… 33   愛すべき✳✳✳✳


火曜日は2~5限目まで連続で授業を取っているのだけれど、今週は5限目が休講となる。1コマ間が空くのでは無いから、ここの所アルバイトもあるし少しハードだったので、早く帰れて正直嬉しい。先生は前もって知らせてくれていて、次の土曜日に補講が入る。日曜日に有陽ちゃんに会った時にその話をした時には、「そうなんだぁ」程度に聞き流されていたのが、なんと有陽ちゃんも月曜日に突如休講になった授業の補講の予定が、GWに入る前の、やっぱり今週に組まれたらしく、そこから話が転がり出す。


「この間、半分冗談だったけど、下井くんに学食来ない?って聞いたじゃん?」


「うん」


「あれ、今週の土曜、どうかな?」


「あぁ……」


なるほど。有陽ちゃんのひらめきはすごい。


「仕事だったら無理だし、予定聞いてみよっか?」


翌水曜日のアルバイト中、数分お客さんがいない間にどんどん話が進んでいく。お互いに休憩時間は取った後だったので、仕事が終わってから有陽ちゃんがメッセージを届ける。


「やっぱり、今は見れないか……」


グループとしてやり取りしている訳ではないので、返信が来たら連絡をくれるということでお別れした。






 『お休みみたいだけど 躊躇されてます……』


私からも聞いてみてと言われたので理由を詮索すると、どうも昨年学園祭を覗いた時の居心地の悪さというか、雰囲気についていけないイメージが抜けないらしく、来るのにためらいがあるようだった。


 『あのアウェイ感は半端ない』


普段と学園祭の時期の様子は全くと言っていい程違いがあるし、気にすることは無いと説得をする。一人で来にくいのなら、誰かを連れてきても良いんじゃないかとも提案してみる。


 『何時頃行けば良い?』


腹をくくった?ようなので、任務を遂行した旨を有陽ちゃんに知らせる。何だか楽しみになってきた。






ーーーーーーーーーー 愛すべき**** ーーーーーーーーーー


2015 4 25(土)


日本中世史の講義は、美樹が始めに興味を示して、それに聡子とわたしが乗っかった形で取った授業だ。中高では、鎌倉幕府の事だけで疲れ果てていた思い出があるので、難しいかなと構えていたけれど、実際に受けてみると、先生の教え方が穏やかでわかりやすく、わたし達の反応も伺いつつ、時に芸術や食事の変化など文化面の移り変わりも挟んで下さるので、これからがとても楽しみだし、今日の登校も苦にならない。


二人に今日、外部から友達が来て一緒にランチをする話をしたら、 “人見知り” という言葉に縁がない聡子が同席したいと申し出てきて、美樹も乗る気だったのが、残念ながら既に先約の予定があり、その後はアルバイトが入っているとの事で講義が終わるとすぐに帰って行った。


同じ2限の時間に補講を受けている有陽ちゃんは、授業後に友達らと共に少し先生と話をしだしたようで、下井くんをロビーまで一緒に迎えに行く約束だったのを、わたし一人で行っておいて欲しいと連絡が入る。


ここ最近は気温が20℃超えの日が続いていて、今日も朝から快晴で気持ちの良いお天気だ。聡子には先に食堂で待っていてもらい、わたしはエレベーターを1階で下りてラウンジを急ぎ足になって見渡す。


チラホラと学生が自由に座っている中、大きな窓から明るく陽射しが降り注ぐテーブルの片隅に下井くんの姿があるのがすぐにわかった。

明るい時間帯だと、いつもに増して髪の色が明るく見えて気付きやすい。


「下井くん」


ずれ落ちるような座り方をして目線を床に落としていたのを、わたしの呼び掛けでこちらを向く。


「なんかすごいな、ここ」


腰かけたまま吹き抜けになっている天井を見上げてゆっくりと立ちあがる。薄い茶系のジャケットから紫色のパーカのフードが出されていて、ちょっと爽やかでかわいい格好だなと内心にふと思った。


「行こっか。こっちだよ」





地下の食堂に下りると、聡子が同じ学部でさっきの補講にも出ていた鈴木君と話しながら待っている。下井くんを簡単に紹介して、有陽ちゃんが来るのをしばしの間待つ。


「ごめんね、待たせちゃって」


大きな布製のかばんを肩に引っかけた有陽ちゃんがバタバタと走って来た。お互いの友達同士で行動していた時に擦れ違ったりはして、顔は何となくわかるものの、聡子とちゃんと対面するのはこれが初めてだった。


田宮聡子たみやそうこです」


わたしが言い出さなくても自ら立って挨拶をし出す。


谷岡たにおか有陽ゆうひです」


有陽ちゃんも普段通りの満面の笑みを見せ、お辞儀をしている。


土曜日はクローズの時間が早いため、早速何にするか選びに行く事にした。有陽ちゃんは聡子に “取られた” 形となり、二人で楽しそうに話しているので、わたしは説明混じりに下井くんをエスコートする。


