… 13


 

  あれ? あ、そうだ。教室変更があった

  んだった……



確認をしていたのに、ぼーっとしていて入る教室を間違えそうになっていた手前で美樹に会った。


「変わったんだったね」


聡子なら恐らく、「今、間違えたよね~」と容赦の無い突っ込みを入れられていただろうけれど、美樹はその辺り気を遣っているのか柔らかい一言で済ませてくれる。


例のアップされている画像を一緒に見てから、わたしの事をとても気にしてくれていて何度かメールをもらっている。


「ほんと、気にしないで良いからね」


美樹の中では余計なものを見せてしまったという懺悔的な気持ちが収まらないらしい。


「わたし、鈍感だから、ああいう事でもないと気付かないんだよ。むしろ良かったんだと思ってる」


申し訳なさそうにわたしの顔を見て背もたれにもたれ掛かった。


そして裕泰くんと話をした事と、また “誤解だ” と言われている事をメールでは伝えたけれど改めて直接説明した。





学校帰りにはどこへも寄る気力が無く、アルバイトも入っていないし、かろうじてまだ明るい内に家に着いた。

ママがキッチンの椅子に座り、広報紙に目を向けてイルミネーションが綺麗だと独り言を言っている。



「今年はパパと何処か行くの?去年は丸の内の街路樹が綺麗だったって話してたよね。ディズニーのキャラクターが居たとかって」


普段、滅多とデートらしき事をしていない両親が毎年とはいかないものの、クリスマスの時期には二人して出掛けているのを見ると子供ながら親が仲良くしているのは何だか嬉しい。


「そう言えばそうだったわね。ツリーの横に可愛らしいのが光ってたわ」

「偶然見つけたかと思ってたけど、理眞さんは知ってたらしいの」


思い出して頬が緩んでいる。


「良いなぁ……」


溜め息混じりに天井を仰ぐ。


「ママ達だって今年はまだどうするか決めてないわよ。というより理眞さんはまだ何も言ってこないんだけど」


「12月も半ばだっていうのに、お仕事忙しいのかな……。あ、だけど去年も半ばを過ぎてから言われた気がする……。もう少し期待しておこうかしら」



去年のクリスマスは裕泰くんと代官山でディナーをした。わたしはまだ高校生で、大学生になっていた裕泰くんがやけに大人に見えたのを覚えている。



  おしゃれなお店だったな

  イタリアン、美味しかった

  イルミネーション… 見たいな…

  今年は一体どうなるのかな……



記念日だって、車では無かったけれど帰りは何処か連れて行ってくれるのかなって、期待はしていたのに全くもって予想外の展開になってしまっていたし、今年はクリスマスですら、どう過ごすことになるのか、わたしは期待せずに半分諦めていた方が良いのか、出来るだけ考えないようにしようとは思っている。


少し行儀が悪いけれど、ゆるめに暖房の効いたリビングで、ソファに足を伸ばしブランケットを乗せ、肘掛けとクッションに頭を置いて真上を向きリラックスする。


考えないように……とは思っても、目を閉じると去年のクリスマスの光景が頭の中を巡り、色々な事が思い出される。



  裕泰くん……



ふと、その時、水曜日の夜に下井に言われた事が加世子の頭の中にパッと浮かび上がった。



  そう言えば、どうしてあんな事を言った

  んだろう……



  何か知っているのか、何も無ければあん

  な事いきなり言うわけないだろう 

  し……。有陽ちゃんはあの後すぐに解散

  して何も話せていないとメールで知らせ

  てくれていたけれど……



「今晩、何が食べたい?……加世子?」


ウトウトは止めて目はぱっちりと開けていたため、ママが普通に話しかけてきていた言葉に、ぼんやりしていたわたしは答えるのに時間がかかった。


「そうだな……簡単なもので良いよ。二人だし。えーっと……何か卵料理が良いな」


「やった! ちょうど今日、美味しそうな卵を買ってきたところだったの」


ダイニングの椅子から立ち上がり、振り返りながら嬉しそうな笑顔を見せる。親にこの表現はどうかと思うけれど、本当に ‘可愛らしい’ 人だ。パパはよくママのことを見つけたなってふとした時に思うことがある。どちらかというと厳しくて、生真面目で、伯母に言わせるとかたくなな部分もママが中和しているように感じる。ふたりの子供で幸せだと、時々思いにける。





週末、金曜日、眠れない。



1週間の終わりで、身体は結構疲れている気がするのに目は冴えている。



  ママのオムレツ、美味しかったな……


  パパ、遅いな……



空気は澄んでいるのか、窓の外からの光は明るく、暗さに慣れた目は意外と部屋中を見渡せる。


眠れない理由の大部分を占めているのは、あの、下井の一言に起因している。


前に登録済みの自宅の電話番号を出しては消し……を布団の中で数回繰り返していた。



  知りたいけど、聞けない……

  だけど……

  この時間はもう帰ってるかな……


  

葛藤を重ねた後、もしかしたら、ただ何となく言っただけの事なのではないかとも思ったりして、発信ボタンを押した。



  でも、ダメだ……



焦って1秒程で電話を切り、布団の奥へと引っ張り込む。


繋がって無ければ良いけど……という切なる願いは届かず、2分後位に加世子の携帯電話が震えた。仕事で使う番号と同じなので、着信は全て受け、ディスプレイされていたようだ。



「もしもし……」


「今、電話鳴らした?」


「あ…はい…夜分にすみません… 寺田です…」

細々とした声で答える。


「やっぱり…… 知らない番号だったけど、もしかしてって思って」


せめて非通知で掛ければ良かったとしばらくの間後悔の気持ちに浸り、沈黙が続いていた。


「聞きたい事があるんですけど、今、いいですか?」


「良いけど、これ家電だから携帯にかけ直してもらえない? 場所変えたいし。この通知番号は消しとくし、あれだったら非通知で掛けてきてくれていいから」


「……そんな。…そこまで…」

「別に番号、消さなくて…良いです…」


相変わらず小さな声でゆっくり話す。


「じゃあ、俺の方から掛け直すからちょっと待ってて」


一旦電話を切り、起き上がって深呼吸をし、勉強机の椅子に座るとすぐ着信があった。


「あ、ごめん。 それで……?」


「……この間、言われた事が気になって……」


「あぁ……。あれね……」


下井はそれ以上何も言わず、ふたりの間に又、沈黙の時間が流れる。


「どうして、あんな事言ったのかなって……」


最後は聞き取れるか取れないかわからないくらいの消えるような声になっていた。


「……」

下井はなかなか答えようとはせず、ようやく口を開く。


「…別にいいんじゃない?…理由は。ただ、そう思ったから……」


どう表現したら良いのか言葉が見つからず、不器用にそう返した。さすがにあの日見たこと聞いたこと全てを加世子に打ち明けるなんて事は出来なかった。


「言いにくい… 事なんだね…」


「いや… 別に…」

 

 …… …… ……



「実は今ね、わたしたち少しギクシャクしてて……。『誤解だ』って向こうは言うんだけど、他に好きな人がいるんだと思う…… たぶん」


「そんな時だったから、驚いちゃって……」


「…そうなんだ…」


この電話のふたりの間には所々で沢山の間が生じているが、お互いが穏やかに時が流れているような感覚だった。



「外から掛けてる?」


下井の鼻をすする音に加世子が反応した。


「ごめんなさい、寒いのに」


「大丈夫だけど」


「さっきまで眠れなかったけど今は眠れそうな気がする… じゃあ… また今度…」


「うん」


電話を切って、暫くは椅子に座ったままでいたが、何か意を決したように再度布団に潜り込んだ。



  覚悟を決めないといけないのかな……


  

好きな人との別れを考えないといけなくなるなんて、少し前までは想像もつかない事だったのに、他人事のように考えていた、わたしたちには関係の無い事だと高をくくっていた、そういった事を受け入れていけるのかどうか、下井くんには「眠れそう」と言ったものの、それどころか、今晩も鳴らなかった携帯を握りしめながら辛くて、涙さえこぼれ落ち、どんどん夜は更けていった。




いつ眠りに落ちたかわからないまま気が付けばカーテンの隙間からうっすらと日差しが壁に向かって差し込んでいる。時計の針が指すのは6時半過ぎ。学校は休みの日だが、1限合わせのいつも通りの起床時間に目覚めていた。


「ふぅーっ……」


溜め息なのか深呼吸なのか、自分でもわからない大きな息を吐く。


手を出していると冷えるので、布団の中に引っ込めると、握ったまま眠ったのであろう携帯電話が埋もれているのに触れた。


夜中の通話履歴…… それほど話していないと思っていたけれど、通話時間は30分を超えていた。

アルバイトは午後からだし、誰もまだ起きていないみたいなので、もう少しゆっくりしようと顔まで布団を上げると、短い内に眠りについていた。






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