第65話 17歳、世界樹からの自由落下

 翌朝、オルパさんと私は世界樹の幹を回って世界樹の蔓を集めて回ていた。


 世界樹の蔓は、軽くて丈夫だ。


 軽いってレベルの軽さではない。蔓をロープとして使うので、必要な長さは300メートルほどだ。六花とΤιγριςがある空間。枝と枝の間が250メートルほどなので、それくらいの長さのロープが必要となる。


 300メートルの長さのロープと考えると相当な重量となると思うだろうけどそうではない。東京タワーの高さが333メートルであるので、ほぼ東京タワーの天辺からロープを下ろして地上までぶら下げることができる長さだ。


 だが、驚くべき事に、はっきり言って軽い。想像以上に軽い。どれくらい軽いかと言うと、世界樹の蔓300メートルでも、前世のトイレットペーパー40メートルダブル一個と同じくらいの重さだ。


 そして、驚くべきほど丈夫だ。世界樹の一部だけあって、実質的に破壊不可能というレベルだ。世界樹の森には、体長10メートルの大っきな蜘蛛が生息している。その蜘蛛が巣を作る際に吐き出す糸は、直径1センチ程度だけど、空を飛ぶドラゴンを捕まえることが可能な強度だ。

 ドラゴンが世界樹の森に現れた際には、巨大蜘蛛さんにお願いして、ドラゴン捕獲用の網を作ってもらうそうだ。ちなみに、その蜘蛛の糸は耐火性にも優れていて、ドラゴンが吐き出す炎にも耐えられる。


 そんな蜘蛛の糸を越える強度を誇るのが、世界樹の蔓である。軽くて丈夫で……そして、あまりに丈夫過ぎて、切断不能……。


 だけど、世界樹にお願いすれば、蔓を分けてくれる。世界樹に祈れば、蔓がスルッと別れて、長さ300メートルの蔓を手に入れることができる。


 世界樹に幾多とあるロープウェイや、地上へと降りる滑車のロープ。また、私が七才のころに誕生日プレゼントされたアスレチィックの建築材料にも使われていた。


 午前中、オルパさんと私で、蔓を集めて回った。そして、その蔓を矢に結び付ける。そして、やじりは、いったんΤιγριςに刺されば抜けにくいようにと返しを大きく加工した。


 その矢を大量に、私の配置場所となったΤιγριςの上方の枝の至る所・・・に運ぶ。


 作戦の第一段階は、オルパさんとアベルさんがΤιγριςの注意を惹きつけている間に、私がΤιγριςにこの矢を打ち込むのだ。まだ……アベルさんはこの作戦知らないけれど、なんとかなるだろう。


 そして、私は配置についた。オルパさんの指示を待つ。


 まずは、Τιγριςにこの矢を打ち込み、世界樹の蔓で捕獲する作戦だ。


「アベル! ありったけ矢を打ち込むわよ」


 オルパさんは下の枝から姿を現し、戦っているアベルさんに矢筒を渡す。オルパさんとアベルさんの矢にはロープは付いていない。


 私の矢をΤιγριςに当てるためのカモフラージュの弓だ。


 空間に、オルパさんとアベルさんの殺気が満ち溢れる。矢を射るときは殺気を極限まで抑えて、獲物に気づかれないようにするのが普通だ。しかし、今回は、オルパさんとアベルさんは殺気を隠さず、むしろ発露さながら矢を連射している。


 それはなぜか?


 本命である私の矢がΤιγριςに当てるためである。


 どうやら矢を放つ際の微弱な殺気もΤιγριςは感じ取るようだ。隠そうとしてもばれてしまう。


 それなら? 殺気の溢れるなかに潜ませれば良い。


 木の葉を隠すなら森の中。殺気を隠すなら殺気の中だ。



 オルパさんやアベルさんは、夏に近くを飛ぶ蚊のようにΤιγριςの周りに矢を放つ。Τιγριςを狙って放つ矢。当てるつもりが無い威嚇の矢。


 いろいろな思惑がこもった矢がΤιγριςの周囲に放たれる。


 もちろん、私の放つロープ付きの矢も同じだ。


 私は上方の枝を移動しながら、矢を射る。私はΤιγριςの体目がけて矢を放っているけれど、その矢が命中したかどうかを確認せず、次の矢を射る位置へと移動する。


 命中したかどうかは二の次だ。


 え? なぜかって?


