… 24
翌日の午後は久々に晴れ間が見えて来た。
後期試験初日。よく眠れて朝食もしっかり摂ったし気持ちとしては頑張れそうだ。気合いを入れて登校して1限、2限と順調にこなしていき、お昼ごはんを食べ終わった頃、下井くんから初のメッセージが届く。
『試験 頑張ってな』
有陽ちゃんから聞いているんだなと思いながら、携帯を見て自然と笑みを浮かべていたのを聡子は見逃さない。
「何? なんか良い事あったの?」
ラージサイズのカップでなにかしらの炭酸飲料をガブガブ飲んでいた口からストローを外して画面を覗き込もうとしている。
「山中さん?」
聡子が1行だけのシンプルな文面を目にして読み上げた後に「違う」と否定をすると、普通にそうだろうと思い込んでいた二人は驚きの顔を見せた。
「えー?! どうなってるの?別の人、見つけたの?」
こういう話題に女子はとことん食いつく。男子に飢えていたというのは行きすぎた表現だけれど、ちょっと素敵な男の先生が髪型を今風に変えただけで1週間はその話題で “食べていける” そんな女子高時代を彷彿させられるようだった。
「ちょっと休止中なの。けど、このメールの人とは何もないから」
「そうなんだ……」と、こちらから見ると何となくがっかりされたような、もっと面白い展開を期待されていたのに、応えられないわたしがつまらないのかなと間違って自己嫌悪に陥りそうになる。
「甘めの炭酸は控えてるんじゃ無かったっけ?」
「……うーん……今だけっ。脳に栄養」
この時の美樹の話によると、小山田さんは今週月曜1限目の授業にだけ顔を出し、後は補講を含め一切出席せずに、ずっと休んでいたらしい。SNSへの投稿もピタッと止まったようで、これらの事から派生する、 “「別れた」と言っていた裕泰くんの言葉が本当でも、もしかすると一方的に裕泰くんが言い出して、小山田さんは納得できずにいるのではないかというわたしの推測” は、あながち間違ってはいないように思えてしょうがない。
『ありがとう』
『今日はあと1課目、頑張ります』
膝の上に置いた鞄の中で、3限が始まる直前にこそっと返信をしておいた。
学校帰りには、3日振りにアルバイトがある。電車の中で携帯を見ると、下井くんから返信は無くてさっきのやり取りをもう一度さっと見直した後、未読のマークの所で少し止まる。裕泰くんからのメールはまだ開かずにそのままにしておき、二人で写った画像をギャラリーで探って駅に着くまで眺めていた。
21時に仕事を終えると、段ボールを積み終えようとする下井商店の二人が向こうに見えた。
‘行っちゃうな、バイバイ’
と心の中で声を掛け、こちらには気付いていないだろうと思って反対方向へ進もうとした時、下井くんがわたしを呼び止めて小走り気味に近くまで駆け寄って来た。
「寺田さん……。今日は、谷岡さんは……?」
「休みだよ。確か明日は入ってたと思う」
「なんで?」
「いや、別に……」
有陽ちゃんに用があったのかなと思って聞こうとしたら、続けて下井くんが話し出す。
「あのさ…………試験が終わったら気分転換でもどうかなと思って」
「ん?」
首を傾げていると、
「どこか、行く……?」
「どこか遊びに、ってこと?」
下井くんが「うん」と頷くと同時に「行きたい!」と返事をしていた。
「有陽ちゃんにもいつが良いか聞いておくね」
“気分転換” とは今のわたしにとって最高に素晴らしく響いてくる言葉だ。帰り道々、早速カレンダーでいつが良いかを考えて、来月のシフト希望の締め切りはもう過ぎてしまっているのでその辺り、みんなの都合が合うかどうか心配になりつつも、浮かれた気分で家まで帰り、落ち着いたところで有陽ちゃんに連絡を入れる。
少なからずも勇気を振り絞って誘った下井は、あっさりと受け入れてもらえたことにホッとして車を走らせていた。
珍しく、既読になっても有陽ちゃんからの返信が来ず、何かあったのかと思考を巡らせて次にバイト先で会う、日曜日まで待つことにした。
「有陽ちゃん……?」
入れ違いのシフトなので一緒に居られるのは10分にも満たない時間だったけれど、有陽ちゃんは普段通り元気な感じでとにかく安心をした。
「ごめんね、メール返して無くて……。なんか忙しくて……」
おうちの事とか、もちろん学校の勉強もあるし、アルバイトも沢山入っているからわたしとは違って色々しないといけない事に追われているのかなと、浮かれ過ぎていた自分を反省したくなる。
1月、早くも最後の週の半ばに差し掛かり、いよいよ2月のアルバイトのシフトが出された。上下に並ぶわたしたちのラインを辿り、日曜日のチェックをすると、見事にお互いが休みの日が無かった。
『残念だね……』
『他の人に変わってもらうのも悪いから3月かなぁ 日を決めてしっかりお休み希望出そうね』
有陽ちゃんにメールを送り、返事を待つ。
試験期間も残り半分になってきた。レポートの提出とテスト形式がわたしの場合、半々くらいなので、バランス的にはちょうど気に入っている。前期に比べて、文献や参考資料に目を通しながらも、自分の考えや意見を書き示すという事に大分と慣れてきた感じはある。思い起こせば、それも裕泰くんのおかげな部分はやっぱりあって、大学に入って初めての事も例えそれが単純な内容でも嫌がらずに教えてくれていた。
