… 2


「シャッター下ろして来るね」


そう言って有陽ちゃんが外に出ている間、テーブルを整える。そしてタイムカードを押すとすぐ一緒に着替え室へ向かった。


「そういえば、下井くん来てたよね」


床に置いた鞄をあさりながら有陽ちゃんが言う。


「えっ?」


「気付いてないか……そりゃそうだよね……。あっ!と思って少し後に話しかけに行こうとしたんだけど、もう姿が見えなくなってて」


丸首のシャツから顔を出し、髪を触りながら伝えている。


「そうなんだぁ……来てくれてたんだぁ……」


有陽ちゃんが、わたしがミスコンに出るから見に来てあげてよと何気ない会話の流れで言ってたけれど、本当に来てくれるとは想像もしていなかった。



 どの場面を見てたんだろう……

 わたしが出てるところも見てたかな……



閉めた鍵はシャッターの小さな窓から中へ落とし入れ、いつもと同じようにバイバイをして別れる。


帰りの電車の中でわたしは、まださっき思っていたのと同じ事を考えながら、ミスコンの日の端々を思い出そうとしていた。



 


次の日もわたしはバイトがあった。


授業が2限までなので、14時には入り、19時までのシフトだった。上がりかけの頃、入り口ドアの向こうからこちらを覗きながら裕泰くんが手を振っている。近くに車を止めて待っているのだろう。たまにあることなのでわかる。


「メールは入れたんだけど」


「さっき着替えてる時に見たよ」


わたしの家に寄り、ご飯を一緒に食べる段取りになっているらしい。


「こんばんは、お邪魔します」


慣れた様子でわたしより先に家の中へ入って行く。いつも通り裕泰くんの脱いだ靴を揃えてからわたしも続く。


ママは準備バッチリで、既に置かれているサラダの手前にオムライスをさっと出し、グラスに飲み物を注いで2、3会話を交わしながら食べ進む裕泰くんの様子を見つつ、オーブンからできたて熱々のグラタンを取り出した。


「あ~美味しい。ほんと料理お上手ですね」

「なんか、落ち着きます」


この “なんか落ち着きます” がミソだ。

ママは先のセリフより、こちらに対して嬉しそうな表情をする。


わたしはというと、外出先から帰ると手洗いうがいをするのが慣例になっていて、それらを済ませ、裕泰くんが半分以上食べ進んだところで、まず一杯お水を口にする。


「よく食べるね……」


両手のひらで顔を支えながらそう呟く。


「だって美味しいんですもんね~」


調子が良い。ママの方を見ながらそう言うと、追加されたフランスパンにも手を伸ばしつつ、わたしにも早く食べるよう促す。こうなるとどっちの家なんだかわからなくなる。



食べ終え、リビングでママも交えて学園祭の時の写真を見始めた。そう、裕泰くんの本来の目的はこれだった。校内かどこかでわたしに託してくれても良いのだけれど、大体、いや100パーセント、こういった物は直接ここへ届けようとする。


ミスコンに出ているわたしの写真……家族に見せる前に先にチェックさせて欲しかったよ…… そういう思いが少しよぎるが、いつものことという感じで半ば諦めてはいる。SNSでアップされているのは見ていたので写真に関しては流す程度にしていた。


20時半になるとパパが帰宅。早い。裕泰くんが来ると聞いて早く帰って来たのだろう。


さっと着替えを済ませ、テーブル前に腰かけると、そこには裕泰チョイスの3枚が並べられていた。


「学園祭の時の写真です。可愛く撮れてますよね」


じっくりとは見ないけれど、パパも満足そうな様子を見せる。




 

本当はミスコンなんて、出たくなかった。


裕泰くんが実行委員をしていて、推されたというか、やや強制的に参加する流れになっていた。ここぞとばかりに、周りの人達がチヤホヤしてくるのでわたしもそれらを鵜呑みにし、出場を決めたわけだけれど、結局1年のわたしは参加していてもそこはかとなく蚊帳の外という感じで 、今はただ恥ずかしい上に無駄な労力を使ってしまった感しか残っていない。 “1年生だからダメだった” みたいな言い方をして現実逃避しているけれど、実際には1年でもそれなりの結果を残せる人がいることはわかってはいるつもりだ。……なんだか、ひとり切ない。