 それは、次の作戦への布石だ。


 そして、案の定、Τιγριςはオルパさん、アベルさん、そして私の放った矢を全て避けるか防いだ。


 作戦の第一段階。ロープの付いた矢をΤιγριςに命中させて捕獲する。


 これは失敗だ。


 やはり失敗した。


 予想通りだ。ロープを巻き付けている分、矢の速度は遅い。



 次の作戦へと移行する。


 私の放ったロープの結ばれた矢。そのロープの端は、上方の枝にキツく結ばれている。


 Τιγριςに弾かれた矢、また、当たらなかった矢は?


 当然、重力に従って、そのロープは垂れ下がる。


 ロープの長さは300メートル。上の枝から下の枝を結ぶには十分な長さだ。百を超えるロープが、ぶら下がっている。


 Τιγριςは空を翼で飛ぶ。ロープに翼が当たって飛ぶのを邪魔している。


 もちろん、もっと邪魔になるけどね。


「エステル! アベル! Τιγριςの注意を!」


 オルパさんの声が響く。今度は、私とアベルさんがΤιγριςの注意を惹きつける番だ。


 オルパさんは何をするか。それは、下の枝までぶら下がったロープを下の枝とキツく結ぶのだ。


 それにより、世界樹の上の枝と下の枝にピンと張りつめられたロープが出現する。破壊不可能な世界樹の枝で結ばれ、同じく切断不可能な蔓で結ばれたロープ。


 形勢は逆転である。


 Τιγριςとの戦い。


 私たちエルフが不利であったことはなんであろうか。



 それは、Τιγριςは空を飛び、私たちは飛べないということだ。


 Τιγριςは世界樹の上枝と下枝を自由自在に飛び回るが、私たちはそれができない。


 だが、上枝と下枝を結ぶ縦のロープが出現したら?


 ただのロープ、されどロープだ。エルフは生まれた時から世界樹の木の上で生活している。ロープがある。それは、大地があることに等しい。足場を確保できるのだ。


 空中という地の利を生かしていたΤιγριςの優位性が失われる。


 ロープを移動しながら、私たちもΤιγριςに近距離戦を挑める。弓矢で上枝や下枝から射るだけではなく、立体的な攻撃ができる。


 私たちも地の利を得た。これで五分五分?


 いや、そうではない。Τιγριςは体格が大きい。当然、翼を広げたらもっと全長は大きい。


 私たちエルフの足場を作るだけなら、ロープをぶら下げればよいのだ。


 だが、アベルさんと私が必死でΤιγριςを惹きつけているのは、オルパさんが下枝とロープを結ぶためだ。


 枝と枝でピンと張りつめたロープがあったらΤιγριςはどうなるか?


 自由に空を飛べなくなる。ロープと翼がぶつからないように飛ばなければならない。これまでは六花を守る際に、最短距離で移動出来た。


 しかし、その最短距離をロープが邪魔をする。迂回しながら飛ばなければならない。


 それに、矢を避ける際にも、翼とロープが接触しないようにと意識しながら避けなければならない。


 完全に、Τιγριςと私たちの地の利が一変したのだ。鳥鍋は、美味しいだけでなく、本当に役に立つ。もしかしたら、Τιγριςから六花をゲットするために、ロープウェイの番人さんは敢えて鳥の捕獲方法を実演したのかもしれない。あれはサービスではなく、エルフの大人達からのヒントであったということだ。


 Τιγριςは徐々に飛ぶ空間が狭まっていく。そして、私たちの行動範囲が広がっていく。


 形勢逆転!!!!!


 ・


 ・


 完全に私たちがΤιγριςを圧倒し始めた。


 世界樹の葉でΤιγριςは回復をしているようだけれど、その回復速度を上回って私たちがΤιγριςを弱らせている。


「『上層』出身の私の華麗な一撃をくらいなさい!」


 オルパさんが、弓でΤιγριςの右翼の根元に打撃を加える。ゴキッという音がしたので、Τιγριςの右翼の骨が折れた。


 だけれど、左の翼だけでΤιγριςは飛んでいる。片翼で飛べるなんて化け物である。


 けれど……移動能力の低下は著しい。チャンスだ!


