… 11

今週末は土日共にアルバイトがある。土曜日はわたしが早番なので、有陽ちゃんとは一緒に入れる時間が少なくて、日曜日は有陽ちゃんが予定があるらしくお休みで、わたしは閉店までの勤務になっていた。


  

  有陽ちゃんには改まってきちんと話そう



金曜日が終わり、土曜日の夜になっても相変わらず裕泰くんからは何の連絡も無かった。


 

  忙しいのかな……



この期に及んで、まだそういった解釈をしようとする……自分に都合の良いように……。心のどこかではまだ、何かの間違いだって、信じたいって、裕泰くんにちゃんと話を聞けば、また誤解は解けるって……そんな風に思っている自分がいる。



加世子がスマホ片手に悩んでいる頃、ある繁華街の近くに裕泰の姿があった。



「裕泰、もう帰んの?」


「何、彼女にバレて肩身狭くなってんの?」


肩を組まれながら友人達に茶化されている。


「そんなんじゃないよ。あいつが気づくはず無いだろ、俺のこと完全に信じてるんだから」

「ま、俺のことめちゃくちゃ好きだからな、加世子は。色んな意味で俺の言いなりだよ」


「色んな意味で、な」


「なんだよ~ 下ネタかよ~」


お酒が入った若い男子学生達の足取りは若干ふらつきながらじゃれあって大きな声でふざけた会話を繰り返し繰り返し、歩いていた。


そして、偶然その現場に居合わせ、一部始終を見ていたのが下井だった。彼らが去っていくのを目で追いながら、仕事に戻った。



一方家では、少し目を離した隙に着信ランプがついていたりするのに ‘反応してはがっかり’ を繰り返す加世子がいた。


「あぁ、集中出来ない……課題とか予習とか色々やりたいのに」


部屋で独り言を発した数秒後、ドアをノックする音がした。ママだった。


「今日初めて買ったフレーバーの紅茶を煎れようと思うんだけど、飲まない?」


わたしの独り言は、ママに聞こえていた気がするけれど、そこには触れずに笑顔で扉を閉めた。


ゆっくりと1階へ下りるとティーカップを温めていたお湯を捨てて、茶葉の入った半透明のティーポットに手を伸ばそうとするママがいる。


「もうすぐだからね」


なんて優しい声と笑顔なんだろう。


パパの前でももちろん、素直で居られるけれどママの前ではもっと、心が解放されるようで、何でも話せる気がして、いつの間にか自然と今の心配事を口にしていた。



「あのさ、ママ……。裕泰くん、他に好きな人がいるかも知れない…」


何となく悟っていたのか、驚いた表情を見せるわけでもなく、ただ、わたしが絞り出す心なる言葉を静かに一語一句聞いてくれた。



「ママだって、裕泰くんに限って……って思うよ。……加世子があまりにもその事が頭から離れなくて毎日悩んでいるようなら、話し合ってみるしかないんじゃないかな……」


そう言うと、紅茶の味はどうかとか話題を別のものへと変え、お菓子の袋を開けてわたしにも食べてみてと勧めるなどして、それ以上は何も触れて来なかった。


 

  確かにママの言う通りだ

  

  ……恐いよ


  何て切り出せば良い……?



湯船に浸かっている時もベッドに入ってからも、その事ばかり考えながら、鳴らない携帯電話の電源をオフにして眠りについた。





「おはよう」

「昨日遅かったのに、早いね」


キッチンで新聞を読みながら食後のコーヒーと共にまったりと過ごしているパパに話しかける。昨晩わたしはなかなか寝付けず、パパを乗せた車のライトが窓ガラスに反射していたのは午前2時過ぎだったと記憶している。


「早いって、もう10時半だぞ」


目覚めたのは1時間くらい前なんだけれど、お布団の中の居心地の良さの誘惑になかなか勝てず、久々に ‘二度寝’ という、この上ない贅沢を味わってしまった。既にサモサの散歩も終えているパパに言われると説得力が有りすぎて、まともな言い訳は出来ない。


「お布団がね、離してくれなかったの」


「ウフフ、上手いこと言うわね、加世子」


ママも昨晩は床に就くのが遅かったはずなのに、朝から元気いっぱいだ。


呆れた顔すら見せず、コーヒーカップに口をつけるパパを横目に光の射し込む窓に向かって大きく伸びをして、ちょこっとサモサの様子を伺い、朝食が置かれたテーブルに向かう。






