… 12



「さっきのヤツと何かあんの? ……野球だって一緒に行ってたし」


ギアチェンジをする手の動かし方が、イライラしている時の裕泰くんの感じだなと思いながら、首を横に振って何も無いことを伝える。


「疑いたくなるようなことは……やめてな」


「わかってる。今日は来てくれてありがとね、忙しいんでしょ?」


「まぁ」


「…………それって、勉強で?」


その質問の後すぐに来た信号待ちで、まるで何か考えを一瞬巡らせたのではないかと思うくらいゆっくりとした速度でわたしの方を向いて、


「どういう意味?」


と聞かれたのに対して、わたしも裕泰くんの顔をじっと見てはみたものの前の時とは違って何も言えずにただ、溜め息だけがこぼれ出たのと同時に反対側の窓の外へ目を向けていた。


そこから会話が無いまま家の前まで辿り着く。


「裕泰くん…… ……正直に言って欲しいんだけど……」


苦しさで胸がはちきれそうになるのを小さく深呼吸をしてなんとか抑えながら話を続ける。


「あの日……」


現実を知ってしまうという恐さもあって一気には言えず、目を閉じて呼吸を整えながら振り絞る。


「あの日、小山田さん……っていう人と一緒におでかけしてたよね」


最後はもはや質問ではなく、断定的な言い方をしてしまった。


「あの日って……いつ?」


「……わかるでしょ?」


"記念日” という言葉も “11月16日” という日付も、両方とも口にしたくなかった。ふたりの大切な日に……なんていうことは今回はどうしても言いたくない。


「誰に何を言われたのかは知らないけど… …誤解だから」


こんな風に言われて、一体どうしたら、何と言えば良いのか、うつ向いて困っていると、エンジン音で気付いたのか偶然なのかママが表に出て来てこちらの様子を伺っていたようで、それは隣にいる裕泰くんの様子でようやくわかった。


運転席を出てママに挨拶をし、助手席の方まで回ってきてドアを開ける。ママが見ている手前、心配をかけずに元気よく降りたかったけれど、なかなか足が動かずに、渋々というのとはは少し違った、真相を追求する前で良かったのかなというこんがらがった気持ちを抱えたまま、裕泰くんの車を見送った。





「加世子に何か言った?」


片足を背中側の壁に押し付け、自販機で買ったコーヒーを飲みながらいつものメンバーに尋ねる。


「俺達が言うわけ無いじゃん。何のメリットも無いのに。なぁ?」


振られた須田も、


「そうだよ。大体、彼女には裕泰が一緒の時にしか会わないじゃん」


頷きながらそう答える。


「……だよなぁ」


「マズい事になってんの?」


「まぁ、ちょっとな」


そう言うと、スマホを手に取りながら講義室へと戻って行った。




 

  だとしたら まさか、アイツが……?



その日の夜、裕泰は小山田晶を誘い出した。



「お昼から何も食べてなかったからおなか空いてるんだよね」


「ビーフシチューだって。温まりそうかな?」


ささっとメニューをめくっただけで晶の注文するものは決まり、そそくさとおしぼりを開ける。


「何? 何かあったの?」


ようやく裕泰はメニューブックを手に取り、店員さんを呼んで晶の分と一緒にオーダーを伝えた。


「言いたい事があるんならはっきり言ってもらえない?」


強い口調で裕泰に詰め寄る。


迷いが生じながらも、視線を落として右手で耳を少し掻いた後、やっと口を開いた。


「あのさ…… 何かしてないよね?加世子に」


あまりに真剣な目で見つめてきたので、さすがの晶も若干たじろいでしまっていた。


「何かって何? 寺田さんとは話したことすらないわよ」

この時期にしては冷たすぎる氷入りの水を流し込む。


「知ったみたいだから……  箱根に行ったこと」


「……わたしを疑ってるの?」

「わたしが今まで彼女に何かした事あった?ずっと秘密にしてるよね」


「……ごめん、そうだよな」


「…なんでわかったんだろ…」


彼女がいる人と付き合っているというのは自分の中で飲み込んで消化してきたつもりだけど、それは、なんだかんだ言っても事実上は自分が1番なんだと心のどこかで思い込んでいた晶にとって、目の前で裕泰が彼女のことで不安そうな顔をしているのがいたたまれなかった。



「わたしとの関係、終わりにしたい?」


配膳されたビーフシチューのゴロッとしたお肉をスプーンで強引に切り分けながら、絶対に ‘yes’ とは答えないことを想定してぶつける。


「……それは……」


案の定、裕泰は晶の事も絶ち切りたくない思いがあって煮え切らない態度を取っていた。




元々、二人の出会いは去年の5月。

学食にスマホを置き忘れた晶が友達の携帯から非通知で鳴らした時に、その電話に出たのが、たまたまさっきまで晶達がいた隣の席で談笑中の裕泰だった。



「あの、もしもし……わたし、携帯どこに置いてます?」


「食堂に置いてあるけど……持ち主の人?」



この会話をきっかけに二人は知り合う事になる。


スマホを届けに学内の約束した場所まで行って、手渡すとすぐみんなの所に戻るつもりがどうしてもお礼がしたいという晶に引き留められ、後日学食のランチをごちそうしてもらうという事に決めて、連絡先を交換し、その日は別れた。


この一連の流れは、偶然なんかではなく、晶にとっては綿密に計画した事だった。



一つ年下の晶が裕泰のことを知ったのは高校在学中で、何気なく目にしたSNSの動画で裕泰を見つけて、一目惚れをしたのがきっかけになった。裕泰がその投稿をやめるまでの約半年間毎日のようにチェックをし続け、もちろんその画像の中には加世子の姿も幾度となく登場しており、 ‘彼女’ の存在は知った上での行為だった。福井にある進学校と呼ばれる高校に通い、卒業後は地元の国公立大学へ進むという道を断ち切り、高校3年生からは東京の学校へ転校を決意するまでの行動力を発揮する。そうしてわざわざ地元から離れた今の大学を選んだのも、裕泰が通っていた予備校を突き止め、そこに通う人と知り合いになり、その知人を通して情報を得て決めたことだ。


  

  この人を奪いたい……



成績は悪くなかった晶にとって、難関と言われるこの大学の受験はさほど困難な事では無かったが、地元で普通に進学して就職もして…という風に考えていた両親達を説得するのには丁寧に時間をかけた。どうしても裕泰を…という想いだけが晶のモチベーションへと繋がっていた。



「今日、泊まってく?」


ここから徒歩圏内に住む晶のマンションには時々立ち寄っていて、そういう時は大体が夜遅くなった時なので泊まることになる。


少し考えはしたものの、晶の家に行くことにした。はっきりした物言いだとか、ガツガツ来る感じとか、加世子とは正反対な所に魅力を感じているのも事実だった。




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