… 10


11月も終わりに近づくと街は一気にクリスマスモードと化す。校内でも “ヒカリ同好会” のみなさまにより、特に正門付近の木や植え込みに綺麗なイルミネーションが飾られたり可愛いトナカイが‘刺されたり’している。


「これ、帰るのが暗くなってからの時しか見られないんだよね。朝やお昼に通ってもどうってことないんだけど」


駅で一緒になった聡子が朝から毒舌なようなものを吐く。


「わたしは初めて見た時、うわぁ、綺麗だなぁって思ったよ。確かに明るい時間に通ることが多いから残念ではあるんだけど……」


「わたしたちはサークルにも入っていないし授業が終わると直ぐに帰っちゃうからそう感じちゃうのかもね」


聞いているのかいないのか良くわからなかったけれど、隣で聡子が両手をコートのポケットに入れ、寒さで肩を上げながらうんと頷いている。


裕泰くんみたいに、残って勉強や運動をしたり何かをして遅くなるような人にとっては十分な癒しになっているんじゃないかな、と思う。


今朝は2日間風邪で休んでいた美樹が教室にいた。


「おはよう、美樹。もう良いの?」


失礼ながら、風邪とはご縁が無さそうな聡子が元気良く尋ねている。


「ありがとう。薬飲んでひたすら寝てたら治った」


見た感じも元気そうで何よりだった。


そして美樹にしては珍しく、ちょっとした愚痴を溢こぼし出した。


「それがさ、しんどくて寝てるからそっとしておいて欲しい時にSNSのDMが届いて嫌だったな。しかもカフェでお茶している写真付きとかで」


そう言いながらスマホをわたしたちの方に向けてくる。そこには、ラテアートが施されているカプチーノらしき飲み物のカップ片手に微笑んでいる小山田さんの姿が写っていた。


「小山田さんじゃん」


二人でびっくりしていると、前に電車内で突然話し掛けられた日の事から、一応、形式的にSNSへアクセスをしてその後から時々やり取りがある経緯を話してくれた。


「フォローはしてないよ、もちろん」


「おとといだって、風邪引いて寝てます って伝えた後にこのメールだもん。良くわからない」





休み時間には引き続き、小山田さんが投稿している写真を見せてもらった。そこまで興味があるわけではないので何となく流すようにスクロールしていく中で、見覚えがあるものが写っているのを見つけた。


「これ……」


「ここに写っているの、わたしが裕泰くんの車のミラーに付けたのと同じ……」


聡子はお手洗いに立っていたので、美樹に画面を見てもらう。


見つけた画像の中のそれはミラーにではなく、ボードの隅に追いやられていたけれど、紛れもなくわたしが買った猫の飾り物と同じものだった。こうなると他の画像も気になりだして見ていると、同じ日に撮影されたものの中に自撮りした小山田さんの写真が有り、その後方に小さく黒っぽい車が写り込んでいて、その部分を拡大してみると、はっきりとは言えないけれど運転席に裕泰くんらしき男の人が座っているのが確認できた。


顔を見合わせた後、


「日付……」


美樹が申し訳なさそうな小さな声で言った。


お手洗いから戻った聡子の問いかけが耳に入ってこないくらい、わたしはフリーズしてしまっていた。…認めたくは無いけれど…夢であって欲しいけれど…その画像が撮られた日は、11月16日、ドタキャン事件当日、ふたりの記念日だった。





“心ここに在らず” のまま午後の講義を終え、足取りは重いままアルバイト先へ向かう。今日は有陽ちゃんが一緒ではない。だけど、一緒じゃなくて良かったのかも知れない。この状態で有陽ちゃんの顔を見てしまうと、もしかしたら泣いてしまって仕事にならないかもわからない。


お陰さまで11月最後の金曜日は比較的忙しく、時間は思いの外はやく過ぎてくれた。


仕事を終え、商店街を歩きながら裕泰くんにメールを送ろうとスマホを握りしめる。


 

