第08話 分岐点

事態は刻一刻と変化している。


ニジゲンのヒロインである『氷のレイン』の過去回想に出てくる魔人の襲撃。

今まさにそのイベントが起ころうとしている。


ただ、事態は僕の想定していたものとは外れてきている。

ゲームの世界では魔人の襲撃によってレイン以外の村人が全滅するというもの。

だが、魔人の口上を聞く限り、逃げる者は見逃すと言っている。


襲撃が始まる前から既にゲームと現実でズレが生じてきている。

全滅から生存者ありとなるなら良い方向への予想外である。

そのはずなのにその違いに言い知れぬ不安が僕を襲っていた。嫌な予感がする。


「僕はどうすればいい?」

不安とプレッシャーに手足が震え、思わず情けない言葉が口を突いて出た。


「どうするも何もやれることをやるしかねーだろ。

 情けない顔すんじゃねーよ。」


そう言ってダリウスは僕にデコピンしてきた。


「痛っ、何するのさ。」

「ちょっとは冷静になったか?」


急にデコピンされて意識が逸れたおかげか、震えは止まっていた。

すると思考回路もクリアになってきた。


「状況を整理するぞ。

 まず、俺達の前に現れた魔人と魔獣。神託でいってたのはあいつらの襲撃のことだな?」

ダリウスの言葉に僕は頷く。


「次に、神託ではと言われていたな。」

僕は無言で頷いた。

ゲームの中ではレイン以外のイーレ村人が全滅するというのが正しい。だが、馬鹿正直にレイン以外全滅と伝えると揉め事に発展しそうだったので表現を変えたのだ。


「だが、さっきの魔人の口上から、逃げる者は見逃すと言っている。

 神託が正しいものだと仮定すると、第三者の可能性が出てくることになる。」


ああ、やっぱり。

目を逸らしていた可能性。わかっていたはずなのに。


という可能性。


「つまり、では全滅にならない。

 となると、によって全滅したことになる。


俺の推測が正しければ第三者は2つの可能性がある。

1つは魔人達が陽動で別動隊による挟撃の可能性。

元々イーレ村の住人を皆殺しにすることが目的なら挟撃の可能性も考えられるが、そうだとすると魔人の口上が腑に落ちない。


もう1つは魔人の襲撃に呼応する形で別口の襲撃犯がいる可能性。

だがこちらも腑に落ちない点がある。

例えば盗賊達が村近くで潜伏してて逃げ出した村人を襲うなんてことも考えられるが、イーレ村は辺境な上に貧乏だ。そんな村をわざわざ襲うメリットは無い。」


「僕は別動隊の可能性は低いと思う。

 あの魔人たち策略は苦手そうな気がするからね。」

あの口上からして正々堂々を重んじる騎士道精神を伺わせている。搦め手とか小細工は嫌いそうだ。


「ああ、俺もそう思う。だがな、あの魔人達に今回の襲撃の全容が知らされてなければどうだ。魔族もどうせ一枚岩じゃない。他の部隊が彼等に教えてなければ俺達をより騙しやすくなる。だまし討ちを得意とするタイプもいるだろう。」


