第28話
彼はもう一本ビールを注文した。カウンターの中で暇そうにしていた店主が直接彼のテーブルへとビールを運ぶ。
「今日はデカい荷物持って仕事?大変だな」
店主は彼が持っていた大きい紙袋を見て、然程興味がなさそうに話す。
「週末に挨拶に行くからさ、その手土産。子どもデキちゃってるからかなり叱られると思うんだよね」
子ども。挨拶。
世間知らずの私でも数秒で理解できた。彼は結婚するのだ。
「へぇ。でも順番が違っても子どもがいれば反対はしないだろ。大丈夫だよ」
店主の言葉にへへ、と少しバツの悪そうな笑顔を見せた。
私は無意識に息を止めていた。呼吸をすることを忘れるくらいの衝撃を受けたからだ。彼は私と違って、流れて行く時間の中を止まることなく生きている。光の差す明るい世界で堂々と・・・。
それに比べて私は?
頭の中でずっと一緒だと思っていた彼は実はとても遠いところにいた。その事実を頭のどこかではわかっていたはずなのに、今私は大きなショックを受けている。
私がわかっていると思っていたものは何だったのだろう。
何を分かったつもりでいたのだろう。
昔から何度も経験している孤独感がふいに襲いかかってきた。
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