第07話 運命の日
コンコンッ
早朝、村長宅をノックする音が聞こえた。
村長が玄関を開けると、中肉中背の行商人の恰好をした男が立っていた。
ニコニコと人の好さそうな笑顔を浮かべるその男は村長に挨拶をする。
「村長、ただいま戻りました。
司祭様から手紙を預かっています。こちらをどうぞ。」
そう言って男は懐から取り出した3通の手紙を村長に手渡した。
「リュウか。良く無事に戻って来てくれた。
道中は特に問題はなかったか?」
その男、リュウから手紙を受け取りながら村長は問いかけた。
「そうですね。以前よりも魔獣が頻発している気がします。
司祭様も去年来た時よりも遭遇頻度が高いと嘆いていました。」
リュウは顎鬚を触りながら、記憶を探るように語った。
「そうか。やはりお前もそう感じたか。
周囲が騒がしくなってきているようでな。
どうやら魔獣の活動が活発化ているようだと報告を受けている。」
村長から驚きの報告にリュウは狼狽した。
そのリュウは元々このイーレ村の村人だった。
だが、頭が良く武力にも優れていた彼は街にでていった。
街で商人のイロハを教わり、今では街や村を渡り歩く行商人をしており、時折この村にも帰ってきている。
村の外に出て、イーレ村のありがたさを身に染みて知っているリュウは魔獣の活発化と聞いてこの村がいつか襲われるのではないかと不安になった。
「大丈夫なのですか?」
「まぁ問題無かろう。三年前から備えてきたからな。」
「三年前?」
何のことか分かっていないリュウは村長に尋ねた。
「あれ、知らないか?
三年前に神託を受けた子どもがいると以前話したと思うが。」
「えっ。あれは本当の事なのですか?」
リュウは以前に神託の話を聞いてはいた。
だが、敬虔な信徒でないリュウは話半分に聞き流しており、あまり信じてはいなかった。
「さあ、どうだろな。
三年前の時点では神託の話は子どもが大人の気を引きたくてついた嘘なのだろうと思ってた。何せ神託を受けたのは7歳の孤児だったからな。
だが、ここ最近の魔獣の活発化を見ると神託の出来事は本当になるんじゃないかと思い始めたよ。」
村長の言葉にリュウは驚いていた。
「神託の噂は本当だったのですか。
こっちでは田舎の村人があまりの娯楽の無さにごっこ遊びを始めたなんて笑いのネタにされていましたよ。」
「まぁ、普通であれば一笑に付されても仕方ない話だ。
ただ、その神託を受けた子どもというのが優秀過ぎてな。
神託を受けた後に、村中の子ども達を巻き込んで魔力トレーニングなるものを始めてしまった。
それが遊び程度なら笑ってられたんだが成果を出してしまってな。」
リュウは怪訝な表情を浮かべた。
「魔法を習ってもいない7歳の子どもですよね?魔力というのは魔法を何度も繰り返し使うことで増えるものですよね?増えると言っても微量でしょ?」
「リュウの言いたいことは分かる。
が、どうやらそれだけじゃなかったらしい。私もトレーニングを体験して魔力が飛躍的に伸びたよ。
そんなすごい成果を出した麒麟児の言葉を冗談だと切り捨てることも出来なくなって最近は気が気じゃないわ。
っと、いかん。つい愚痴になってしまったな。
報告が他に無ければ下がって構わんぞ。」
リュウはまだ納得がいかなそうな顔をしながらも村長から差し出された銀貨3枚を受け取ると、村長宅から出て行った。
三年前、エドワードが神託だと偽ってダリウスに伝えたイーレ村襲撃の話。
ダリウスはその話を父親に伝えた。
だが、ダリウスたちは当時7歳、空想やごっこ遊びに熱心な年頃だ。
その話を聞いた村長や他の大人たちは話半分に子供のかわいい妄想話だと聞いていた。
だが、神託を受けたというエドワードは色々とやらかしてくれた。
ダリウスや村の子ども達を巻き込んで魔力強化などと謳いトレーニングを始めた。
すると、半年もしないうちに子ども達は飛躍的に魔力が増えた。