 『今どこ? 迎えに来て なんちゃって』



…………




送信ボタンは押せなかった。



今小山田さんが隣にいるとすれば、もしもこんなメッセージが届いたら二人して薄ら笑いでも浮かべてしまうのではないかと思うと、恐くて、悲しくて、やりきれない……。ダメだ…涙で前がぼやけてしまう…こぼれ落ちないように上を向いたり頑張ってみたけれど、やっぱり、

ダメだ。




少し鼻を赤くして帰ったわたしを見てママは、


「外、そんなに寒かった?」


と違う心配をしてくれる。的外れだけれどママのこの感じは、時に本当に助かる。


「そうなの。すごく寒い」


月末の金曜日というのに珍しくリビングにはパパの姿があり、ちらっと一度わたしに目を向けてまた新聞紙に目を落とした。


「パパね、来月は毎日のように外食になるから今日は3人で夜ごはんを食べようって、加世子のこと待ってたのよ」


  

  こんな日に限って……



「そうなんだ、嬉しい。手、洗ってきます」


心の中の第一声とは真逆の言葉が口から出ていく。


パパとママと3人で、食事が出来ることは本当に嬉しい。これは嘘じゃない。しかもおうちで夜にママの手料理を3人で…って、どんなに豪華な外での食事より、これ程楽しみな事は他に無いはずなのに……、それくらい大切なのに……。


パパやママの前では絶対に暗い顔は出来ない、鏡に映る自分にそう活を入れて二人が待つダイニングへ急いだ。




今日は休肝日にするらしく、緑茶をすすりながら静かにパパが座っている。


「いいから純香も座って」


まだ何かを用意してくれようとするママにパパはそう促した。


揃って “頂きます” をしてパパ好みの和食メインのお皿に手を付けていく。


「ママ、美味しいよ。ね、パパ」


「あぁ、美味しい」


ママの嬉しそうな顔を見られるのはとても幸せだ。


「加世子もそろそろ料理の勉強を始めた方が良いんじゃないか? いずれ必要になるんだし」


「まだ、いいわよね~」


すぐさまわたしの方を見てママがそう言ってくれたので、わたしも全力で ‘そうそうまだ早いしわたしには到底無理な気がする’ という事をパパが怒らないように柔らかいニュアンスで伝えた。


「勉強の方はどうだ?」


「ボチボチ頑張ってはいるよ」


「学生の一番の仕事は勉強をすることだからな。社会人になれば時間的制約が増えるから、学びたいことが有れば今の内だぞ」


これは何回か聞かされているので自分では解っているつもりだ。この言葉があって、実際にわたしは2年が終わる春休み期間にオーストリアに留学をさせてもらう事が決まっている。

交換留学とか、学校主催のものではなく、個人的にバイオリンの音楽留学だ。 “音楽留学” なんて表現をすると本格的にされている方に失礼になるのでどうかと思うが、幼稚園生の頃から趣味の一環として習っているので、少しの期間ではあるけれど本場の学校で教えを被って、色々な方の演奏を聴いたり演奏会にも行ってみたいという思いがある。


「裕泰くんだって頑張ってるんだから加世子もそれ相応にな」


「……はい」


最後の言葉はとても重く感じた。

高校生の頃は、優秀な裕泰くんについていけるよう必死に頑張って、でもそれは全然苦ではなくて楽しくて、パパにこういう事を言われても “そうだよね” と受け流せる余裕があったように思えるけれど、今はどんどん環境が変わって、少しずつ大人に近づいていくと、社会的な事とか現実問題とか、色々な面を考慮していく必要性を理解するようになればなる程、本来の思考とか希望やらを二の次にせざるを得ない状況を造り出しているのは自分自身であることを心に留めておかないといけないのかな、と最近は考えるようになった。


それにしても、裕泰くんの名前は今は聞きたくなかった。思い出すと、とてつもない不安に襲われるから……。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます