第21話

 ぎゅっと瞑っていた目を開いたとき、目の前に千春が立っていた。驚いて小さな悲鳴を上げた次の瞬間、大きな音が鳴って頬に痛みが走った。叩かれたのだと気付いたら、逆の頬にも同じ音と痛みを感じた。


 「さっさと帰んなよ」


 人とはここまで他人を憎めるものなのかと問いたくなるような表情をして千春は私を睨みつけていた。私が千春に何かした覚えはない。今に限らず、ずっと私は背を丸めてただ存在していただけなのに、何をそんなに苛立っているのだろう。なぜそんなに憎まれなければならないのだろう。


 千春はまだ目の前にいる。


 ひりひり痛む頬に冷たい涙がいくつもの筋を作りながら流れ落ちていった。


 「わ、私が何をしたの?なんでこんな・・・なんで?」


 絞り出すような声でしゃくり上げながら千春に向かって聞いた。まわりは私が教室に入った時よりも静かだった。教室から空気が無くなったのではないかと思えるくらい息が苦しい。千春はとうとう私から空気まで取り上げたのかと勘違いするくらい辛くて悔しくて情けないという想いを抱えきれずに私は涙を流した。


 「気持ち悪いんだよ、お前。目障りだから死ね」


 千春は顔を思い切り近づけて耳元で囁いた。そしてまた涙でびしょびしょになった頬にビンタを食らわせた。叩いた千春の指が目を掠った痛みで私は声をあげて床に蹲った。


 荒い呼吸を繰り返しながら、ここに居たらいつか殺されると本気で思った。

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