第3-4話 手作りメロンパンは幸せの形(4/4)
「焼き上がりましたよ」
ひな子先生の声に反応し、みんなが作業テーブルへ集まり、それぞれが作ったメロンパンの品評会が始まった。
「この子が、かわいいね」
「こっちの子も、なかなかイケメンよ」
「筋をもっとしっかりつけた方が、よかったかな」
お気に入りを手前に並び替えて、写真撮影会が始まった。保育園の園長先生をしているタッキーは、手が器用で、粘土細工が得意。そんなタッキーの作り上げたメロンパンは、洗練された形で、早都のものとは比較にならなかった。早都は、自分の作品の出来に多少がっかりしながら、数枚の写真を撮った。美佳ちゃんや友利ちゃんは、かなり熱心に、いろんな角度から、何枚も写真を撮っている。
作品を一頻り眺めた後は、お待ちかねの試食タイムだ。ひな子先生が、デモンストレーションで作ったパンを試食用に出してくれた。
「うーん、いい匂い」
「いただきます」
「カリッとしていて、そして、めっちゃ、柔らかい」
「うん、甘さがいい感じ」
「思ったよりも、ふんわり軽い生地のパンですね」
早都も、半分に割って、一口食べてみた。思わず、頬が緩む。
(うう~ん、美味しい。幸せ~。これは、人生で一番私好みのメロンパンかも……美味しいものを食べると、心がほんわかするなぁ)
早都が、しみじみとメロンパンを味わっていると、タッキーが呟いた。
「メロンパンは、幸せの形だね」
(上手い!タッキーは、詩人だなあ~)
早都が感心していると、その詩人が次に話し出したのは、例の話だった。
「ねえねえ、さっきの美佳ちゃんの話。そのふわっとした男の子は、美佳ちゃんに好意を抱いているんじゃないの?」
タッキーが話題を戻すと、今度は、ひな子先生も交じって、美佳ちゃんの話題になった。
「そうですね」
「私も、そう思いました」
早都も、話に加わった。
「私もよ、美佳ちゃん」
「えっ~!何を言ってるんですか。職場では、今一つのヤツでとおっているし、6つも年下だし、それはない、と思います」
美佳ちゃんは、キッパリと言い切った。
「でも、普通、1回誘って断られたら、次は誘わないよ」
「そうよ、そうよ」
「今回も、ランチに誘うのに、かなり勇気が要ったんじゃないでしょうか」
「6つ下なら25歳くらい?大学院を出ているのなら、社会人に成り立てでしょ。仕事は、そんなにできなくても当然じゃないでしょうか?」
「そうだよ。美佳ちゃんは、会社を辞めるわけだし、同僚としてではなく、人として見てみたらどうなの?いい人じゃないの?」
全員が、美佳ちゃんより人生経験が長い。ひな子先生もタッキーも早都も、美佳ちゃんのお母さんに近い年齢だ。
「話を聞いている限りでは、悪い男性ではなさそうですけど?」
「ふわっとした雰囲気を持った男性なら、きっと家族思いなんじゃないでしょうか。そんな気がします。私の夫も年下だけど、それはそれで、いい面もいっぱいありますよ」
「えっ、早都さんのご主人も年下なんですか?友利ちゃんのところも年下のご主人だったよね?」
美佳ちゃんの問いかけに、友利ちゃんが応えた。
「そうよ。今はそういう夫婦も結構いると思うよ」
「「ショーバケ」の山口知子も、「逃げ早」の石田りり子も、年下のイケメンと結ばれていましたしね」
と、ひな子先生。ひな子先生は、意外とTVドラマ好きのようだ。
「年下彼氏と言えば、思い出すTVドラマの定番ですね。北村拓哉に大谷亮介……。カッコよかったな~」
タッキーも、話に乗ってきた。
「「ショーバケ」の2人、役名は何でしたっけ?呼び合うシーンが、印象的でしたよね」
「確か、ミナと……」
「セラ!」
おばさん3人の声が、揃った。
「それは、ドラマだからです。相手のカッコよさも違います」
美佳ちゃんが、口を挿んだ。
「カッコよさはともかく、年下夫には、柔軟な考えができるタイプが多い気がするよ」
と、友利ちゃん。
「そうですね。そのくらいの年齢の子だったら、抵抗なく、家事分担もしてくれそうですね」
「浮気もしなさそうだよね」
「お住まいは、どちらなの?」
「長男?次男?」
「女兄弟はいるのかしら?」
