… 8

翌日は月曜日、朝から雨の1日が始まった。


「おはよう」


美樹と普通に軽めの挨拶を済ませたところで、元気よく教室へ駆け込むように入って来た聡子が、開口いちばんに昨日は楽しかったかを聞いてきた。


「メールを送ろうと思ったんだけど邪魔をしてはいけないと思って今朝まで我慢した」


となりで美樹は心配そうな顔をしながらわたしの答えを同じく待っているようにも見える。


「うーん…… それがね…… 話せば長くなるっ」

「また今度」


そう言ってテキストと筆記用具を鞄から取り出す。


「何ですとー。めちゃくちゃ気になる、ねえ美樹?」


「うん、そうだね……」


二人がとても気をもんでくれているので、先生が入ってくるまでの間に、昨日はドタキャンされて一緒に過ごしていない事だけを伝えた。


「そうだったのね……。急用かぁ」


気まずい雰囲気になるのは嫌なので、授業後もランチの時間もきっといつも以上に明るく振る舞った。携帯電話にとらわれない暮らしってこんなに楽なものかと、大袈裟だけど、この後知ることになるわびしい 現実から逃避出来ているような感覚に陥っていた。





夕方近くになってもまだ雨は降り続いている。


  

  こんな、1日中雨の日って久々だな



改札を出ると商店街をずっと歩いて、アルバイト先へ向かう。ここはアーケードがあるので傘を指す必要が無くて楽。


今日は有陽ちゃんより先に一人で入る。1時間後には二人体制になるけれど、それまでにアイスの補充とか色々、出来る限り終えておこう。


有陽ちゃんが来て、夕方の少し忙しくなる時間帯も今日は雨のせいか、商店街のお買い物客自体が少なく、学校帰りの高校生がチラホラ来店するくらいだった。


18時を過ぎ益々客足が減ったところで、昨日の出来事を有陽ちゃんに話す。


「なんか、怒涛のような日曜日だった……」


「本当だね、なかなかの展開……」

「それで、携帯は見つかったの?」


あまりに色々ありすぎて、まだ電話の行方のことにまで辿り着いていなかった。


「そうそう、軽トラックの座席に有ったんだって。今日ここまで持って来てもらうことになってるの」


「こんなのママが知ったら大変だわ。折菓子持って自宅訪問しそう」


有陽ちゃんがアイスをすくい易くするために端を浮かせて内側に寄せながら、声に出さず笑っている。





静かに時間は過ぎ、閉店時間となった。シャッターを下ろしに出た時はまだ下井くんの姿は見えなかったので少しゆっくり目に着替える。


そして表に出るとそこで待っていたのは下井くんではなく、裕泰くんだった。


「なんで、電源切ってんの?」


ドタキャンしたことを謝るわけでもなく、まるでこちらが悪い事をしたみたいに、怒ったような口調で言葉を投げつけられる。


そして説明をする間もなく、いつのまにか着いていた軽トラックから下井くんが降りてきてこちらへ向かって来る様子が視野に入ってきた。


「これ」


裕泰くんとわたしの前を遮るようにして手に握っていた電話を差し出した。


「はっ? なんで加世子のスマホ持ってんの?」


一瞬、訳がわからないという感じで私の顔に目をやったかと思いきや、下井くんの顔をじっと睨んでこう言った。


「どういうことだよ」


それに対し下井くんはやけに冷静に、


「届けに来ただけなんで」


私の方は見ることなく、裕泰くんに対してそう言葉を返すと普段通りな感じで仕事へ戻って行った。


「裕泰くん……行こっ」


わたしは咄嗟に裕泰くんの腕を掴み、長く感じたこの1分にも満たない一連のやり取りを固まるようにして見守っていた有陽ちゃんにバイバイをして、裕泰くんが停めている車の方へと歩いて行った。


