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『谷岡さんから受け取りました ありがとう』 『親父も宜しくと言ってます』
お風呂上がりに確認をすると裕泰くんからの返信の次に下井くんからのメールが入っていた。
『わたしがした仕事と言えば、チョコのお菓子を埋め込んで 文字を少し入れたくらいです』
『ほぼ有陽ちゃんによる力作です』
笑顔マークひとつで終わった返信を見た後は、裕泰くんにメールを返し、ストレッチをして眠る準備に入った。
事態が動いたのはバレンタインデーの翌日、日曜日のことだった。
『置いたままのもの、返すから取りに来てほしい』
『捨てておいて』
『二人の想い出を消したいけど私には勇気が出ないから代わりに消して』『今日何時になっても良いから来て』
裕泰と小山田晶は、二人専用のアプリでやり取りをしていたが、裕泰は別れを切り出してからも晶のメールがしつこかったので、接続解除をしてアカウントデータを完全に消していた。晶も思い出が沢山詰まったアルバムを含め、全ての形跡を消してしまいたいが自分では手が動かないという理由で裕泰を呼び出そうとしていた。着信拒否にはされていなかったので、携帯の電話番号を頼りにメッセージを送る。
まだ陽の昇る時間帯に裕泰の姿は晶の家の前にあった。お洒落な外観の2階建てメゾンの前には来客用の駐車スペースなどは無いため乗ったまま電話を鳴らす。
「着いたから出て来て」
久しぶりに聞く電話越しの裕泰の声に胸がギュッとなる。
「ドア、開けてよ」
渋々助手席に晶を乗せた裕泰は早速スマホを手渡すようにと手を出す。
「素っ気ないわね」
そう言って持っていたスマホを1度は裕泰に向けたが晶は直ぐに引っ込めた。
「その前にいいもの見せてあげる」
そう言ってスマホを操作し、画面を裕泰の顔に近づける。
「何だよ……」と言いながら嫌々スマホを手にして流れる動画に目を向けた瞬間から、裕泰の表情がみるみる内に強ばっていき、前のめりになって、その短い動画を見返していた。
「やっぱり知らなかったのね」
「すごく楽しそうだったわよ。これじゃ、お互い様じゃない」
そしてその動画の保存日を確認した裕泰は益々ショックを隠せなくなる。1月31日、裕泰の誘いを断って、加世子が下井と二人で外出をした日に撮影されたものだった。
「わたしはどんな事があっても裕泰を裏切ったりしない、絶対に」
そう言い残すと、スマホを裕泰から奪い取り、1日遅れのバレンタインの包み紙を運転席の前に置いて車から降りて行く。放心状態から抜け出せない裕泰はシートにもたれ掛かり、顔を上に向け、暫くの間動けないでいた。
家に戻っても加世子から届く『予備試験の勉強、頑張ってね』というメールに素直に喜ぶことが出来ずに返信をしないでいる。勉強なんて集中できる状態にない裕泰は、リビングに居た父親に話をするために一段一段ゆっくりと階段を下りた。
「ちょっと相談があるんだけど……」
「何だ、珍しいな。学校の事か?」
「違う」
そこで裕泰は加世子がストーカー被害に遭っていて、疑わしいのは下井だと嘘の話を持ち掛け、商店街のあの周辺の担当業者が変えられないかと提言をした。都議会で働く父親なら、何とか出来るのではないかと考えた末の案だった。
神妙な顔をして話した裕泰に対して、
「わかった。知り合いの議員に話はしてみる」
その答えを得た裕泰はどこへ行くわけでもなく、ガレージに停めてある車の中でぼんやりと時間を過ごした。1、2時間経って車から出ようとした際に、ようやく前のボードに置かれてある晶からの包み紙が目に入る。直ぐに処分しようと手を伸ばしたものの、晶が去り際に放った言葉が頭の中をこだましていき、その手を引っ込めて置いたまま部屋へと戻った。
「裕泰くん、どうしたのかな……。ずっとスルーされてるんだけど……」
パパとママの居る日曜日の夜のリビングでクッションを抱えて切り出す。不安な時はいつでもこの姿勢が崩せない。
「怒らせること何かしたんじゃないのか?」
「きっと忙しいのよ。昨日は加世子と会ってたし、今日は勉強に集中したいんじゃない?」
昨日の夜は眠る直前まで裕泰くんと普通にやり取りをしていたし、今見返してもわたしを思いやる内容が混じっているので、ママが言う方を信じようと決めて、こちらからメールを送るのは一旦お休みにした。
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