第06話 三年間の成果


あの日、計画を立ててから3年が経った。

僕達は村の子ども達を巻き込みトレーニングを行った。


ゲーム知識は有効だったらしく、魔力とスキルの向上はすぐに成果に現れた。

僕のトレーニングの有用性が認められ、半年後には大人たちもトレーニングに励んでいった。

そのお陰で、今ではイーレ村の戦力はかなり底上げされたことだろう。


そして、今日はイーレ村で鑑定の儀が行われる日となっている。

この鑑定の儀は僕達の住むカノン帝国法で定められたもので、10歳を迎えた子どもが鑑定を受ける義務を負っている。

政府はカノン帝国内の才能溢れる若者が埋もれてしまわないようにするためだと説明している。

そういった理由もあるだろうが、本質は貴族と平民との魔力格差を確認しておくことが目的だろうと思っている。


「さて、今日はあなた達が10歳になった日です。

 これから鑑定の儀を行いますからねー。」

シスターマリアが笑顔でアナウンスしている。


この国では10歳になった子供には鑑定の儀が執り行われる。

この鑑定の儀は国と教会が共同で行っている。

教会が場所の提供し国が魔道具、つまり簡易鑑定球の提供することで国と教会とが良好な関係にあることを内外に示しているのだそう。


政治や権力の世界は複雑というわけだ。


エドワードやダリウス、レインなど今年10歳になる子どもが順番に鑑定の儀を行っていく。


「はい、あなたは…ってえっ、嘘。魔力量2300。

 ちょっと隣で待っててください。

 次の方を先に計ります。

 あなたは、あれ?噓でしょ。魔力量2700ですって。

 ナニコレ?どうなってんの?鑑定球壊れてます??」


この鑑定の儀のために遠くの街からやってきた教会の司祭とシスター達がザワついていた。


彼らが動揺している原因は魔力値だ。

10歳の子どもの魔力平均は貴族で500、平民で50と言われている。

貴族と平民で10倍近く差があるのは、血筋によるものらしい。


魔力量は個人差があるが、それは親から子に受け継がれていくからだと言われている。


だから、ゲーム世界では貴族の血統主義思想に毒された貴族の子ども達が調子に乗って声高に宣言した挙げ句、主人公にうざ絡みして

いた。テンプレ通り返り討ちにあうという見事なかませ犬っぷりを発揮していた。


では、現実はどうかというとそこはゲーム世界と同じ基準だった。書庫の本にも同じようなことが書かれていた。


まぁ、実際は血統に関わらず魔力を大幅に増やすことが出来るのだが、一般には知られていないのでそれが常識となっているのも仕方ないことだった。


エドワードとダリウスはこの3年間様々な実験を繰り返し、今では効率の良い魔力制御や魔力トレーニングなどを確立し、村の皆にそのノウハウを提供していった。

最初は半信半疑だった村の男衆も、ノウハウを伝授するとすぐに結果に現れ、今では村中に浸透している。


当然、子供たちも同じように訓練をしてきたため、今回の結果になった。


「いやいや、鑑定球は壊れておりませんぞ。

 その証拠にほら、私の魔力量を確認してください。」


そう答えるのは村長だ。


「…嘘。魔力量3100。え、高名な魔術師の方ですか?」

「はは、そんな馬鹿な。このイーレ村の村長ですよ。」


「ちょ、ちょっと待ちたまえ。

 私を鑑定してみれば、魔力球がおかしいかわかるはずだ。」

慌てているのは教会の司祭様だ。

少々、お腹がふっくらしていて不摂生気味だがお金持ちなのか肌つやがいい。


「魔力量は470です。この鑑定球は壊れてません。」


面食らっている司祭とシスターたちを見て、僕とダリウスは悪戯が成功した子どものようにニヤリと笑いあった。


「この村は辺境にありますので、魔物が多く出現するのです。

 そのため幼い頃から魔物討伐に参加せざるを得ない子供が多くいましてね。

 魔力が増えた理由はそう言ったことが関係しているのかもしれませんね。」


村長はそう説明したが、司祭達は納得しない。

魔物討伐で魔力が増えるなら他の村でも同様の状況になっていなければならないからだ。



「んな。魔力量12600」

シスターの驚愕の報告に教会内はザワついた。

10000越えの魔力量など、魔族のそれこそ魔人たちの領域なのだ。


「んな。」

村長と話をしていた司祭も何度目かの驚きの表情を見せていた。


「ああ、あれはうちの息子でしてな。

 そうか。10000を超えていたか。」

村長は誇らしげににっこりと微笑んでいた。


「ええー。魔力量20040。そんなの見たことない。」

エドワードは鑑定の儀で過去一番の魔力量をたたき出した。



司祭は思わず頭を抱えた。

こんなバカげた内容を報告しなけらばならないのかと。


