… 45


7月に入って毎日のように雨が降っている。明日のアルバイトはお休みをもらっているので今日、土曜日は、がっつりめに入っている。夕方前には有陽ちゃんも来て、ラストまで一緒にいられる。


「彼氏さんとは、どうなってるの?」


“彼氏” という表現をして、どちらの事と解釈をするか、加世子と下井の今の関係を探るつもりで加世子を試すような聞き方をした。


「裕泰くん……? 何の連絡も取ってないよ」



  下井くんに告白されてないのかな……


  進展していないって事……?



有陽は、はっきりと聞けない自分がもどかしいし、さっきのような聞き方も何となく意地が悪いような気がして、自分の事を “嫌な奴“ だなと自分なりに感じていた。


「このまま終わっていいのかな……って正直、ちょっと考えちゃった……」


「どうして?」


「前に言ったかもしれないけど、やっぱり嫌いにはなれないし、パパやママの事を考えたら、元のさや?に戻るっていう選択肢もあるのかな……なんて」


話す途中で一度、有陽ちゃんに余裕ぶった笑顔を向けて、実際は迷っているというのを打ち明けた。


「…………下井くんのこと、好きなん……でしょ?」


その質問をされた後に女子高校生の部活帰りらしき学生軍団の対応に追われ、会話は途切れる。一気に店内は賑やかになり、こちらもひと時の間、はつらつとした気分を味わわせてもらった。


夕飯の時間帯に入って客足が落ち着いてくると、有陽ちゃんと順に食事休憩を取り、夜になってようやく質問の答えを返す。


「下井くんのこと、好きなんだけど……向こうの気持ちはそうでも無さそうな気がしてるの」


「ただ、会えるとわたしは嬉しいし、今はそれで良いかな……って」


有陽ちゃんは、心配そうに「そうか……」と言ってから、何かわたしを勇気づける為の言葉を絞り出そうとしてくれているのがその表情から手に取るようにしてわかる。


数日前から明日の日曜日も雨予報だったし、映画を見に行く計画になっているので、その映画が良かったかどうかを有陽ちゃんに知らせる約束をして、この日の仕事を終えた。





家に帰った後から雨が降り出した。



  明日も雨かな……


 

金曜日の夜中に下井くんが電話をくれて、映画に行くことと、観たい作品についての話は済んでいるので当日は迷わなくて良い。「チケットが取れなかったら連絡をする」と聞いていたけれど、メールも何も無かったので、希望通りの時間帯の座席が確保出来たのだと思う。




20150705(日)


時間は11時30分、新宿三丁目の駅の出口で待ち合わせをした。10分前には着いたのだけれど、地上に上がると既に下井くんは先に着て待っていた。


「待たせちゃってごめんね」


「良いよ。俺が早く着いただけだから」


下井には加世子が誰かに声を掛けたりされないように、こういった駅付近では自分の方が先に着いているようにしようとの考えがあった。


一応傘は持って来たけれど、今は止んでいる。映画館は目と鼻の先なので、それ以上の会話を交わす間も無く、建物内へ入る。


発券機の前に立つ人達が視界に入ると、


「出してあるから」


と立ち止まることなく下井くんは言った。一緒に画面を見るものだと思い込んでいたわたしは、支払いの事を口にすると、「本当にいいから」とわたしの財布を鞄にしまわせた。


「毎回……ありがとね」


下井くんの背中を見ながらエレベーターに乗り込む。


上映開始時間まであと15分という、退屈をしない絶妙な時間だった。当日の発券は、確か30分前までにしておかないと無効になってしまうはずなので、きっと下井くんは早くに来て用意をしてくれていたのかなと思うと、何となく心弾む気持ちになった。


「食べながら観る派?」


ポップコーン類の事を聞かれて首を横に振ると、劇場と同じ階でドリンクだけを買って中へ入った。前回、下井くんが学食に来た帰りに寄った時は、開始時間を少し過ぎていて急いで入ったので、こういう会話をする余裕は無かったのを思い出す。


映画はスパイアクションに交えて、親子愛のようなものが多く描かれてるのと、意外に所々で笑えるシーンがあったりして、パリの風景も相まって、自然と引き込まれていった。可能な限りスクリーンに顔を向けて何気なく横目で下井くんの様子を窺うと、わたしと反対側の腕を肘掛けに乗せて、手を顎辺りに置き、小さく笑っているのがわかったので、何だかその事にかすかな幸せを感じられた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る