第3話

半分以上山道。


細い道をのっそりと走っていく。

時々、対向車とすれ違えないほど狭い道もある。

バスは遠慮しながらスピードを落とす。

私は、時間のかかるこの時間が好きだ。

でも、あと半年しか、このバスには乗らない。

 

バス路線のちょうど中間地点にあるバス停で

赤いバッグの女性が下車。


最後列の座席から、

ドタドタと大きな足音を立てて降りていく。


田舎道にぽつんと立っている寂しいバス停。

そのバス停の背後に、平屋建ての家がある。

一軒だけひっそりと建っている古臭い家。


道路に面して建っているので、

家の様子はバスの窓越しでもよく分かる。

それほど広くもない庭は、雑草が伸び放題で、

全く手入れをしていない様子だ。


バスを降りた女性は、

その家の前に立ち呼び鈴を押す。

毎日同じように呼び鈴を押すのだから、

赤いバッグの女性は、その家に通っているのだろう。


そうしているうちに、バスは発車する。

私は呼び鈴を押す彼女の背中を見送る。


この先、途中で乗ってくる人がいるとすれば、

地元住民しかいない。

平日の朝早くに乗り降りするような住民はまず居ないが、

バス停が見えてくるたびに、

私は乗車する人が待ってやしないかと気になる。

しかし、そんな心配は全く不要。


運転手と二人だけになるこの先の時間、

私は教科書を広げる。

ただ、そうしていれば、

高校生らしいだろうからそうしているだけのこと。

運転手に見られるわけでもないのに、

自分だけの世界に自分だけの理由をつけて時間を過ごしている。

おそらくこのままあと半年。

約二十五分間。

トータルすると何分?

土日祝日以外の三年間×二十五分。

あ、往復だからその二倍。


終点が近づく風景に、

心がかき混ぜられる。

始まる一日。

吐き気はないけど、

吐きそうな気分という表現がぴったり。


学校が見えてくると、教科書を閉じ、

一応「おります」ボタンを押す。

運転手は無愛想にただ自分の業務を果たしている。


この時間帯の運転手は、

何人か入れ替わっていて、

私の知る限りこの人で三人目。


運転手は、自分の動かすバスに乗りながら、

何度ため息をつくのだろう。

今までとこれからで、

トータルすると何回?

どんな計算式?


バス停は学校正門の真ん前にあり、

バスを降りると挨拶当番の先生が立っている。

地面に足をつけると同時に聞きなれた声がする。


決まり文句。

言わないと気分が悪くなる言葉。

言う人も言われる人も。


朝から、気遣っている。


「おはようございます」


空っぽの作り笑い。

私の肩には、食い込むように重たい鞄。

自転車通学している人がほとんどのこの学校で、

町からバスで通っているのは奇跡のように、私だけ。


バスを降りた時の感情は、

挨拶をすると同時に消す。


そうしないと、一日持たない。


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