おばさんたちの止まらない詮索に、初めは聞き流してやり過ごそうとしていた美佳ちゃんも、何か答えないと永遠に話が終わらないことを悟ったのか、口を開いた。
「そうですね。お坊っちゃん育ちだからかでしょうか、何に対しても素直な見方をする人だと思います」
「お坊ちゃんって?」
「お父さんは、どこかの会社の社長さんらしいです」
「まあ!」
「いいんじゃない?美佳ちゃんが、社長婦人……」
「優しくて素直、少し気が弱いくらいが、ちょうどいいのよ」
「しっかり者の美佳ちゃんには、それくらいの人が合うかもね」
美佳ちゃんのことをよく知っている友利ちゃんの言葉には、説得力がある。
「家族にするなら、仕事バリバリっていう人より、仕事はそれほどでもってくらいが無難かもしれませんね。家事に、仕事のような完璧なクオリティを要求されても、困りますよね」
「そうだよ。うちの夫も、職場では優しさが裏目に出ていることもある、って言われたりしていたもん」
「えっ、友利ちゃんは、職場結婚?」
「そうです。今は、違う会社ですけどね」
「家庭は職場とは違うから……優しさって、かなり大事だと思います」
「「ギフムス」のキャリアウーマン綾世はる香も、竹内豊の優しさに救われていましたよね」
ひな子先生が、再び、TVドラマを例えに出してきた。
「私も、夫の優しさに救われてるよ」
と、友利ちゃん。
「何だか、ワクワクしてきた。意外にお似合いかも?」
「これは、運命の出会いかもしれないですね……」
おばさんたちの妄想が、止まらなくなっている。
「送別ランチの時は、同僚として見ていた彼への評価を一旦捨てて、一人の男性として向き合ってみたらどうかしら。次回の報告を、楽しみにしているわ」
ひな子先生が、会話をしめた。窓の外が薄暗くなっている。早都が、時計を見ると18:00を過ぎていた。それぞれが、自作のメロンパンを持ち帰り用の袋に入れて、帰り支度を始めた。
「ほんとに、美味しかったです」
「今日は、楽しかったです」
「また来週、来ます」
「私は、来月です」
「ありがとうございました」
それぞれが、挨拶をして、お教室の外へ出る。
「お家でも、ぜひ作ってくださいね」
ひな子先生の言葉を後に、早都は、家路を急いだ。
(初めてなのに、色々しゃべりすぎたかな?でも、みんなのことも、たくさん知っちゃったし、いいよね。それにしても、楽しいレッスンだったなあ。ひな子先生の優しく包み込むような空気と落ち着ける空間、このお教室も素敵なカプセルだった~。適度な待ち時間も、みんなのいい関係を作っているんだろうなぁ。そんなお教室で作ったものは、より一層、美味しいよね)
「ただいま~。今日は、メロンパンを作ってきたよ。今、食べる?明日の朝食用にする?」
息子は外出中で、家には、夫と娘が居た。2人とも
「今、食べる!」
と言うので、メロンパンを軽くオーブントースターで温めた。お教室と同じ、甘い香りが、早都の家のキッチンにも漂った。
「早く食べたい」
娘は、オーブントースターの扉を開け、熱々のメロンパンを手に取った。
「わっ、本当にいい匂い」
娘は、思いっきり匂いを嗅いでから、メロンパンを頬張った。夫も、待ちきれない様子で、キッチンまでやってきた。
(明日に、しようかな)
と思っていた早都も、誘惑に負け、一緒に食べることにした。早都の分は、温めていなかったものだけど、十分に美味しい。
「1人何個まで?もう1ついい?」
「8個あったから、2個ずつね」
「今、食べちゃお。これ美味しいから、また作って」
温める時間も惜しいとばかりに、次のパンに手を伸ばす娘を見て、早都は、笑顔になるのを抑えきれなかった。
作品を喜んでもらえると、とても嬉しい。習ってよかったと思える、満足感に浸れる幸せなひとときだ。
早都は、心の奥にある穴の回りが、ゆるゆると緩んだ気がした。
(作り方を覚えているうちに、家でも作って、復習しておかないとね。まずは、のし台を購入しないと……パンマットも欲しいなぁ)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます