第3話 服
こうなることを幾度も想像してきた。
今日こうなることも予想していた。
その証拠に、今日の私は朝の身支度でお気に入りのゴブラン調のスカートにベージュのニットを身に付けた。しっかりと鏡で確認してその前で一周回って見たのだから間違いない。
幼い頃、おばあちゃんが作ってくれたゴブラン調のスカートを身に付けて、ベランダの隅で声を押し殺して体育座り(今はお山座りって言うらしいけど)で泣いていた。
たしか4~5歳の頃。私の1番古い記憶だ。
思い出そうとしなくても、鮮明に蘇る私の記憶の1つ。
泣いていた事ではなく“作ってくれたスカート”。
後にも先にも誰かが私に真っ直ぐな好意を持って何かをしてくれたのは、記憶の中ではその1度きり。そんなおばあちゃんは私の目の前で死んでしまったけど。
その時も私はゴブラン調のスカートだった。
私にとってゴブラン調は正装で勝負服だと言うのを色を付けてくれる大祐だけが気が付いてくれた。
でも、それだけ。
大祐とは男女の関係では無いし、お互い何と無く一緒にいる時間が長いけど特別な感情は無い。
一緒にいる時間が長いから今日もたまたまうちを訪れた大輔は今も巻き込まれて大変そうだ。
忘れ物は無いか?その問いかけにあんなに暗かった部屋が鮮明な色を付けて私の目に飛び込んできた。
本当はあの朱色の椅子を持って出たかったのだけれど、意外と重たいので諦めた。
鏡を見ると髪が乱れていたので直す。回ってみると朝と変わらず鮮やかなゴブラン調のスカートが風を受けて広がった。
お気に入りのニット帽をかぶって、もう出ようかと声をかけた。
一言だけ大祐にごめんと告げると、今さら何言ってんだと大きな口で豪快に笑ってくれた。
ここに忘れ物は無い。
忘れ物では無く捨てたんだ。
感情も生活もみなここに自分の意思で捨てていく。
今から始まる自由を両手に抱えて部屋を出る。
この先の事は部屋を出てから考えよう。
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