悪魔令嬢は世界を赤に染める
@Lopi
第1話 赤い煉獄
私は死んだ。暗い夜道で、自分が流した血の海に沈みながら暗転。
それからのことは記憶としてじゃなく、霊魂に刻まれた痕跡として残っている。今の私は肉体を持ってない幽霊のような状態。別に現世にとどまって化けて出てるわけではない。どうしてこうなったのかというと…、私にもよくわからない。殺されたと思ったらこんなところに来ていた。
それでも一応状況を整理する必要があるだろう。私のいる場所は何もなく、そのためどうせやることはない。反省会でも開いてみようじゃないか。
おうおうおう、死んでしまうとは情けないぜ、私よ。アラサーのOL、独身。少しだけオタク趣味もあるけど、オタサーの姫なんてことはなく。別に隠してはないけど大っぴらにすることもない、言うなればどっちつかずの中途半端なオタクです。
それでつい最近まではリア充してた。そこそこ綺麗な顔立ちで、そこそこモテて、学生のころは遊んでて。人生観が快楽主義に近いけど、リスク管理はする主義。気に入った男にはアプローチせずにはいられない。
それでも最後に選択した男は善良かそうじゃないかが基準だったわね。私ったら人格者?まあ、そんなわけないけどね。言うなれば偽善者。どこにでもいる、都会に住む人にも自分にも素直になれない系の人間。結果的に善行を行うことはあってもその心は決して白くない。
そんな私に比べて不細工だけど私には優しすぎる善人だった彼。格好いいというより人間として可愛かったし、だから好きだった。だけど今は何とも思っていない。自分から振った。成り行きか勢いかいろいろあって振ってしまった。そのまま結婚してたら死なずに済んだかも?だから彼の心に深く残りそうな傷をつけた結果がこれだとしたら、受け入れられなくもない。
そう、私は自分が死んだという現実を受け入れられなくもないのだ。人の人生は物語のようなもので、後から考えてみたらそうなるのが当たり前のように思える。必然と言うべきか。それが悲劇であれ、惨劇であれ、喜劇であれ。私の場合は惨劇だった。それだけの話。
いつものごとく休日を迎えて深夜番組を見ながらネットサーフィン。口が寂しくなったのでコンビニにでも行ってビールとつまみを買おうと思った。それから目の前に殺人鬼が現れて、惨たらしく殺されてしまった。何の繋がりもない赤の他人に。
その殺人鬼の歪んだ笑みを浮かべていた顔、隠してもいなかった綺麗な声は死んだ後でも鮮明に思い出すことができる。当たり前だけど見たことも聞いたこともない。冷たい表情をした、不思議な雰囲気を持つ若い女性。女の殺人鬼に殺されたんだ、私は。気になることがあるとするなら、あれは本当に人間だったのかという点。西洋人と日本人の混血を思わせるくっきりとした目鼻立ち。透明過ぎて水面のような赤い瞳。
まるで作り物のようにも見えて、その声は特に同性愛などに全く興味のない私の耳にも心地よく響いた。
そんな彼女が私と言う人間の生を終わらせた。具体的には目があった瞬間何の前触れもなくナイフが喉を通り過ぎた。悲鳴を上げる暇もなかった。殺人鬼の女性は自分の血に溺れてしまっている私に親切にも説明してくれた。獲物を探していて、あなたを見たから殺した。死体はバラバラに解体してトロフィーとして保管する。
こりゃ完全なサイコパスじゃないか。それとももっと別の何かだったのか。オカルト的なものとは縁遠い人生だと思っていたんだけど、そうでもなかったのか。
ニュース番組で見た記憶があった。謎の殺人鬼がこの街を徘徊しているんだって。まだ捕まっていないんだって。私はそれでも、通行人もいない暗い夜にコンビニに行くことを選んだ。何かに導かれるかのように。その結果死んだ。あまり危機感がなかったのかな?