最後にメールをもらってから読まないまま丸5日が経とうとしている。試験の課題にかなり集中をしてパソコンで一気に文章を打っていき、一段落ついたところで見直す前にワンクッションおこうと思い、しばし休憩を取る。目は疲れ気味なのに自然とスマホに手が伸び、ようやく裕泰くんからのメッセージを読もうと決め、指を動かす。
いつもより緊張をしながらゆっくり操作して開くと、メールというよりも、ついさっきまでわたしがにらめっこしていた画面が凝縮されたような、びっしりと文字が詰まった、見た目には論述のようなもっと言うと小論文のような文字群がわたしの目に飛び込んで来た。
まず始めには口頭でなくてごめん、というお詫びが有り、そこからは付き合い始める前段階の事から今の裕泰くんの想いまでがずっと綴られていて、途中から目頭が熱くなってしまっていた。
中でも1番心にグッときたのが、
『加世子が精神的な拠り所なのは間違いない』
という部分だった。
あのしっかりしている裕泰くんが、わたしみたいなのに対してそんな風に思ってくれているのは、おばさまに言われた役割が果たせているような、意外だけれどほんの少しだけ誇らしい気分に浸っても良いのかな、とさえ感じさせられる。
既読になった事に気付いた裕泰くんから、5分後くらいに電話が掛かってきた。
「読んだよ……最後まで」
お互いに何も言わない時間が流れる。
「明日、学校で会える?」
空いている2限目の時間帯にとの提案をのんで電話を切った。何故だかわからないけれど、今日の電話は久々にドキドキして、スマホを置いた後も暫くはその感覚を引きずっていた。
「今までの事も、嘘ついてた事も、本当に悪かったと思ってる……ごめん」
約束通り、次の日の午前中に会った裕泰くんは、わたしと同じ長椅子に若干の距離を空けて座り、真剣な顔つきでそう告げた。
背筋を真っ直ぐにして聞いた後は、子供のように両足を前に放り出し、伸びをするように1度身体を前屈させて、間を置いてから今度はわたしが口を開く。
「ママに言われた……。裕泰くんにも言い分があるなら聞いてあげないと……って」
「……原因は、わたしにある?」
左横では無くて、前の地面を見ながら問いかける。
「加世子は何も悪くない。俺が悪い」
そう言われても微動だにせず、小さな砂利を見つめたまま大事な事を聞く。
「小山田さんは納得してないんじゃない?」
直視していなくても少なからずその動揺ぶりがわかる様子の裕泰は、それでもすぐに「説得する」と答えた。
「会って欲しくないな……」
ポロっと心の声を漏らすと、「電話でも良い」と即座に反応を見せる。完全に終わっているのならば、説得なんて必要ないと思うし、やっぱり小山田さんから接触を試みられているのが手に取るようにわかる。
昼食前に前からの約束があるらしいので、中途半端な気もするけれど話はこれでひとまず終わった。ランチ後、別の場所で見かけた裕泰くんは、先日あの雨の日にわたしを送ろうと急きょ断りを入れていた相手と思われる人と一緒に歩いていた。後に聞いたところでは、司法試験の予備試験に関するアドバイスをもらったらしい。裕泰くんにとって重要な事なのに、その日程を左右させてしまったわたしに対して責めたりしなかった裕泰くんは、やっぱり大人だと感じざるを得なかった。
『土曜日どう?』
『今週は下井くん休みらしいよ』
夕方届いたメールの内容に少し驚いて、返信せずに電話を掛けた。
「テスト期間中だから厳しい……かな?」
すぐに電話に出た有陽ちゃんはそう言ったけれど、半日程度なら別にいいかなと返事をして詳しい話は明日アルバイト先で会った時にということになり電話を切る。
そして翌日、お待ちかねの有陽ちゃんと入れる日が来た。始業時間も同じで最初から最後まで一緒なのでわたしなりの “ラッキーデー” と呼べる日になる。
「3月まで長いよね……と思って、たまたま次の土曜日はわたしたち二人とも休日だったし思い付いて一応聞いてみたの」
「そっかあ。お天気も晴れみたいだし良いね」
早めに出て夕方までには帰りたいという話になって、時間は9時か10時で迷い、場所もどこが良いかという話で盛り上がった結果、試験期間中の脳に刺激が少ない、疲れにくそうな落ち着いた場所が良いかも……等とわたしたちの独断的な希望を打ち出していった。
これらは早速有陽ちゃんが休憩時間中に報告してくれてこの話題は一旦終え、来店客の少なくなった20時を過ぎた頃に、先日の裕泰くんがわたしに全て打ち明けてきた話をする。
「そうなんだ……複雑だね…………」
「……え?それで、気分転換?……ってことは下井くん、その話知ってるの?」
閃いたように繰り出された質問に耳が痛くなりそうになるけれど、そうだ、知ってるというより、流れ的にはやむを得ず知らされたと言った方が良いかも知れない。有陽ちゃんのその鋭い質問に、わたしが仕出かした、下井くんの言葉を借りると “イタ電” の内容も併せて伝えた。
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