ロースカツカレー定食の代金は、さすがに今回ばかりはと狙っていた通り、支払いはわたしがする。


「良いから。いっつも出してもらってるんだからこれくらいは出させて。一緒に払っちゃうから」


ICカードで済ませられるので、現金を見せるような生々しさが無いのも良い。


「キコウシ、何、パスタ気取ってるんだよ」


4人が揃ってテーブルへ戻って席に着く時に、先に座って、何故か ――別に良いんだけれど―― 自然と同席している鈴木くんを見下ろすようにトレイを置きながら話しかけている。


「サラダだけ食べときゃ良いんだよ、このおデブがぁ」


そう言って聡子の横に座る、小太りの枠に入るであろう鈴木くんのお腹のお肉をふたつまみくらいはしている。


「貴公子って? ……全然ぽくないんだけど……」


すぐさま有陽ちゃんが真向かいから耳打ちするような体勢になって、言葉の最後には半笑いになって囁くように聞いてくる。確かに、これは確かめたくなって当然だとわたしも思う。

   

  (配席こんな感じです)

     有陽|   |加世子

     聡子|   |下井

     鈴木|   |


「えっとね……そうだ聡子、どうしてキコウシって呼んでるのか説明してあげて」


「あ、良いよ」


3口目位を食べ終わって水を含んだ後、やや早口で詳説し始めた。


それは1年くらい前、入学したての頃にある授業の冒頭で生徒の名前をフルネームで読み上げていた先生が、鈴木くんのところで名前の途中にほんの少しだけ間を開けたのが始まりとなっている。


「あれ、上着のポケットの携帯が鳴ったんだよね、絶対」


鈴木君の名前は “鈴木航史” 。それを先生が、今思えば絶妙なタイミングで一瞬だけ止まったのだった。


「鈴……木航史」


  

  貴公子って……



「生徒も何人かざわざわし出して、私も気になっちゃって貴公子ってどんなんだと思って見てみたらこれだもん」


「聡子、手叩いて笑ってたよね」


「叩いちゃったよ~、1回だけだけどね」


「呼ばれた本人も何かわからないけどニタニタしてて、本当に面白かった」


下井くんも声には出さないけれど、少し笑っている。有陽ちゃんに関しては、一応は初対面だし気を遣ったのか、始めの方はニコニコして聞いていたのが、「ニタニタしてて」の所で我慢しきれなくなって、声を上げている。


「そ、そうなんだ……聞いてみるもんだね……」


そんな中、今日もキコウシは口数少なく穏やかな笑顔でこんなわたし達を見守ってくれていて、その点では本当に貴公子だと感じている。





みんな食べ終わった辺りでまったりと会話を続ける。


「スタイル良いですね。何か鍛えたりしてるんですか?」


お父様がヨガスタジオとか健康食品を扱う会社を経営されていることもあって、やっぱりそういうのが気になるみたいで下井くんに質問をしている。


「特には何も」


「へぇ、そうなんだ。顔も小さいし……結局は素材?」


言った後に鈴木君を見るのはやめてあげてほしい。


「眼鏡かけたら秀才っぽくなると思ってるんだけど……」


有陽ちゃんがオレンジジュースを飲みながら何気なく発した、今に限ると要らぬ一言に聡子はすかさず反応する。


「キコウシ、ちょっと眼鏡外して」


横長で黒渕の眼鏡を外させ、下井くんに掛けてみてと促している。


「おぉ~」


女性陣からは、本当に感動した時などに出る、低い、地響きのような声が上がる。


「こんなにも違うとは……。キコウシも少しは努力しなよ」


下井くんは下井くんで、


「そんなに度はキツくないんだね」


なんて言ったものだから、


「ちょっと、ダテなの? もう、勘弁してよ、これ以上笑わせないで」


と聡子の勢いは終わりを見せない。


そんなこんなで、久しぶりに1年前の “貴公子事件” の事を思い出して心底笑って、楽しい時間も終わり、14時も過ぎたし建物の外へと歩き出した。


「今日はね、送り迎えを頼んじゃった」


正門の側には光沢が綺麗で強そうな見た目の高級外車が停められていて、白手袋をはめた運転手さんらしき方が両手を揃えて聡子に頭を下げている。入学した後暫くはこんな感じで帰っているのを見た記憶が蘇る。GWが終わってからは皆に合わせて電車通学をするようになって、時々は送ったりはしてもらっていたらしいけれど、改めてこの光景を目にすると、お口は悪いけれどどこか品を隠せないやっぱり生粋のお嬢様なのだなとひしひしと感じる。


「乗っていく?」


丁重に断りを入れると「ごきげんよう」という言葉を残し、車は出て行った。鈴木君ともここでお別れをし、3人でこれからどこへ行くか立ち話をする。



              

              愛すべきキコウシ

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