
「なるほどね。ならどうやって宇宙を観察できるのかも教えてくれるのよね?」
図々しいけどこの期に及んで彼に頼る以外の選択肢はない。
「もちろんだ。」
彼が嘘をついているとか、私を一方的に利用しようとしているとか、そういうところがあるとは思えなかった。嘘をつくには彼の色は透明過ぎた。
その仮面の骸骨、名前はルシアンと言う、ルシアンと出会ってから数百年が過ぎた。私は彼と共に地上を観察し、観測し、知的存在との繋がりを作れるように様々な力を手に入れた。
この空間を埋め尽くす赤い炎はそれ自体が私と相性のいい力で、それまでは知らないうちに私と同化していた赤い炎を、私が私の意志を持って積極的に取り入れることにした。
それにより二つの特殊な力が芽生えた。魂の経歴を見通せる力と、人に幻の経験を与えることのできる幻惑の力。もともと持っている念動力も強化された。
そしてほんの少しだけであっても、長きにわたる年月が重なることにより赤い炎は徐々に薄まることになった。
やがてこの世界を覆いつくす炎はただ赤いだけの光となって、赤い空と黒い大地だけが残った。丁度その時、私から取り入れられる力がなくなった時、私は人間が住む世界へ干渉することに成功した。
問題はその世界が私が知っていた地球ではないと言うこと。この世界と地上とでは時の流れに差があるけど、それでも私は数千年を霊体のまま存在していて、地上では数十年の年月が過ぎていた。
つまりより発展した科学のもとに、世界に悪魔を求む存在を探すことなど夢のまた夢であったのだ。
それで科学がまだ発達してない、またはほかの理由があって科学的な思考じゃない別の思考をして、悪魔を信じるような知的存在が住む別の世界を探すことに。
その世界には魔法があって、人々は超現実的な存在を当たり前のように信じていた。そして生贄などを使って怪しい儀式を行うことも珍しいことでもなく、その結果悪魔モドキを魔法の力で作り出すこともあるという。つまり宇宙の外側に存在する本物の悪魔的な存在にまでは手が届いてない。
そんな世界に私一人だけが悪魔として生まれることができるのなら、まるで荒野に咲いたただ一つ咲いた花のようになるんじゃないかしら。
彼らが準備した生贄の体にそのまま乗っ取り、憑依することができたら私は再び色を持つ世界で生きることができる。
そしてその時はまもなく来る。
「私はあの世界に行けるけど、あなたはどうなの?私と共に同じ体に憑依するとでも?」
「言っての通り君がゲートを開いたら私もその世界に行ける。私にはこの体がある。生き物が満ちている世界に行けば私も元の体に戻れるだろう。」
「……人間なのよね?」
「私がか?普通の人間だったと思うが。後で見ればわかるだろう。」
「その世界に行ったら私は悪魔として存在し続けることになるんだよね?」
「そうだ。君は進化の過程で現れる知的存在ではない、別の法則の中で動く存在となる。もはや魂と肉体の境界線がない状態と言えるだろう。魂の在り方が肉体となり、肉体こそが君の魂の形となる。」
「それは…、つまり?」
「魂を持つ存在は輪廻により裁かれる。それは世界が創造される時決められたことであり、魂を持つ存在は誕生と滅びを繰り返すことで成長する。それに比べて君は人の感情を糧にして成長する。悪魔が知的存在の感情を自分たちの色に染めるのはそれ以外の感情を吸収するためなんだ。それが違うところになるだろう。君は決して死ねない。死なないんじゃなく、死ねないのだよ。」
「そう…、不死身になっちゃうのね。そういうあなたはどうなの?」
「天使モドキとして存在し続けることにするさ。」実は彼の力とかはよくわかってないんだよね。知識はたくさん伝授してくれたんだけど。
見ていた世界、地球とは異なる異世界から私を呼ぶ声が聞こえてくる。
『無垢な存在の死を持って、血の女王は現われるだろう。無垢な少女の血を持って、憎悪の悪魔は夢から覚めるだろう。』
私の目の前に拷問される人間の彫刻で飾られた荘厳なゲートが現れる。
『少女の悪夢を通して、地上に君臨するだろう。慈悲なる悪魔よ、赤い炎の化身よ、ここがあなたのいるべき場所です、さあ。』
ゲートが音を立てて開き、生贄に選ばれた少女の魂が私の中に入ってくる。彼女の記憶が見える。短い人生が、少女を殺した存在達への憎悪が伝わってくる。
「先に行くわ。」
「ああ、すぐ行く。」私は彼のその声を最後にゲートを潜り抜け、数千年ぶりに生きた人間の感覚を味わう。それはとても甘美で、冷たくも硬い。閉ざした瞼を開けた。
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