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「昨日送った画像、面白かったでしょ?」
スイーツ店の内観を撮った写真で、離れた席で一人甘い物を楽しんでおられる少し髪が薄くなった中年男性が写っていて、男性の向こう側でお店に飾られた造花のようだけれど観葉植物の葉から飛び出している花が、上手い具合にその男性の頭部とコラボして、まるで男性の頭からその花が咲いたみたいに写っているものだった。
「面白かった」
美樹にはその部分をSNSに上げたらダメだよと念押しされている。
今日のお昼休みは3人が揃っている日なので、お別れを切り出した事と、名前を出さずとも二人はわかってくれている下井くんのことだけれど、他に好きな人ができた事を話した。
二人とも黙って我が事のように親身になって聞いてくれている。ここまで深刻に話をした事が無いので、打ち明けてみて改めて、美樹も聡子も真面目に耳を傾けてくれて、わたしが独りよがりに苦しんでいる心情も分かち合ってくれようとする、そういった人柄を再認識する機会になった。
2015 6 20(土)
同じ週の土曜日、有陽ちゃんに時間を作ってもらった。
「そっかぁ……彼氏さんは別れたくないかぁ……」
「少しは考えたとしても、受け入れてくれると思ってたから今はちょっと、どうしようってなってる」
「別れようって思ったのは、他に好きな人ができたから……とか?」
有陽なりに、緊張をしながら質問をして、ジュースのカップを手にする。
「…………有陽ちゃん……、わたしね、下井くんのこと、好きになったかも知れない」
「……というより、好きになっちゃったんだよね……」
言った後は下を向いて、ペーパーナプキンを折り畳む。
「裕泰くんに、何ていうか……浮気されて、落ち込んだり悩んだりしてる時に、こういう優しさを持ってる人がいるんだ……とか思うようになって、いつの間にか気になり出してた」
「わたし、勝手なのかな……」
「…………」
“勝手なんかじゃないよ。加世子は良く頑張ったよ” 応援したい気持ちはあるのに、素直にそう言えなかった。
「あまり思い詰めない方が良いよ」
「ありがとう。有陽ちゃんにはたくさん助けられてるのに、わたしは何も返せてないよね。裕泰くんの事では本当に気を遣わせてしまったし、迷惑も掛けたと思う」
今のわたしにはこれしか方法が見つからなくて、もう一度お礼を言って感謝の気持ちを伝える。
「下井くんには気持ち、伝えたの?」
「はっきりと、じゃないけど、何となくは……」
“いつ” “どこで” “どんな風に” “もしかして学食に行った日?“ “それとも二人で約束して会ったりしてるの?”
一瞬の内に止めどなく質問が沸き上がるが、ひとつも言葉にして出せない。
「下井くんは…………何て?」
自分で聞き出そうとしているのに、これに関しては目を見られない。
「うん……」
この「うん」が、両想いを意味している事は勘の良い有陽が気付かない訳がなかった。
「別れたくないって言われてる事は伝えた?」
「まだ……。下井くんからは何の連絡も無いし、もしかするとわたしの事はそんなでも無いのかなって思うと、ちょっと恐くて……」
「何か難しいね。わたしじゃ、どうするのが最善なのかわからないわ……」
一生懸命にどうするべきかの答えを一緒に見出だそうとしてくれている気持ちだけで十分だ。とにかく、裕泰くんにはわかってもらえるように伝え続けていくと結論づけて、ファーストフード店の前で別れた。
家に帰ると、外出予定のあったパパは予想通りまだ帰って来ていない。現状をせめてママだけには知らせておかないと、
「ママとデートしたい」
夕食の支度を終えたママは、リビングで19時台のニュースを見てゆっくりしていた。
「えぇ?」
不思議そうに、ニコッとしながら同じくソファに腰かけたわたしの顔を見たけれど、パパと3人で食事に行く事もあるし、折を見てママとは二人だけでカフェに行ったりするので、特別おかしな話を言い出したな、というような目はしていない。
「いつが良い?」
「明日は?」
「明日なら日曜日だし、理眞さんも誘ってみようか?」
「んー……出来ればママと二人がいいな」
ママには駅前まで出て来てもらって、わたしのアルバイト終わりに待ち合わせをする約束をした。
出掛ける前から雨が降っている。約束は延期にしようかと提案したけれど、ママが構わないと言ってくれたので、予定通りカフェに行ってからその辺りをぶらぶらとする段取りにした。仕事を終えると一目散に駅へと向かう。
きちんと巻き付けられてはいるけれど、一目でママのものとわかる傘の柄と立ち姿とで、改札手前の階段を下りてすぐにママを見つける。
「お待たせ。雨、なかなか止まないね」
「そうね、ずっと降ってるね」
先月のママの誕生日にパパがプレゼントしたオフホワイト地に花柄のワンピースを爽やかに着こなしている。
「ママ、可愛い。すごく似合ってる」
「え?! 髪型も変えた?」
「どうせ加世子と待ち合わせをしているし、ふと美容院に行きたいなって思って、ダメもとで電話をしたら、キャンセルが出たから良ければ来てくださいって言って貰えて」
まだまだ立ち話が出来そうだったけれど、近くのカフェを目指して屋根の下から出て行く。
雨というのもあるし、1分程の距離にある5月にオープンしたばかりのお店に入ってみる事にした。ランチタイムは過ぎていて、雨降りのせいもあるのか、店内は5、6名座れそうなテーブル席に空きがあり、そこを案内してもらえた。ママも朝ごはんを食べてから何も口にしていなかったようで、わたしと一緒にパスタを注文する。
「せっかく理眞さんにプレゼントしてもらったものなのに、雨の日に下ろして良かったかなぁ」
こういう所を気にするママがかわいい。カラーは根元だけにして髪は2、3センチ切り、前と違った感じでゆるふわなパーマをかけたという説明ももらう。
「本当に似合う。早くパパに見せたい」
しまった…… パパを意識させるような
事を口走ってしまった……
案の定、すかさずママに、「理眞さんには聞かれたくない話があるの?」と聞かれ、動揺を隠せずにお水を流し込む。
「うん……まずはママにって思って……」
静かな店内で一度深呼吸をし、裕泰くんと別れようと思ってる事、そしてそれをつい先日裕泰くんに伝えた事……それから…………他に好きな人ができた事までも全部を打ち明けた。
パスタを運んで来られた店員さんに一礼をした後は、二人とも手を付けずに沈黙の時間が流れた。
「そうなの…………ね」
ショックなのか、初めに聞いた言葉はそれだけだった。
「加世子は、お別れしましょうって言った事、後悔してないの?」
本当に良いのかと確かめるように、ゆっくりと問いかけてくる。
「後悔は……してないよ」
少し悲しそうに下を向いて何度か頷いてから笑顔を見せてくれて、「冷めてしまうから食べましょう」と、わたしにフォークを手渡した。
ママと一緒なら大体はわたしが一方的に話しているのだけれど、話題には尽きなくて、会話が途切れるのは口に物が入っている時くらいなのに、伝えた後はいつもの調子が全くと言って出ない。
「ママ、やっぱりわたし、勝手だと思う?」
「たくさん悩んだのなら “勝手” っていうのとは違うんじゃないかな? 加世子だって辛かったでしょ?」
オレンジ色の照明の下で心配そうに見つめてくれるママの顔を見ると、目に涙が浮かんでしまい、それを隠すように両肘をテーブルに置き手で目の回りを覆う。理由はまだ聞かなくとも、わたしを否定しないママの包容力に甘えてしまいそうになる。
「今日はここまでにしようか。話は追々に、また聞かせてね」
そう言って、食後のハーブティーを飲んでいる時はこの話には全く触れなくなり、ママが率先して話題を見つけようと頑張ってくれているのが感じられる。
お店を後にしてからは、ママが時々立ち寄る野菜屋さんへ行き、駅をぐるっと囲むように歩いて家へ帰り、パパの前でいつも通りに過ごせる雰囲気が作り出されていた。ワンピースも髪型もとても似合っている姿を恥ずかしそうにパパに披露したママと、それを満足げに眺めているパパを見ていると、わたしもいつかはこんな風になれれば良いなと、心から思えた。
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