親との関係は疎遠で、少ない友人とそこまで仲がいいわけではない。人との関係は自分からも努力しないといけない。それが面倒で面倒で仕方がなかった。
だから人生に未練はあまりない。つまり私が死んだって悲しみに沈んでしまうような人間なんて存在しない。だから私は死ねた。そういうことにしておきたい。
だけどね、もうね、怒りがふつふつと湧いてきたのよ、殺されるその時。なんで私がこんな目に?怖くもあったけど、私の場合は怒りのほうが先だった。怒りと、憎しみ。冷たくなっていく世界で、ただ一つの感情だけがとめどなく溢れ出す。
それにただの偽善者でもある私にとっては、やられたらやり返すことなんて当たり前のこと。自分を殺した人間を許せる?どんな理由かは知らないが、人を殺すことが正当化されるのは滅多にない。現代社会を無難に生きてきた私を殺して何がしたいのか。
それで死んだら異世界転生とか定番だと思ったりもしたけど、普通に地獄に落ちちゃった。どうしてくれるの?一周回って逆に新鮮だわ。
そしてその地獄はそりゃもう、おぞましい形の悪魔による残虐で残酷な拷問が毎日続く……、ことはなく。
とても目に悪い赤い炎が天まで届いているけど、私にはそもそも肉体がないから全くこれっぽちも熱くない。炎は薪につけた火のように赤いんじゃなく、血のように赤い。地球では滅多に見られないんじゃないかな、こんなに血のように赤い炎は。
それでいてここ、めちゃくちゃ広い。どれだけ広いかと言うと、体感時間的に千年以上歩いて回っているんだけど終わりが見えないくらい広い。幽霊だけど歩いているのには理由がある。重力に束縛されることもないので、ちょっと変な感じだけど。地上が見えないと、どこまでも上に向かって飛んで行っちゃいそうで、歩くことにしてるだけ。
あれかな?この地獄、昔はそれなりに機能していたけど、今更誰も使わなくなったのかな?まさかここにいるのは私一人、とかじゃないんだよね?だけどそんな長い時間を歩いていたのに誰とも会わなかった。
ここが地獄ではなく別の異世界である可能性…、はないはず。死んだ後に神様か何だか知らないが、青く光る球に遭って、それが喋ってたんだ。私に向かって。お前地獄行きな、と言われたのだ。会話と言うか、ぼんやりと思念見たいなものが伝わってきただけだけどね。そんな不思議体験をしてしまうと、何となく信じてしまうじゃないですか。
まあ、そいつがろくでもない存在である可能性だってあるわけなんだけど。それを確認する手段もないわけでして。
ただ、今のところそこまで辛くはない。時が過ぎることに焦ることもない。もう死んじゃってるから。
ここには目に悪い炎と何も生えてない広大な土地が広がってるだけなんだけど、そもそも私に目なんてない。幽霊なので。ここでは何のしがらみもなく、自分に向けられる他人の感情に苦悩することもなく、肉体を持っている以上避けては通れない痛みもない。
ここがその光る球が言ったように地獄であると言うなら、その地獄の名は煉獄ではなかろうか。痛みも情動もない、地獄の最上層。
生前の私は尿道結石や生理痛で苦労していた記憶がある。痛くて苦しくて、不細工だけど優しかった彼氏に甘えて、神経質な態度を取っても許してくれて。
痛みが引いた時には押し寄せてくる罪悪感。それが大きくなればなるほど彼氏と私の関係が不平等で不条理な気がして、ある日我慢できなくなった私は勢いに任せて4年以上付き合った彼氏を振ったんだ。
人としてやっちゃいけないことをやって惨殺された挙句、地獄に落ちたという、どこにでもありそうな勧善懲悪の物語のようだね。
にしてはそんなに地獄っぽい生活(?)はしてないけど。
私は長い時間の中で何の不自由も感じなかった。理由は多分、肉体がないと欲望もなくなって、何かを望んだり足りないことを願ったり、そういうこと自体が無意味に感じてならないからなんだと思う。人間の脳はまるでネズミの牙のようで、どこかに向かって思考やらなにやらを突き進まないと、その過程で自らが壊れることをわかっていたとしても、決して止められないようにできている。
だから肉体をなくし、脳をなくし、ただ霊魂になった私に何かをやらなければならないという強迫観念なんてあるわけがない。幽霊なので老化なんてものもなく。幽霊としての力だけが時間の流れに沿って増えているだけで。例えば念動力などが使えるようになりました。霊体である自分の姿を変えるのもお手の物。
歩きながらそうやって増えた能力を使って遊んだりもしております。楽しいです。何も焦ることはないです。誰もいなくても、何もいなくても、特に狂うこともなく、私は地上が見える範囲内で目的もなく歩く。
だからその不思議な存在と出会ったのが何千年の年月が過ぎた後であっても、それが運命的な出会いのようなものであったとしても、私には何の感動もなかったのです。時の流れと共に風化した私の心にただ一つだけ未だに残ってるものがあるとしたら、それは私を殺した存在、あの殺人鬼に対する漠然とした怒りと憎悪だけです。だから不思議な何かに出会ったところで心が動くわけがない。
いつものごとく赤い炎で照らされてる世界の中をゆっくりと進んでいた私は真っ白い仮面を被った骸骨を発見しました。ボロボロでところどころが破けている黒いローブを着て、動くたびに関節がぶつかる音がしてて。
白い仮面は炎に見えるマークが両目のところに刻まれていて、そのマークの中心部には小さな穴が空いている。穴の中から弱いけどはっきりと感じられる青い光が漏れ出していて、その光は骸骨に残っていた理性の残滓のように見えたの。
骸骨はくたびれたかのように座り込んでいたけど、私が近くに来ると顔を上げて私と目を合わせた。
「ここにまだ魂が残っていたとは、驚きだ。」
落ち着きのある中年男性を連想させる声。どうやら言葉を交わすことができる存在のようだった。知らない言語だったけど、不思議と意味は通じる。彼の能力なのかそれともこの空間内での法則なのか。
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