有陽と加世子

サモサのブラッシングをして、抱きしめて、アルバイトへ向かう支度をする。この時間は風も無く、庭に出ていても寒さはあまり感じないけれど、今日は長い時間のシフトで、帰りは遅くなるのでマフラーを鞄にひそめて家を後にした。


有線からはクリスマスソングが流れる頻度が増え、その面では気持ちが華やかになる気がするのと同時にどこか淋しい気分にもなったりする。今は冬休み前でもあるし、クリスマスまではもう少し日があるということで、それ程忙しくはないものの適度に来客があり良い感じではあった。


2時間後には有陽ちゃんが出勤してきて、気分が上がる。それから閉店まで一緒だ。金曜と土曜は22時まで営業している。


「あれから連絡無いんだ……」


有陽ちゃんの様子から見て、たぶん裕泰くんとのその後を聞きたくても聞けないような、遠慮をしている感じがしたので自分から言ってみた。一般的な夕飯の時刻になってお客さんが減り、店内にはBGMの音楽だけが静かに流れている。


「メールでは『誤解』って言われたって教えてくれたよね……」


「そうなんだけど…… しっかりとした証拠があるから……」


そう言えば昨日の夜はいっぱい泣いてしまって、朝起きた時には少し目が腫れぼったかったけれど、有陽ちゃんと今日顔を合わせた時は大丈夫だったか急に気になり出した。


「そんな心配そうな顔しないで」


わたしより元気なさげでいる有陽ちゃんに何だか申し訳が立たなくて今は笑顔を見せられる。




21時に差し掛かろうとする頃、下井くん親子の姿が現れた。今日は下井くんのことを少し待っていた感があるのですぐに気付く事が出来た。


「ちょっと表、出てきて良い?」


有陽ちゃんに断りを入れて店の外へ出る。


「下井…くん」


有陽ちゃんとの会話の中では “下井くん” と普通に呼んでいるけれど、面と向かってくん付けで名前を呼ぶのは初めてだったので、躊躇しながらの声掛けになっていた。


いつもと同じ感じでテキパキ作業をしながらこちらの方を見る。


「昨日はごめんなさい。……ありがとう」


側まで来た下井はただ「うん」とだけ頷いて2、3秒視線を逸らし、仕事に戻って行った。



  下井くんはどこか儚さを感じる目をして

  いる

 


「じゃあ、戻るわ」と言って自分の方を見た時も加世子はそれを強く感じていた。


店内に戻り、チラホラ来るお客さんの対応をしながら所々で昨晩の事を有陽ちゃんに伝えた。


21時を過ぎるとあっという間に時間は過ぎていき、掃除やレジ閉め等をしているとすぐに閉店時間となり、最後は急ぎ目で着替えに入る。


「うぅ、やっぱり寒いね」


肩をすぼめながら話し掛けると、反応は薄く、未だ元気の無い有陽ちゃんがそこに居た。


「じゃあね、またメールするね。バイバイ」


最後には微笑みながら、薄手だけど暖かそうなナイロンコートをまとう有陽ちゃんの肩と腕に抱きつくようにしてそう言って手を振り、離れた。



「加世子」


10メートルは進んだ時だろうか、後ろから有陽ちゃんの呼ぶ声がする。控えめに呼ぶ声が。


振り返ると自転車を押しながら近づいて来ていた。


「加世子、ごめんね。前に、絶対大丈夫とか、無責任な事言って」


「えっ?」


確かに1度目の疑惑で相談した時に有陽ちゃんはそう言っていたけれど、それはわたしが余りにもへこんでいたし、有陽ちゃんだって、あの時は本心からそう思ったのだと思うし、そこを気にしたことは全く無かったので驚いた。


「そんな事、気にしてくれてたの?」


わたしを見つめて泣き出しそうな顔をしている有陽ちゃんが、やけにいとおしくなる。


「有陽ちゃん……」


そうだ、これがわたしの知っている谷岡有陽ちゃんだ。

 

出会った頃から変わらない……と言っても初めて会ってからまだ1年も経ってないけれど、いつでも優しくて、自分本意でワガママなところがあるわたしのことを早い段階から理解してくれていて、仕事をしている姿を見ていても、懐が深いというか、すごく他人を思いやれる人だと常日頃からわたしなりに感じている。


「……そんな事なんかじゃないよ。勢いだけで言ってしまった気がするの」


「有陽ちゃん…… 気にしてないよ」


ハンドルを握ってうつむく顔を覗き込みはしないけれど、そんな気持ちで側に寄り添う。


「じゃ、また。これ以上気にしちゃダメだよ」


大きく手を振り、駅の方へと商店街を歩く。

そしてすぐに来た電車に乗ると改めて有陽ちゃんにメッセージを送る。


  『ここまで気にしてくれる有陽ちゃんの存在は本当にありがたいです』


  『♥ありがとう♥

      ♥♥♥♥♥

          ♥大好きです♥』


 『これからもよろしくお願いします😊』


裕泰くんに対してでさえあまり使わないハートマークを駆使しながら夢中で打つ。これが恋人同士ならなんて理想的なんだろうと思いながらも、送信後に見直した後は照れくささに埋めつくされるようだった。


まだ自転車で帰る道中だったはずなのに、すぐに返信があり、そこには同じようにハートマークを付けてくれたメッセージがあった。


あからさまに顔がほころんでいて、誰もわたしの方は見ていないのだけれど、一応は周りの席をささっと見渡してスマホの画面にまた目を落とす。この瞬間だけでも裕泰くんの事を忘れられて、精神面で助けられているのも事実だ。


  『加世子が望んでいるのなら、心から誤解であって欲しいと思ってる』


この言葉はとても響いた。


“裕泰くんが好き” という気持ちは、こんな状態になってもまだ、捨てきれない自分がいる。クリスマスやイルミネーションも、諦めないといけないとの思いは半分本気であって、半分そうではない。残りの半分はまだ、本当に何かのまちがいなのではないかという、ある意味未練がましいような、情けなくなるような気持ちが心底にある。


この一文から有陽ちゃんはそんなわたしの本心を見透かしているのだと悟った。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます