食堂事件


3日はアルバイト初めの日。お正月ももう三日目となると人通りが増え始め、商店街には “琴演奏のお正月ソング” が流されていて、こういった場所でもちょっとした年始気分が味わえるのはなんとなく好きだ。

 

あと1週間程続く冬期休暇は、その殆どを後期試験のための勉強に費やす。裕泰くんとは4日の日曜日に遊びに来た時に会っただけで、メールでは知らせてくれていてパパやママも少しは知っていたのだけれど、この時に改めて、スノボに行った時の宿や利用した温泉施設の事なんかを話してくれた。その他の日はというと、今はお互い勉強を頑張ろうと、電話とメールだけでやり取りをしていた。 “追跡アプリ” の件は、どうでもいいと言えば投げやりで選ぶ言葉が違う気がするけれど、わたしは別にやましい事も無いし、そのままにしてある。


そして授業再開初日、お休み気分から一気に目を覚まされるような衝撃的な事件がわたしを襲う。







「いい加減に気付いてよ」


「裕泰の本命はあなたじゃなくて、わたしなの」


お昼休憩の時間、楽しそうに友人達と談笑をしながら食堂へ入って来た加世子を見つけた小山田晶は、溜まっていた感情や鬱憤が一気に爆発してしまったかのように、突然加世子に突っかかる。


「これ以上、邪魔しないで」


加世子を睨み付け、捨て台詞を吐くと食堂を出て行った。


クリスマスに結局、裕泰と過ごせなかった事、年末年始は理由を付けて自分より男友達を優先させた事、何より、年始に富山の実家へ帰っている間に裕泰から電話で「距離を置こう」と言われた事、それら全てが加世子が原因になっていると一方的に恨みを募らせ、今回の行動に出たのだった。


一度も話したことの無い人にあんなに近距離から、しかもすごい剣幕で怒られたこと、加世子にとって小山田晶と接触をしたことさえ初めてで、それだけでも心慌意乱になるのに、もうどうしたら良いか考える間も無く身体は硬直状態になっていた。


第一声が大きな声だったので、出入り口付近に居合わせた人や少し離れた席にいた学生達も、ぽつんと立つわたしをきっと哀れむように見ていたに違いない中、美樹と聡子で意識が飛んでしまったようなわたしを囲み、食堂の外へ連れ出した。


「何なの、あれ?」


「邪魔しないでって、こっちのセリフだよ」


わたしの代わりに二人が苛立ちを隠せない様子で怒り心頭の域に達している状況は何とか飲み込めるものの、



  言っていた事がもし本当だったら……



わたしの心の片隅に僅かながら残っていた不安な気持ちがよみがえるように渦巻き出して、それを止めるのは容易では無かった。



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