  『会いたいな 時間、作れそう?』


きっと、口からは到底言えそうにない言葉も、メールであれば、こんなにもいとも簡単に発することが出来てしまう。有り難いような、複雑な気持ちになる。


  『水曜日なら大丈夫』


しばらくして、そう返信が有り、アルバイトが入っている日だったので帰りに迎えに来てもらえることになった。

運良くか悪くなのか、3日間開いている。この間にわたしは何をすれば良いのか、何をすべきなのか、策を巡らしてみたものの答えには辿り着かないまま当日を迎えた。


  


  

  神様、ありがとう……



嬉しい事に今日は有陽ちゃんと同じシフトだった。大げさだけれど、2度目の疑惑が浮上してから裕泰くんに会うのは今日が初めてなので、こういった日に横に居てくれるのは心強い。


フレーバーはクリスマスを意識して見た目も鮮やかなものがあったり、カップ等の入れ物も可愛らしいデザインのものを期間限定で使用していて、この空間だけはわたしの今の心境とは裏腹に、色彩豊かで楽しい感覚でいることが出来る。


「なんか、久々だよね」


「本当に」


週末はれ違う程度で話せていないし、月曜と火曜はわたしがバイトの休みの日だったので、同じように感じていた。


「その後、彼氏さんとはどう?」


「…………うん」


お客さんが入って来た訳でもないのに、入口の方へ視線を逸らした。


ちゃんと話したかったこともあって、それ以上は何も言わずにいると、有陽ちゃんもわたしの思いを察したようで、その場で何かを探求してくるようなことはせず、会話も少な目で、この日の時間は終わりに近づいていった。





「やっぱり、わたしの誤解じゃなかったみたいなんだ……」


着替え室に入ってすぐ、ようやく有陽ちゃんに打ち明けた。


「えっ……」


ただ驚いた様子で言葉に詰まっている有陽ちゃんに、この後会って、頑張って、また確認をしてみるつもりだという事を伝えた。


どうなってしまうのか……あと数分後には裕泰くんと顔を合わせることになるわけだけれど、上手く聞けるか、聞いたらどんな答えが返ってくるのか、頭の中を前回とは違う、何か緊迫感のようなものが差し迫ってくる。


表に出ると、下井くんが仕事をしているのが見えた。店の段ボールはまだ置かれたままで、いつもとは違う順序で回収をしているようだった。


  『着いたよ』


鞄からスマホを取り出し、メールの確認をしていた時に、ちょうど下井くんが店の前に来た。


「寒くなったよね」


有陽ちゃんの問いかけに、どことなくいつもとは違った面持ちで ‘おぅ’ と小さく頷き、作業の手を止める。


下井くんを見て少しだけ頭を下げ、


「じゃあ、行くね」


と有陽ちゃんに今出来る限りの笑顔を見せて立ち去ろうとした時、下井くんがわたしに向かってこう言った。


「ちょっと待って」


後から思えば、駅とは反対方向の、前にも裕泰くんが車を止めていた方へ進もうとしていたのと、それらしき車が停車しているのが商店街へ入る際に視界に入ったために、約束をしていると読んだらしかった。


何事かと思って首を傾げながらゆっくりと下井くんの顔を見る。


時間にしてたぶん5秒くらいは待ったつもりだけれど、わたしの顔を見ても何も言わなかったので再び歩き出したわたしの、今度は腕を掴んで意外な一言を発した。



「アイツは… アイツはやめとけ」



わたしの目を見て、そうはっきり言った。


驚きすぎて、口だけは開いたものの、何の言葉も出てこないで呆然としている加世子。なかなか来ないので様子を見に車から降りた裕泰は、角を曲がり、二人が至近距離にいるのを見つけると一目散にその場へ駆け寄る。


「汚ない手で加世子に触んな」


わたしの腕をずっと掴んだままでいた手を裕泰くんはすごい剣幕で振り払った。裕泰くんが近づいて来ていた事に気付く余裕の無かったわたしは、それにも更に驚いて、放心状態に陥っていた。


「行くぞ、加世子」


しっかりと肩を抱かれつつも、わたしはたどたどしい足取りで、半ば強制的に車の方へと向かって歩く。


商店街を横切る時に助手席からお店の方へ目を向けると、そこにはさっきの状態のまま、下井くんと有陽ちゃんがこちらの方に身体を向けている姿が何となく見えた。それ程遠い距離では無いけれど、ただ何となく、確認が出来た。


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