「あれは、わたしが忘れたから届けてもらったの」


「そんなの見ればわかるよ。忘れたって……一緒にいたってことだろ?」


「そんな、誤解されるようなことじゃないよ」


そう言ったわたしを怖い顔をして横目で見たかと思うと、何も言わずいつもと違う道を走り出した。





「説明して」


道幅が広い場所の街路樹のすぐ横に車を付け、ハンドルを抱えるようにうつむきがちに小さな声でそう言った。


「昨日、裕泰くん行けなくなったでしょ? それで何だかんだで代わりというか……」


「 ‘’代わり‘’ って何だよ、あいつは俺の代わりなの?」


「ごめん、そうじゃなくて…言葉を間違えた…えーっとね……」


沈黙がきたので、わたしも反撃に出て、ずっと聞きたかった事を問いかけた。


「裕泰くんだって、急用って一体何だったの? こんな事、本当は言いたくないけど、わたしたちの記念日より大切な用事って何?そのメール一度きりで後は全然連絡くれないし。急用って言うからこっちからは邪魔しちゃいけないと思ったりもして……せっかく楽しみにしてたのに、裕泰くんこそ先にちゃんと説明してよ」


自分でも驚く程、まくし立てるようにして次から次へと溢れ出てくる言葉を止められなかった。きっとそこには直近の裕泰くんに対する微かな疑いの念を棄てきれていなかった背景もあるのだと思う。


あんなに威勢良く追求したにもかかわらず、その説明を聞くのが恐いという気持ちもあって裕泰くんの顔を見られずに、電球色をさらに薄暗くしたような街灯の灯りが、濡れた路面にぼやけているのをただじっと見つめていた。


「それもそうだな。 ……ごめん」


「わかった」


そう言って、土曜日の夜から友達の家に遊びに行っていて、朝になって急にその中の一人が体調不良を起こして病院のお世話になったと教えてくれた。


「急性胃腸炎っていうの?痛みと吐き気を半端無く訴えてな……。死ぬんじゃないかっていう勢いでのたうち回るからびっくりしたよ」


須田さんという人ならわたしも知っている。裕泰くんと仲が良くて何度も会ったことがある。


「……そっか…… 大変だったんだね……」


  

  落ち着いた頃にメールくらい出来たんじ

  ゃない?



そんな思いがよぎったけれど、これ以上波風を立てないようすぐに飲み込んだ。





誤解が解けて、何となく仲直りが出来た気がしてホッとしたのも束の間、今度は裕泰くんからさっきの、どうしてわたしの携帯電話を下井くんが持っていたのか、というくだりをそこから長らく説明させられる羽目になった。


「早めに切り上げて帰って来た。本当だよ。ママも知ってる」


そこの部分を頑張って強調している時、車内にわたしの電話の着信音が響き渡った。


「パパからだ……」


気が付けばもうすぐ23時になろうとしている。


「加世子、今どこだ?」


話そうとした瞬間に裕泰くんがスマホを取り上げ、一緒にいる事を説明して電話を切るとすぐに家へ向かった。



「連絡もせずに、すみません」


門の前に仁王立ちしていたパパに向かって、神妙な面持ちで謝っている。


「いいんだよ、裕泰くんが一緒なら」


裕泰くんには優しい顔を見せていたのに、わたしの方へ視線を移すと急に怒った顔をして、


「無事が確認出来たから良いものの、裕泰くんと会うのなら加世子がきちんと連絡を入れるべきだろ」


「はい……気を付けます……」


遅い時間だったので裕泰くんは帰り、わたしはママに見守られながらリビングで少しのお説教を受け、お風呂に入り、課題をして、ベッドに入った。





火曜日は2限目からしか授業が無く、朝からゆっくり出来て何だか精神的にも助かった。

昨晩の事を気にして朝いちに有陽ちゃんからメールが入っていたのでメッセージを返しながらリビングで温かいトマトスープを口にし、まったりした時間を過ごす。今朝は昨日とはうって変わって朝から快晴だった。


お昼休みには、美樹と聡子にも日曜日にあった事を概略的に話し、当日キャンセルの理由も裕泰くんから説明された通りに伝えた。


「メールくらい出来たでしょ」


聡子が、わたしの思っていた通りの事をタブレットを噛みながら、いとも簡単に口にする。


「ちょっと、聡子っ」


困惑しているわたしの前で、美樹がそれ以上は止めてよと言わんばかりに制止をした。


「実はわたしも、そう思ったんだよね……。だけど言えなかった」


信じたい気持ちの方が強かったので、一応は仲直り出来たことにしたいという切なる願いも込めた想いを二人にはわかってほしかった。





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