… 39



ひとり残されたわたしは、しばらくの間動くことが出来ずにその場に座ったまま色んな感情と葛藤する。何分、何十分経った後かはわからないけれど、足をある場所へと向けていた。


下向きのまま表参道を通り、交差点を曲がる。青山通りを少し進んだ所のビル1階の奥まった場所にあるお花屋さんに立ち寄り、小さな花束を買った。大きくて華麗なゴージャス系の花から、ひそやかで可憐な可愛らしい系の花まで色とりどりと用意された中で、迷いながらも後者の種類が気になって、ブルーのデルフィニウムと、白のテッセンという花を選んだ。大切に抱えながらさらに東寄りに進むと、低い建物の間からずっと遠くに見えた東京タワーを眺める。スカイツリーも良いけれど、どちらかといえば、こちらの方に思い入れは強い。





途中で中道に入り、外苑西通りへと出た。そうすると、もうおばさまのお墓はすぐそこで、もうひと頑張り歩く。偶然にも今日はおばさまの月命日で、さっき裕泰くんと離れて考えを巡らせている時、急におばさまに会いたくなった。亡くなる前から裕泰くんの事をとても心配されていて、こんなわたしの事も頼りにして下さっていたのに、ご期待に添えない結末となる、わたし自身の手で手繰り寄せてしまったこの状況に関して、きちんと報告をして謝る必要性をわたしなりに痛感している。



  おばさま……



お見舞いに行った際に言われた言葉と、その時の笑顔が鮮明に浮かび上がる。



  多分……きっと……わたしの気持ちはも

  う元には戻りません……本当にごめんな

  さい……


  ただ、裕泰くんと過ごせた時間はかけが

  えの無いもので……これから先も、想い

  出として大切にします……



お墓の周りの掃除をして、お花を供えた後は墓前にしゃがみ、一方的に話を聞いてもらう形で、暫くの間、共に時間を過ごさせてもらった。



  また、ここへ来ても良いですか……?



誰もいない夕方の静まり返った園内で、もらえるはずの無い返事を待つように墓石を数分間見つめて、その場を後にした。




 

家に帰る途中、聡子からどうでも良いようなというか、クスッと笑える画像が届いて、タイミングが良いのか悪いのか、ただ、元気を分けてもらった事には間違いない。そして家に帰ればママが普段通りの優しい笑顔を向けてくれて、ここで相当気が休まった。


夜には有陽ちゃんが、ちゃんと話が出来たかを聞いてくれて、ある程度の事は伝え、今度ゆっくり会える時間を作ってもらう。


裕泰くんが「別れたくない」と言った事に対して、また会って話をする必要性を考えたり、向こうを責めるような事を言ったけれど、実のところわたしが勝手なのかな等と横になってから今後どうして行こうかも含めて思い悩み、多分眠りに落ちたのは朝方になっていた。






「加世子、金曜日は1限目無かったんだっけ?」


ママの声で飛び起き、時間を確認する。


「えっ? うそっ? 間に合うかな……」


家を出たかった時間まで15分足らずしか無い。慌てて着替え、スマホと鞄を持って下へ下り、ササッと顔を洗って、化粧水と日焼け止めクリームを馴染ませながらリビングに入る。


「もう少し早く起こしに行けば良かったかな……?」


ママを反省させてしまっている。


「起きられなかったわたしが悪いんだよ、呼びに来てくれて助かった」


ポーチからお化粧道具を取り出してごく簡単にメイクをしている最中の、


「裕泰くんが送ってくれるから」


というママの一言に手が止まった。


「えっ…………?」


「助けを求めたら迎えに来てくれるって言うからお願いしちゃった……良かったよね?」


「あ……うん」


雨の中、それから10分後位には家の前に来てくれた。乗り込む前にはやっぱり躊躇して助手席のドアの前で立ち止まったけれど、裕泰くんに「乗って」と合図され、車に乗り込み、玄関前の軒下で見守ってくれているママに笑顔で手を振ると車は走り出した。


 

昨日の今日で、こんなに気まずい事は無い。


「本当にごめんね。何やってるんだろうね、わたし……」


裕泰くんからの返事は無く、その内車は高速へと上がって行く。視界が悪いせいで車内の空気は益々どんよりとしたものに感じられ、わたしはスマホに目を落とすこともせず、ただ前をまっすぐに見据える。


高速を下りて数分後には校門の前に車をつけてくれた。授業には十分間に合う。


「雨の中ありがとう」


ドアを開けようとするわたしに裕泰くんは、


「考え直せない? ……昨日の事」


落ち着いてそう言った。


「もう……決めたことだから……」


ドアを閉めて傘を差し、振り返らずに歩いた。



  裕泰くんの切ない顔を見たい訳じゃな

  い……困らせたかった訳でも無い……


  どうしてこんなに悲しくなるのだろ

  う……



足元は悪く、足取りも心も重い。そんな状態で校舎へと入って行き、まずはママを安心させるために、無事間に合ったと報告をする。1日はそんな風に始まった。





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