「司祭様。今回の鑑定の儀の結果についてご相談があるのですがよろしいですかな?」

村長の言葉に司祭は警戒した。


「司祭様は鑑定結果を上に報告する必要がございますよね。

 その時に、魔力量の部分を調整していただきたいんですよ。」

村長の相談は鑑定結果の改ざんであった。


「何故かお聞きしても?」

司祭は村長の意図を図ろうと質問をした。


村長の提案は本来であれば考慮に値しない話だ。貴族から袖の下を通してもらい魔力量を少し多めに報告することはあってもその逆は無い。

だが、今回は事情が違う。

イーレ村の子ども達が軒並み平均を大幅に超えているからだ。

これをそのまま上に報告すればあまりに出鱈目な数字に何を遊んでいるんだと叱責されるには目に見えている。


なので村長の提案は渡りに船だ。しかし司祭は疑問を感じざるをえなかった。敬虔な信徒であれば自己の利益を度外視するような提案も頷ける。

だが、村長が敬虔な信徒だという話は聞かないしそういう風には見えない。

となれば、村長の言葉には何かしら裏があると司祭は考えた。

特に司祭という立場上そういった俗世にまみれた輩との折衝は多い。


金や権力をちらつかせて鑑定結果の改ざんさせた挙げ句、共犯をネタに何かしら交渉してくる輩などはいて捨てるほどいた。

そんな海千山千の経験を乗り越えてきた司祭にとって村長は警戒に値するが容易く丸め込めるだろうと思っていた。


さぁ、どんな裏がある?

身構えていた司祭に対して村長の言葉は意外なものだった。


「なに。簡単なこと。

 この結果は帝国にとっても教会にとっても、イーレ村にとってもメリットはありませんからな。」


予想外の言葉に一瞬唖然としたもののホッと撫で下ろした。


今回の結果は誰にとってもメリットが無いという。

確かに、帝国や教会にとってはメリットがない。


それどころか帝国貴族の常識を揺るがしかねない結果は混乱を招くだろう。

教会にとっても、混乱の原因を作ったと帝国に弾劾されかねない。そうなれば教会と帝国の蜜月も終了する。


だが、イーレ村にメリットが無いとはどういうことか。

将来有望な若者がいるとわかれば周囲が黙ってはいない。引く手数多なのだ。メリットしか…。


そこまで考えて司祭は戦慄した。

司祭は言葉の裏を読むことに長けているため深読みする癖がある。

そして彼の頭の中で思い至ってしまった。

目の前にいる村長はこの鑑定の議の裏の意図に気付いている。

つまり村長はこう言いたいのだ。


教会は貴族の血統主義容認派だから今回の結果は困るだろう?結果の改竄はこっちからの要望という形にしといてやるから便宜を図れよ?


司祭は背中に嫌な汗をかいていた。こんな辺境の田舎村に中央の魑魅魍魎の政治屋に勝るとも劣らない猛者がいたとは、直接的な脅しをせずとも脅迫してくるとは恐ろしい男だ。


それを何も要求してこなかったなどと思いホッと胸をなでおろすなどバカか私は!!

何も要求しないということがどれほど恐ろしい要求か。

いつ白日の下に晒されるか分からない不安はかなりのストレスだ。

具体的な要求がない分、機嫌を損ねないように注意をしながら付き合いをしていく必要がある。

そこまで考えて司祭は村長の評価を要注意人物として改めた。


無論、これは裏を読み過ぎた司祭の壮大な勘違いである。


村長はこの村が注目されてお貴族様たちに目を付けられてはかなわん。面倒なことは避けるに限る。といった思考の結果、改ざんをお願いしたのだった。


勘違いをしたままの司祭は震える声で確認した。

「へ、平和を望まれるということですね。」

司祭は村長の言葉に頷いた。


このことを報告すれば、さらなる調査のため帝国や教会上層部が乗り込んでくるだろう。

そうなればイーレ村は政治と権力闘争に巻き込まれることになる。

であれば、その事実を闇に葬ってしまうほうがマシだ。それが村長の見解だった。

一方、司祭は違う解釈をした。

自分を暗に脅してくる権謀術数に長けたキレ者の村長だ。当然こんな辺境の村でおさまるような男ではない。

恐らくどこかで成り上がりを目論んでいるはずだ。今回のことはそのための布石なのだろう。そんな野心に利用される私だがタダで利用されてやるつもりはありません。私もあなたを利用して上げます。

司祭は志を新たにするのだった。


結局、司祭はシスターたちに今回の件でかん口令を敷き、上には魔力量を常識の範囲に調整して報告することになった。


そのとるに足らない報告により、イーレ村は注目されることなく平穏な日々が過ぎていくのだった。


だがそれも一時のことに過ぎなかった。

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