なるほど。そういう発想もあるか。


「だが、俺は別口なんじゃないかと思っている。

 この村を襲う理由は分からないが、俺達の知らないところで陰謀が渦巻いている気がしてならない。」


陰謀と言う言葉を聞いて僕は気色ばんだ。

せっかく転生したのにスローライフどころか死亡確定のモブで明日生き残るのも必至なところに陰謀だとか何これ。人生ハードモード過ぎるでしょ。


「それで、対策としては俺が魔人の迎撃チームとお前が避難チームに分かれる案だ。

 第三者の襲撃犯は避難チームを狙うだろうからな。

 ここから重要になってくるのはお前のスキルだ。」


第三者の襲撃者をいち早く見つける必要がある。

その時に有用なのが<鑑定>スキル。

僕の<鑑定>スキルはこの3年間鍛えたことで、かなり進化した。

今では、鑑定の有効範囲内に入ってくると反応するまでになった。

だから、その索敵能力を使えば発見もかなり楽になる。


「確かに、僕なら察知できるだろう。

 でもそしたら、魔人に対処できないじゃないか。

 視た限り魔人は強い。僕でギリギリだ。他の人では相手になるか分からない。」


襲撃者の存在は未確定。イーレ村が皆殺しにされるという未来はゲームシナリオの知識(ダリウスたちには神託と言っている)を前提としたものだ。

それが、本筋だと仮定した上で、魔人アナハイムの性格なら別に襲撃者がいるのではないかという可能性が出てきたにすぎない。

仮定に推測を合わせた可能性などどこまで考慮すべきか…。


僕なら目の前の脅威に全力であたる。

だけどダリウスの考えは違った。


「駄目だ。それじゃ後手に回る。

 皆が魔人の襲撃に手を取られていて背後から突かれたなんてことになったら守れるものも守れない。

 何もなければ問題ないが、可能性がある限りその目は摘む必要がある。」


僕は無言のままダリウスを見る。


 「心配すんな。魔人の相手なら任せな。

  俺はお前の次に魔力量が多いんだ。それに大人たちもいる。

  俺達でみんなの強化をしてきただろう。信じろよ。

  俺にはこいつもあるしな。」


そういって、ダリウスはコンコンと左手につけている腕輪を叩いた。

それは僕が作った魔道具の1つだ。

ダリウスの腕輪には、<スタミナ上昇><回復小><記録>の複数機能を付与している。


自信満々に笑みを浮かべているダリウスに僕は言葉を飲み込んだ。

任せろと言っているんだ。その想いを無下にしちゃいけない。


「わかった。信じるよ。そっちは任せたよ。

 何かあったら例のあれで呼んでくれ。」


「ああ、了解だ。っと、話してたら広場についたな。

 早速親父に会うぞ。」


 ***


広場はザワついていた。

先ほど警鐘が鳴らされ不安になる中、敵からの口上があったのだ。

人々の顔には不安の色が見える。


「いた。親父、報告と相談がある。」

村長を見つけた僕達は先ほどまでの話を伝えた。

無言で聞いていた村長は「わかった」とだけ言った。


カランカランカラン

村長は手に持っていたハンドベルを鳴らした。


「聞け、皆の者。敵の宣戦布告を聞いて知っていると思うが、改めて説明しよう。

 敵は魔人3人と魔獣が100以上。奴等は東門の方に集結している。

 そのため、皆を2つのチームに分ける。

 1つは撃退チーム。これは守備隊を中心として編成する。

 戦う意思のあるものは尊重する。ただ、戦力になることが条件だ。

 

 もう1つは避難チーム。これは女性や子供を優先した編成となる。

 魔人側は逃げる者は見逃すと言っているので、急ぎ西門から村を出て一時退避してもらう。なお、移動の際には護衛の者を付ける。」


***


side :ダリウス


魔人の襲撃があるとエドワードに聞かされそこからできる限りの強化を計った。

おかげで村の戦力、特に魔力は飛躍的に伸びた。鑑定の儀でこの村に訪れた司祭達が驚いてたくらいだ。

あの時は他の火種が発生する可能性を考慮して親父が結果を改竄するように司祭に迫っていたが。

なんでもいい取引になったとホクホク顔で言ってたわ。


だけど、いざ襲撃のタイミングになるとイレギュラーばかりが起こる。


魔人の宣戦布告だ。

そんなことをするなんて思っていなかった。


魔人アナハイムの口上は魔力を乗せて話していた。

声に魔力を乗せると大きな声でなくても遠くまで声が良く通るようになる。

だから、村中の人間が宣戦布告を聞いてしまったわけだ。

幸いにもパニックになる村人はごく少数でその点は良かった。


だが、懸念事項が増えた。他の襲撃者がいる可能性。

エドワードは半信半疑だが俺はほぼ確信している。魔人と別の襲撃者が繋がっているかは定かではないが、魔人の宣戦布告にあわせて仕掛けてくるものと思ってる。


だから俺はエドワードを避難チームの護衛に推薦した。あいつなら何かあっても対処できるだろうから。


「よし、迎撃チームはそろったな。」

ここにいるのは33名。その内の多くが顔馴染みの守護隊の面々。

魔力を使わない戦いでは全く歯が立たない強者どもだ。


ただ、予想外の人物がひとり。


「ちょっと、ダリウス。エドはどこよ?」

レインは少々不機嫌そうに聞いてきた。


「アイツは避難チームの護衛に回ってもらった。

 エドの近くがいいなら向こうに行ってもらっても構わんぞ。」

俺は事務的に接するに努めた。

まだ、レインに対する恋心はくすぶっているようだから。


「…いい。私もできることをする。」

レインはこのまま迎撃チームに参画するようだ。

魔力量は俺やエドワードに及ばないが、レインは剣術の腕前がある。

さらに、シスターマリア仕込みの回復魔法を使うのでいてくれると助かる存在だ。


「わかった。俺が無事に帰してやるからな。」


「な、何いってんのよ。」

俺の言葉にレインは顔を少し赤らめて慌てている。

あ、思い返すとなんか恥ずかしいセリフ言ってた気がした。

思わず俺も顔が赤くなった。


「青春だねー。」

近くで見ていた大人たちがクスクスと笑っている。


「レインちゃんもダリウス坊も行くのか?」

心配そうに聞いてくるのはマイクのおっさん。強面で腕も確かなのだが面倒見がよく子供に甘い。

相手は魔人や魔獣だ。10歳の子供が相手するには過ぎた相手だ。

俺の様に魔力を鍛えていなければ。


「マイクのおっさん、安心しな。

 俺は3年前からこの時に備えてきたんだぜ。

 魔力もこないだの鑑定の儀でエドワードに次ぐ魔力量だった。

 魔人なんか蹴散らしてやるよ。」


「私だって、シスターマリアとエドに教わってきたんだから。

 ちゃんと魔獣の討伐経験もあるし、足手まといにはならないはずよ。」


俺達の発言に驚いた表情を見せたのはマイクだけじゃない。

皆の視線が村長こと親父に向く。


「………はぁ。

 親の立場から言わせてもらうと、子ども達の参戦は断固反対だな。

 これから臨むのは遊びではなく命のやり取り。

 しかも相手が魔人と百以上の魔獣という非常に厄介な相手だ。

 逃げて確実に生き残って欲しいが…。」

そこで親父は俺とレインを交互に見て、再びため息をついた。


「しかし、村長の立場から言わせてもらうと、二人は非常に魅力的な戦力。

 特にダリウスの戦闘能力、レインの治癒能力は戦局を左右する。

 二人が戦力に加われば魔人共を撃退することも可能と考えている。

 危険を承知でこの村のために戦ってほしい。」

親父は神妙な顔で周りに言い含めるように話した。


  ***


こうして俺たち迎撃チームは魔人の前に立った。


「ほう。よく我の前に現れたな愚か者ども。歓迎してやるぞ。」

魔人はそう言って獰猛な笑みをこぼした。


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