ダリウスに言われて子ども達を簡易鑑定球で測定したら、鑑定の儀を済ませた10歳の子ども達の魔力量が10倍以上に伸びていたのだ。
そこからは早かった。魔力強化のトレーニングの話はすぐに大人たちに広まった。
そして、エドワード達に教わりながらトレーニングをこなしていくと今までいくらやっても伸びなかった魔力が一気に2~3倍に増えたという報告が続々と出てきた。
村長も息子であるダリウスから魔力強化のトレーニングを受け、魔力量が飛躍的に向上したことを実感した。
また、ダリウスはその神託をきっかけに変わった。
以前は遊んでばかりで剣の稽古なんかはサボることが多かった。
しかし、その頃から積極的に稽古に参加した。
また、稽古が無い時には孤児院に通って、エドワードと魔導書を読んだり研究したりと忙しくするようになった。
ただの気まぐれだろうと思っていたら、1月経っても2月経っても一向に辞める気配が無い。むしろ、ダリウスに鬼気迫る気配を感じだほどだ。
その頃から、村長は神託の話は本当に起こりうる未来なのではないかと思うようになる。
そして、エドワードとダリウスは形ある成果をだした。
魔力強化のノウハウの確立である。今まで、魔力は魔法を使うことと実践経験によって増幅すると思われていた。だが、それとは違うアプローチで魔力増加に成功というのだ。
その話を聞いた時、村長は驚愕した。
そして、実際に自身で試してみると、すぐに効果が現れる。今まで10発しか撃てなかった<ファイアアロー>が15発撃てるようになっていた。
村長は魔力強化のトレーニングを日々の訓練に組み込んだ。
最初こそ反発する村人も現れたが、文字通り実力で示したことで以降は大人しくなった。
「魔術を学んだり研究を続けているそうだが、この村で学ぶにもそろそろ限界だったろう。なんにしても間に合いそうでよかった。」
村長は独り言ちて、先ほど受け取った手紙を見る。手紙には魔法学院の推薦状がはいっていた。
***
魔獣が頻発するようになって1週間後、いよいよその時が迫ってきていた。
そう、魔人の襲撃である。
「なぁ、エド。やっぱ神託は正しかったんだな。」
僕とダリウスがいるのは村の見張り台。
10歳になると魔獣が村を襲ってこないよう見張りの仕事が割り振られる。
今日は僕とダリウスが見張りの当番になっていた。
「ああ、そうだね。だけど、神託通りになんかさせないよ。
僕がこの村を守るからね。」
僕は敢えて思っていることを口にした。
前世でも今世でも臆病な僕はそうやって自らを追い込むことで奮い立たせている。
「気負うなって。俺もいる。
それにこの3年、この為に頑張ってきただろうが。」
ダリウスはそう言ってニッと笑う。
ああ、そうだ。僕達はこの3年頑張ってきた。
1人じゃ到底無理だった。
ダリウスの助けがあったからこそ、力をつけることができた。
「やってきたか。」
ダリウスの言葉にハッとなる。
村の入口から約3km先に移動してくる者達が居た。
僕達と同じに人間のような見た目をしている男が3人。
彼らはいずれも1本の角が生えている。
間違いない。彼らが魔人だ。
そして、彼らの背後にゴブリンやオーク等100を超える魔獣を従えていた。
カンカンカンカン
警鐘を鳴らし、敵が来たことを村中に知らせる。
「何があった。」
直ぐに村の男達がやってくる。
「敵です。魔人と思われる人影3、背後にはゴブリンやオークなどの魔獣もいます。
村長に連絡して広場に村中を集めてください。」
「了解した。お前らも見張りを交代して広場にこい。証言してもらう。」
「はい。わかりました。」
「わかった。」
僕とダリウスは首肯した。
と、その時、魔人たちと村との距離が残り500mになったところでとまった。
いや、一人の魔人だけがさらに村に近寄ってきた。
「聞け、人間よ。我ら魔族はこれからお前たちの村を襲う。
だが我も悪魔ではない。1時間だけ時間をやろう。