「アベル! 早く六花を! エステル! 足止め任せたわよ!」


 アベルさんは六花へと向かう。オルパさんは弓を棍棒のようにして、さらにΤιγριςの顔を殴りつけ、そして六花へと向かった。


 私が二人が六花を取る時間を稼ぐ。たぶん、先着順ということで、Τιγριςに辿り着いた順番が遅い私が最後なのだろう。


 左の翼だけでふらふらと飛ぶΤιγριςを足止めするのは容易だった。それに、オルパさんの弓での一撃により脳震盪を起こしているようだ。意識が朦朧としている。


 チャンスだ。私は、残していた上枝の、ロープの結ばれた矢をΤιγριςへと放つ。渾身の力を込めて放ったその矢は、Τιγριςの肉深くへと食い込んだ。


 食い込んだ矢を外さない限り、Τιγριςは繫がれた番犬同様だ。


 殿しんがりの任務完了! 私も六花へと向かう!


 ・


 ・


 私が六花へと目を向けると、喜んで抱き合っているオルパさんとアベルさんの姿が目に映った。


 って、ちょっと、まだ私が六花を取れてないのに、二人で喜んでないで、Τιγριςを惹きつけてよ! 援護射撃とかして、Τιγριςが追いかけて来ないようにしてよ!!


 って、アベルとオルパは、手を取り合って、お互いの六花を交換する。あっ、もう二人の世界に入っている。


 オルパさんとアベルさんが、互いの六花を交換した瞬間に、その六花は溶けていく。そして、いままで着ていたオルパさんの黄色いワンピースが真っ白に染まっていく。


 私が着ているのは黄色いワンピースだ。そして、オルパさんもつい1秒前までその色のワンピースを着ていた。だが、今は白色だ。


 つまり……オルパさんとアベルさんの結婚が成立したということなのだろう。


 ちょっと、そういうのは私が六花を取れてからにしてよ!


 って、あれ?


 簡単な数学の問題です。引き算です。


 3本の六花があります。一つ目がアベルさんのです。六花は三つあるので、あと二つ残っています。そして二つ目はオルパさんの六花です。オルパさんが採ってもまだ六花は一つ残っているので、私の分はあります。ところで、オルパさんとアベルさんは愛し合っています。二人は、六花を手に入れたら六花を渡し交換し、結婚をするそうです。


 今、3つの六花のうち、二つが溶けてなくなりました。アベルさんとオルパさんが結婚をしました。


 ですがまだ、世界樹の枝の根元には六花が一輪咲いています。


 もちろん、最後に残った六花が私のです。


 さて、私はこのまま六花をゲットしたとして……。ですが……その六花を誰に渡せばよいのでしょうか?


 あれ?


 私、頑張っても六花を渡す相手がいないじゃん! 


 もしかして、他の誰かが17歳になって、六花を得るまで待たなきゃいけないってこと! え!? それ、聞いてない!!! 相手がいないんじゃ、私が六花を採ったところで無意味!?


 その瞬間、私の耳は爆風の発生を聞き取った。


 しまった!!!!


 

 呆然としてしまった一瞬。その一瞬をΤιγριςは見逃さなかったようだ。


 私の体に衝撃波が直撃した……。


 あっ……。

 

 私の体は、衝撃波に押し出されるように空中を舞っている。このままだとやばい……。


 私の体は世界樹の幹からどんどん遠ざかっている。リカバリーしなきゃ、このまま世界樹から離れてしまうとまずい。


 背負っていたロープ付きの矢を取り出し、射る。この矢が小枝の間に挟まれば、そのロープをつたって登ればリカバリーできる……。


 だが、Τιγριςが私の放った矢を精霊術で弾く。


 しかも、私に追い打ちをかけ、私の体はさらに加速して世界樹を離れて行く……。


 世界樹の幹の周りには世界樹の加護があり、空気が存在している。


 だけど、世界樹から離れすぎると……お母さんが言っていたように……。


 ここは地球からの高度2万キロ……。国際宇宙ステーションでさえ高度400キロに過ぎない。


 私の体はどんどん世界樹から離れて行く。


 おい! オルパさん、アベルさん! 暢気に私に向かって手を振っているな! しかも片方の手はお互いしっかりと握りあって……。


 私の読唇術では、オルパさんは『手伝ってくれてありがとう!』と言っている。アベルさんは、『ゆっっくり話したりできなかったけど、君ならすぐに六花を取れるよ!』と言っている。


 二人の声は聞こえない。え? なぜ聞こえないかって? もう私の周りは真空だからです!

 私が着込んでいる世界樹の葉の下着が光ってます! 私の生命を守るために一生懸命世界樹の葉が活動している……。



 って、このままだと……。


 私は何かに引っ張られている。うん、重力に……。引力に……。


 どうやら私はこのまま、惑星へと落下します。高度2万キロからの自由落下!


 またの名を……大気圏突入……。


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