「加世子は3位だったよ」


裕泰くんが優しくない嘘をつく。


「絶対違うでしょ」


そう返すと、目を合わさずに「本当だって」と懲りずに言ってくるので、怪しさは増すばかりだけれど、追求する元気も無ければ意味もないとわかっているので何も言わない。



空気を察したのか、


「今度、ドーム行こうよ! チケット取っといて」


と急に話題を変えた。


野球好きの裕泰くんに連れられ、毎年数回球場で観戦していて、何故かチケットはわたしが取る役目になっている。


でもちょっと待って……今はオフシーズンじゃ?


聞いてみると日米野球というのがあるらしく、一度見て見たかったと話す。


「いつの日付?」


「オレらの記念日に決まってるじゃん」


若干ねたような顔をして答えた。


あ…そうだ…わたしとしたことが……。完全に忘れていた……。11月16日……それは大事な大事な “付き合った記念日” だ。


あぁ、わくわくする。今から約2週間後。なんだかんだ言ってもやっぱりふたりでお出かけは嬉しい。





  セーフ…… 



裕泰くんが帰った後、自室の机に向かい手帳を確認すると、その日は日曜日だけれどバイトは休みになっている。思わず安堵の溜め息が出た。高校生の時はバカみたいに目立つほど、部屋のカレンダーに分かりやすくシールやら印を付けていたけれど、今年は穏やか目に小さく書き込んでいたら、見逃してしまっていたらしい。


と同時くらいにママがノックをしてドアから顔だけを覗かせながらお風呂に何時いつ入るか聞いている。


「先に良い? 今から入るね」


そう返して支度をしつつ、何となく気になった外の様子を出窓から伺った。曇り空から月明かりがぼんやり差し込んで、人ひとり通らず静かな夜だった。


「なんか寒そう……早く温まろうっと」


この日はよく眠れた気がした。






「あっ! 下井くん来てるよ」


外を指差し有陽ちゃんがはしゃいでいる。


閉店時間が近く、お客さんもいなかったので二人して表へ出た。


今日はコーンの箱やら容器が入っていた箱などそれなりに段ボール箱は出してある。廃品回収をしていて、商店街の隅っこにある、このアイスクリームショップも下井くんの所の担当だ。


相手は仕事中だという認識を一応は持っているので、有陽ちゃんもわたしもむやみに声をかけるのは控える。 “仕事中” というならばわたしたちも “仕事中” で間違いは無いのだけれど、向こうに関しては、何というか本格的にお仕事をしているという感じがして、あまりおふざけが出来ないような雰囲気を感じていた。



勤務中だし、制服を着ていて人の目もあるのでタイミングを見計らい小声でつかまえる。


「下井くん、ちょっといい?」


「ん?」


「学園祭、来てくれてたよね?」

「見失っちゃって声掛けられなかったの」


会話は全て有陽ちゃん。


「あぁ、見つかってた? なんか場違いだなって思ってすぐに帰ったんで」


「加世子の姿は見えた?」


下井くんの視線がわたしに向かう。

ほんの1秒位こちらを見たあと、作業の手を進めながら、


「なんか、外歩いてなかった?」と逆質問。


そう。紹介を兼ねた1次審査はホール内ではなく何故か屋外で行われた。


「やっぱりそうだったんだ! 下井くん見たの外だったもん」


有陽ちゃんは見間違えじゃなかったと納得している。


「じゃ、オレ行かないと」


「手を止めてごめんね、またね」


結局この日も下井くんとわたしが直接会話をすることなく終わった。何回か顔を合わせているけれどいつもそうで、有陽ちゃんに始まり有陽ちゃんで終わる。……別にいいんだけど。










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