臆病者は逃げよ。追わずに見逃してやろう。
逆に愚か者は我らに挑んでくるがいい。絶望をくれてやる。」
口上を述べたのは魔人アナハイムで間違いないだろう。
ゲームの時でもそうだったが、魔人アナハイムは常に強者との戦いを望むバトルジャンキーだ。
「やっぱりだ。これはヤバいんじゃねーか。」
見張りを交代して広場に向かっている途中でダリウスが何かに気付いた様子で呟いた。
「どういうこと?」
僕は思わずダリウスに尋ねていた。
「お前から聞いてた魔人アナハイムってやつは強者大好きなバトルジャンキーなんだよな?」
「うん、さっきの口上もアナハイムの性格が出てる感じだったよね。」
「だよな。俺もそう思った。
そう考えるとおかしな点がある。お前が受けた神託の内容だ。
敵の言うことを真に受ける気はないが、それでも皆殺しにあうとは思えんぜ。
イーレ村が全滅したのは本当に魔人の仕業か?」
ダリウスの言葉に僕はハッとなった。
今まで何の疑問も思わずただ魔人の襲撃だと思っていたが、ゲーム中では結果しか聞かされていない。
先ほどの口上が正しいと仮定して、イーレ村は老若男女あわせて200人ほどの村だ。
1時間の猶予の間に逃げ出せば、何人かは生き残るはず。
それなのにゲームではレインを残して全員が死亡していると説明されている。
イーレ村襲撃の理由についてもあまり語られていない。
唯一、イーレ村襲撃の事が語られるのはレインのノーマルルート。
作中では『氷のレイン』と魔人アナハイムが対峙し決闘する場面で、復讐に燃えるレインが魔人アナハイムに昔語りをしてアナハイム本人の口から語られた言葉のみだ。
「なぜ私だけ生かしたの?」
「我は常に強者との闘争を欲している。
当時のことは覚えてはいないが、我は村を襲撃した時に我という存在を宣伝したかったのだろうよ。
今にして思えば良い判断だった。貴様という強者が現れたからなぁ。」
「覚えていないですって。ふざけないでよ。
なんで私なのよ。なぜ。なぜ。なぜ。」
「悪いな、小娘。我はもう覚えていない。
おそらく偶然だったのだ。我の恐ろしさを他の人間に知らせるためのメッセンジャーとしてお前は偶々選ばれてしまっただけのこと。」
その語り口はひどく曖昧だった。
作中ではイーレ村襲撃から数年が経過しており、バトルジャンキーである魔人アナハイムにとって、過去の一件などどうでも良かったのだろう。
ゲームをしていた時はたいして気にもとめていなかった。
ヒロインの設定のためのエピソードという側面がある以上、襲撃の根拠が多少曖昧なままでもスルーしていた。
だが、ゲームが現実になった今、ダリウスの疑問はその通りだ。
むしろ違和感しかない。
魔人アナハイムはバトルジャンキーだが同時に弱者に対しては興味を抱かない。
わざわざ殺害するなどという手間のかかることはしない。
では、彼らが従えている魔獣が殺したのかと言われればそれも疑問が残る。
なぜなら、先ほどの口上では逃げるための時間的猶予を与えているからだ。
逃げる者は見逃すと言っている以上、しらみつぶし村人全員を殺して回るなんて手間のかかることはしないだろう。
魔人アナハイム以外の2人の魔人のことは情報を持っていないが、スキル<鑑定>で2人を視たが、どうやら嗜虐主義ではないようだ。
現時点で分かっていることは魔人の襲撃はある、と言うことだけだ。
ではなぜ、イーレ村がレイン以外に生き残りがいないのか。
推測の域を出ないが、魔人ではない何者かの手によって殺されたのだろう。
すべての罪は魔人が被ってくれるのだから。
まずいまずいまずいまずい。
サーっと血の気が引いていく音が聞こえた。
完全に想定外だ。
きっと、ゲームでは語られなかった僕の知らない真実がそこにはあるのだろう。
僕はそれに対応できるのだろうか?
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