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近田ちかたさん……よねぇ?」


学校の帰り、電車に乗り込み座席についてすぐに美樹はこう話し掛けられた。


見上げると目の前には、小山田おやまだあきらが吊革を掴みながら美樹を見おろしていて、完全に目が合っているので声を掛けてきたのは彼女に間違いないようだ。

はっとして、鞄の中からスマホとイヤホンを取り出そうとしていた手を止める。


「そうですけど……」


小山田晶は美樹にとって、高校も同じ先輩だということは知ってはいたものの話したことはない。


「やっぱり」

身体とついでに長い髪を傾けながら笑顔を見せている。


「OGOB主催の大学の説明会というか、親睦会みたいなのに参加してたでしょ?高校生の時に」


 

  確かに言われてみればそうだし、記憶を

  辿ればあの会に小山田さんはいた



と美樹は振り返る。



色んな行事に参加をするようなアクティブな印象で、高校在学中から目立つ存在の人だった。


美樹は頭と心を整理しながら言葉を選ぶ。加世子の事が無ければきっともっと気楽に会話をしていたと思うが、どうしても少し身構えてしまう。


「そうよね。わたし、記憶力は良いの」


  

  でもどうして話し掛けて来たのだろ

  う……



「何か後輩を見つけるとつい嬉しくて身体が動いちゃって。あの高校には3年生の時からしかいなかったから、余計に」


そう続けてきたのに対して美樹はとても違和感を覚えた。なぜなら、もう1年の後期が始まっていて入学してから今まで何度か駅や校内ですれ違っているし、近距離で見かけた事も数回ある。なのに話し掛けられたのは今日が初めてだからだ。


「どう?学校は慣れた? 勉強は大変?」


躊躇とまどいを隠せない美樹の様子にはお構いなしで、どんどん話を進めようとしている。


「たまには息抜きも必要よ」

「わたしは時間ができれば、近郊に日帰りで遊びに行ったりするんだけど、ついこの間は泊まりで遠出したりして、温泉にまで入って贅沢しちゃった」


美樹の前で楽しそうに笑っているので、美樹もいわゆる、 ‘’絶対的に愛想笑いの部類に入るであろう笑顔‘’ を返し、話に付き合った。


正直、そこまで他人が興味を持つかわからない話をよく楽しそうに出来るなと美樹は思っていたが、あげ句の果てに、SNSにそういった写真やらを上げているから良かったら覗いてみてとの営業までして、小山田晶は途中の駅で降りて行った。


 

  何だったんだろ……


  やっぱりここは投稿をチェックして、反

  応を見せないといけないのかなぁ……



言い方は悪いが、何だか荷物が一つ増えたような気がして、どちらかというと性格のきっちりしている美樹は気が重くなるのを感じていた。





  『明日 楽しみにしてるね』


昨日の夜、裕泰くんと学校帰りにデートをする約束をした。以外と久しぶりで朝から上機嫌なわたしがいる。


待ち合わせ場所に着くと、向こうからも3人の男子学生が歩いて来ている。その中には裕泰の他に、日曜日に加世子との約束のドタキャン原因になった張本人もいた。



「須田さん、もう大丈夫なんですか?」


裕泰と顔を見合わせた後、全く心配ないと返事をした。


「良かったです」


本当は 良かった などと言う前に ‘’記念日が台無しになった‘’ という現実を伝えたかったけれど、もう大学生にもなっているんだし、そこはグッとこらえた。


  

  須田さんはどこまで知っているんだろう

  知らなかったとすれば当然謝りはしな

  いか……



ごめんの一言が無かったのでそんな風に思いながら、校門の近くで裕泰が車を回して来るのを待っていた。


横浜まで車を飛ばしてくれて、美味しいごはんを食べ、在りきたりだけど二人だけでゆっくりと話しながら綺麗な夜景を見て、とても幸せな時間を過ごすことが出来た。


「寒い季節の方が夜景って綺麗なのかなぁ」


柵にもたれかかり、海からの風を正面からまともに受けながら独り言のような質問をしてみる。


「ふん…… そうかもな……」


少し後方から手にしていたスマホをポケットに入れながらすぐ側に寄ってくる。


「結局、誰と見るかにも因るんだよ」

わたしは照れ隠しにちょっとおどけながらそう言って裕泰くんの腕に抱きついた。


「そうかもな……」


「言い方を変えただけ。また、そうかもな?」


裕泰くんの顔を見上げるとそこにはいつも通りの優しい笑顔があったので、加世子はさらに腕をぎゅっとして、しばらくの間、キラキラした水面や船や、建物の明かりを眺めていた。





今回は前の日から、親に裕泰くんと出掛ける事は伝えてあるので、家に着いても何も言われない。しかもまだ22時を少し過ぎただけの時間なのでそこまで遅いというわけでも無く、パパの誘いで裕泰くんは家に上がって行った。



「裕泰くんも来年はもう3年生だな」


勝功かつとしさんに会ったとき、司法試験を目指してるって聞いたけど、どうなの?」


          ※山中勝功: 裕泰の父



そう。裕泰くんは弁護士や検事・検察官等になるかはわからないけど、就職先の事も考慮して在学中に予備試験を受けるつもりでいるのは話してくれたことがある。


「そうですね… やっぱり法学部にいるので…」

「実際、難しいと思うんですけど、そのつもりで勉強はしています。…周りのやつらに比べたら自習室に籠る時間は短いんですけど…」


そう言ってママが煎れた緑茶を飲みながら少しバツの悪そうな表情を見せる。


「年始には願書も出して本格的になるので、これからは加世子さんと会う時間も少なくなるかも知れません」


「それは仕方ない。そうだろ、加世子?」


ちょっとだけ不満そうな顔をしたわたしにパパはそう言って、裕泰くんの邪魔になる事はしないようにとも忠言をしてくる。


  

  会えなくなるのかぁ……

  と言ってもたまには家に遊びに来てくれ

  るかな…… それに電話くらいは良いよ

  ね……



せっかくまた以前のように仲良くなれたばかりなのに、という複雑な気持ちと闘いながら夢の中へと溶け込んで行った。





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