第66話 17歳 大気圏突入と宇宙遊泳

 私が世界樹の地上から一番近い枝から地上までは、ターザン・ロープで降りていた。高度1キロくらいのところからのターザン・ロープも、地上に近いところではかなりの加速をしていた。


 それと同じ状況である。体が徐々に加速していっているのが分かる。


 そして、体の表面が熱くなってきた。私はいま、絶賛、大気圏突入中である。


 大気圏に突入したスペースシャトルは高熱に晒される。

 隕石なども地上に落下する前に燃え尽きてしまう。

 前世でも、はやぶさ12号はオーストラリアのウーメラ砂漠に宇宙から持ち帰ったサンプルを保管したカプセル以外は燃え尽きてしまった。はやぶさ12号が小惑星から持ち帰ったサンプル粒子の中に、微少重力下で生成されたシリコン・ナノチューブがあり、新素材の発見だと話題になっていた。構造変換が容易で、人間の皮膚のような弾力があるゴムのようなものになったり、軽くて丈夫な構造になったり、高い導電性、熱伝導性、耐熱性を持ったりと、人類の夢のような素材であったらしい。


 歴史の教科書だけでなく、化学の教科書にはやぶさ12号のことは載るほどの大事件だった。


 まさか自分が大気圏に単独突入することになる日が来るとは……。


 はやぶさプロジェクト100年記念のテレビ特集番組で、JAXAの人達が出演し、子供達からの質問に答えていた。


 

 質問! 「どうして大気圏に突入すると燃えるのですか?」


 答えは「断熱圧縮」である。空気の摩擦で熱くなると考えられがちだけどそれは間違っている。


 宇宙空間で超絶な速度で移動している物体は、高い運動エネルギーを持つ。


 運動エネルギー = 1/2 × 質量 × 速度の二乗 だ。速度が速ければ速いほど、運動エネルギーを保有している。

 

 その速度の二乗と、私の体重を掛けたものが今の私の運動エネルギーだ。


 そして……それが、何をしているかというと、その運動エネルギーが大気と衝突しているのだ。


 私の体が、空気の薄い、大気密度の低いところを通過する。その際に大気を圧縮し、圧縮されたことによって熱が発生する。運動エネルギーが熱エネルギーに変換されていくのだ。



 もちろん、空気を膨張させればその分温度が下がる。アイスクリームを作る機械はコンプレッサーで空気密度を薄くして温度を冷やし、アイスクリームを作っている。


 と、いうわけで、お母さんから教えてもらった精霊術の出番である。



断熱Δαννεθ膨張Βωτιου


 私は精霊術を使い始める。私の運動エネルギーが圧縮するのを、精霊術で膨張させ、相殺する。

 私の周りの温度が下がりはじめる。


 精霊術って、ファンタジーな癖に、呪文は妙に日本語の漢字的であったり、意外と意味があったりと本当に不思議呪文である。便利だからなんでも良いけどね!


 よし、これで私が燃え尽きて夜空の星になることはない。


 そう考えると余裕が出てきた。


 体を大の字に大きく開いて風に乗るような体勢にすると、加速が少しおさまる。


 逆に直立不動のような姿勢で頭を地上の方向に向けると、どんどん加速していく。


 面白い。


 大の字に開いて右肩を下げると、右に緩やかにカーブをしながら私は落下していく。


 このまま時速10万キロの空中遊泳を楽しんで、世界樹に帰るか〜。


 って……あれ? どうやって私、着地するんだろう? 大気圏突入で燃え尽きないのはいいんだけど、それって地上に落下した隕石と同じじゃないだろうか? 地上にクレーターとかが出来ちゃったりして……。


 って、そのまえにどこに私は向かっている? 世界樹からどんどん離れて行っている!


 世界樹の裏側とかに落ちたら大変だ。迷子になっちゃう!


 それに、地上を観ると海の部分も結構多い。海に落ちたら泳ぐの大変だしなぁ。


 と思ったら真っ暗になった。夜だ。


 あっ、私……いま、落下しながらこの星を回ってるんだ。


 ということは、このまま空中遊泳をしていれば、前方に世界樹が現れるはずだ。


 地面に落下する、海に不時着するは、いずれも却下だ。


 クレーターとか作ったら怒られちゃいそうだし、私も衝撃で大けがをしてしまいそうだ。それに、適当な場所に落ちたら家に帰るのも一苦労だ。惑星の反対側とかに落ちたくない。


 やはり、無難なのは、世界樹の枝に掴まることだろう。


 世界樹の枝に掴まり、世界樹の枝のしなりを利用して、私の速度を減らして……

 

 おっ、また明るくなった。半周して太陽が当たっている部分にまで戻って来たのだろう。私はどれだけの速度で移動しているのだろうか。



 さて、世界樹も見えてきた。上手い具合に枝の先端を捕まえられるように、私は体を大の字に広げ、両手を翼に見立てて方向を調整する。


 意外と私、鳥になる才能があるのかもしれない。


 世界樹がどんどん大きく見える。近づいてきている証拠だ。


 よし、このまま行けば前方のあの枝の先端を掴める。世界樹の幹には衝突したくない。たぶん、私がペチャンコになるだろう。 


 よし、このまま行けば枝の先端を掴める。落ち着け。戦闘機の速度で移動しながら、テーブルに置いてある米粒を一つ箸で掴むくらいの難しさだ。きっと……。落ち着けばちゃんと枝を掴めるはずだ。


 それに、失敗してもまだ高度はある。掴めなかったらもう一周、惑星を回ってくればいだけの話だ。


 超スピードで私は世界樹の枝の間を突っ切る。


 今だ!


 掴んだ! うぉおお手が滑る〜。でもここで話したらダメだ! 私はなんとか両手で世界樹の枝を握りしめる。


 世界樹の枝が、竹のようにしなり始める。私の体に一気に重力が掛かる。速度が急激に減少しているためなのだろう。体中が痛い。

 急ブレーキを掛けたときに体が飛んでいきそうになるのと同じだ。

 残念なことに、シートベルトなんてものはない。手を離してしまったら私は吹っ飛んでいくだろう。


 世界樹の枝がぐぅうううんと曲がる。さすが弓にも使われる素材だ。


 堪えていると、私の体が止まった。無事に私は着地できたようだ。


 ほぉっと、私は一息着く。


 Τιγριςとの戦いが飛んだ空中遊泳になってしまった。楽しかったけど、危険が大きすぎるので二度とやりたくはない。


 あ〜恐かったと、私は枝の上に立ち上がる。


 って、あれ??


 世界樹の枝が動き出した。


 あれ?


 どうして?


 あっ! そっか。私が枝をしならせたから、しなったぶん、その弾力でもとの位置に戻ろうとするんだ。

 竹とかもぐっと力を入れて曲げたあとに手を離したら、その弾力で勢いよく元の形に戻っていくもんね。弓を引くのと同じ原理だ。


 って、やばい……。


 世界樹の枝が今度は、逆方向へと戻り始める。揺れ返しだ。


 すぐに掴まらないと! あっ……


 私は枝を掴み損なってしまった……。


 と、飛ばされる〜〜。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る