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20150628(日)
待ちに待った日曜日。ここ2日間のどんよりとした天気は一変して朝から快晴になり、気分も上がる。
働きながらも何度時計に目を向けた事だろうか。一緒に入っていた先輩に、「今日何かあるの?」と聞かれる程のぎこちなさがあったのだろうと自分でもわかる気がする。
いよいよ店内の時計の針が、15時に近づいていく。あと10分を切った……。1分位前に丁度お客さんが途切れたので、先輩の一声で上がる事になった。
「お先に失礼します」
急ぎ度MAXに着替える。束ねていた髪を下ろしたのを
すぐ前に下井くんの姿は無く、キョロキョロ見渡すと曲がり角の向こう側に立っているのを見つけ、お互いに歩み寄る。
「ありがとう。ここまで来てくれて」
下井くんの優しい笑顔、嬉しい。
“取り合えず渋谷まで” という話になり、商店街を歩き、駅を目指す。
「わたしはしょっちゅうここを通るけど、下井くんと一緒に歩くのは不思議な感じがする」
すぐ側に下井くんの笑顔があるこの平凡な午後が楽しい。
下井くんもお昼は食べていないと言うのでハチ公口から出ると、コーヒーショップではなくて、ごはんが食べられそうなお店を探しながらウロウロとする。
駅からそう離れていない場所のビルの1階に、遅めのランチ情報の看板が出されているのを見つけて、そこに入ることにした。
8階へ上がってエレベーターの扉が開くとそこはもう店内だった。カフェ利用なのか、場所柄もあってか、なかなか賑わっている。好きな席を選んで良いとの案内だったので、空いたばかりの窓側の席に向かい合って座る。すぐ側にはカップルシートらしき、横並びの席もあった。
「何にしよっか?」
メニューは多彩で、選んでいると自然と顔がほころぶ。結局二人とも和食のメニューを選んだ。メインにお味噌汁や小鉢が付いてくる。この席からはすぐ下の文化村通りの様子も見られ、話のタネになって助かる。
「人も車も多いね。この辺り、お仕事で入ってくる事はある?」
「通る時もあるけど、この通りは殆ど来ない」
些細な事からでも、下井くんの事をもっと知りたいと思う。下井くんはわたしの事、そんな風に思えるかな等と考えている内に定食が運ばれてきたので、一緒に食べ始める。
「噛んでるの? ちゃんと」
学食では気にならなかったけれど、食べるスピードの早さに少し驚いて思わず聞いてしまった。
「あ、いつもの
そう話すと、左手で持ったままだったお味噌汁のお椀を一旦テーブルへ置いた。
食べ終わると “次どうするか” の流れで、前から興味のあった、プラネタリウムに行きたいと下井くんを誘う。なかなか来ないエレベーターで下りてボチボチと歩き出す。
「これ、どこから渡るんだ?」
国道を前に一瞬たじろぐと、すぐ近くに連絡橋があるのを見つけ、向こう側へ渡る。タワーホテル横の登り坂では、裕泰くんと一緒の時はこの程度でも手を引っ張ってもらったな、と記憶が甦る。
「わかりやすいな。あれじゃないか?」
下井くんの一言で思い出に浸っていたのから目が覚めるように、現実へ引き戻される。左前方の建物のてっぺん部分には大きな球体が乗せられていた。
最上階の入り口に観覧券の販売機が置いてあり、その上のモニターでスケジュールを確認すると、次の回まであと20分弱のちょうど良い時間だとわかる。
プラネタリウムはわたしの記憶が正しければ小学生の頃に見た以来なので、席に着いても天井や回りを見渡しながらすごくワクワクしていた。いざ始まると、解説員の方の生ガイダンス付きでより一層興味がそそられる。
多分30分位過ぎた頃に隣を見ると、暗がりではっきりと見えないとは言え、100%眠りについている人1名を発見したものの、わたしは最後まで宇宙の隅々を眺めた。
「寝てたよね」
回りの人達が席を立っていく中、伸びをしている下井くんにやっと話しかける。
「このリクライニングが寝ろって言ってる」
「起きてたの? ずっと?」
「当たり前でしょ。そんな不思議そうに聞かないで」
「ほらっ、行こっ」
下まで降りる途中、下井くんは仕事の時間が遅くなるから疲れているのかな、そこを気遣えなかったわたしはダメだな、と下井くんの横顔を見ながら心の中で反省をしていた。
渋谷の駅まで戻る途中、すれ違った人を思わず二度見して立ち止まってしまった。その男性は、今年、裕泰くんの誕生日にプレゼントした洋服の、わたしがお揃いで買おうとしていたのと同じ色のものを着ていたからだ。
「どうしたの?」
「ううん、何でもない」
悟られていませんように
この想いとは裏腹に、下井は加世子がきっと何かを思い出しているんだろうな、と何となく感づいていた。
今日も家の近くまで送ってもらえる。又々嬉しい。最寄りの駅に着くとホームから下りるわたしの足取りはゆっくりペースへと切り替わる。
「こっちから帰りたい」
真逆の方を指差したので、下井くんならそれに気づいているはずだけれど、特に何も言わずに付き合ってくれた。
踏切の手前を右に曲がった道を歩く。
「便利だな、この辺」
スーパーの前に差し掛かった時に下井くんが言う。
「下井くんのおうちの近くには無いの?」
「無いんだよな」
「じゃあどうしてるの? 買い物」
「基本、コンビニだから。来る時にあっただろ? スーパーに行くとしたら調布まで出る」
「ふぅん」
話している内に突き当たりの丁字路まで来てしまって、右に曲がる方が断然近いのだけれど、さらに遠回りをして、普段あまり来ない方の緑道に入る。
ゆっくり歩いてもあと15分足らずで着
いちゃうな……
横目で下井くんの姿を確認しながら、帰りたくない思いが強くなっていく。
下井くんはこの緑道の端がもうすぐだと知らないだろうけれど、あと1ブロックで終わってしまう。
「ちょっと休憩」
時間稼ぎで脇の柵に不意に近寄って腰かけると、下井くんも同じようにして隣に座る。
まだ残っているかも知れない裕泰くんに
対する想いをちゃんと断ち切るために
も、もっと下井くんと過ごす時間を増や
したい
そんな風な思いが頭をかすめた。
下井くんの事は好きなんだけれど、その気持ちに、どこか自信の持てないわたしがいる。
陽は傾いてはいるものの、まだ明るく、ここにいると夕暮れ時の穏やかな空気感に包まれ、空の色を見ているだけで何だか心が和む。
「何ていうの…………名前」
「え…………?」
下井くんの聞き方と、今、名前を聞かれるとしたら裕泰くんの事かなと考えて、「裕泰くん……?」と確認してみる。
「そう」
「えっと、山中裕泰っていうの」
地面に目を向けたまま2、3頷いて、
「その、山中さんの事……」
わたしの目を見てそう言いかけた直後に、一方通行の車道を挟んだ向こう側からわたしの名前を呼ぶ大きな声が聞こえた。
「加世子ちゃん?」
春さんだった。
わたしがその声に反応を見せると、春さんはすぐさま道を渡ってこちらに入って来る。
「……大丈夫?」
下井くんにも目を向けたりしながら、一定の距離を保ったまま様子を
「あ、えっと……下井くんです……」
立ち上がって少し焦りながら、両てのひらを張り伸ばして下井くんを差す。
と同時に下井くんも立ち上がって、春さんに挨拶をして軽く頭を下げている。次は下井くんに春さんを紹介しようとした矢先、春さんの方から「北内です」と自ら名前を告げていた。「パパの会社の方……」わたしも補足を入れる。
「大丈夫なら良いんだ」
気まずそうなわたしの様子を目の当たりにしてか、春さんは短い時間でこの場を離れようとした。立ち去る寸前にはこちらを振り返って、
「常務には言わないから安心して」
ニコッと微笑んでそう付け加えた。状況を読む力になんと長けている人なのだろうか……。仕事上、パパが頼りにしている方なだけあるな、と感心している場合ではないのだろうけれど、とにかく最後の一言には本当に救われた。
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