第63話 17歳 奇襲→包囲殲滅戦→籠城戦→作戦会議(お茶会)

「アベル! 引いて!」


 オルパさんは、矢を放つ瞬間にアベルさんに対しての注意喚起を行う。打ち合わせ通りだ。


 狙いは二つ。


 一つが、誤射を避けるため。Τιγριςとの戦いに集中しているアベルさんが、オルパさんとΤιγριςの間の弾道に入らないようにするためだ。安全のためというわけだ。


 そして、二つ目の狙いが、Τιγριςの注意を惹きつけること。突然に、枝の下から声がして、その声の主が、Τιγριςの首の付け根、急所に向けて矢を放ったらどうなるか?


 Τιγριςの選択肢は二つだ。


 一つは、その矢を迎撃しようとする。


 オルパさんはばっちりと首の急所を狙っているので、矢をあえて受けるという選択肢は存在しない。その選択肢をしたら、散弾ΣανΔανの効果で、大動脈か大静脈の切断による大量出血、気道の破壊による呼吸困難、脊髄破壊による行動不能。

 容易に決着が付いているはずである。そんな簡単な一撃で決着がつくなら、エルフが2年も3年も戦い続けるなんてことにはならない。


 だから、その矢を防ごうとするであろう。それが一つの選択肢。


 もう一つは、回避しようとするであろう。


 私の放った矢は、吸い込まれるように、まるで自動追尾機能が付いているかのように、Τιγριςの腹部目がけて飛んでいく。


 矢羽根を調節したので、緩やかなカーブを描き、Τιγριςの翼を避けるように飛んでいく。

 

 Τιγριςの癖なのだろう。Τιγριςは危機から回避する際に、後ろへと下がって回避行動をする癖がある。

 オルパさんの矢を避けようとして、後ろに下がっても、私の矢がΤιγριςの後方から回避軌道を埋めるように飛んでいるので、私の矢は腹部に命中する。

 

 オルパさんの矢を避けても私の矢は当たる。


 オルパさんの矢を迎撃しても、私の放った矢は、Τιγριςの腹部に当たる。


 Τιγριςがどちらの選択肢を選んでも良いように、私がいるのだ。


 Τιγριςは、オルパさんの矢に注意を向けている。陽動にはまってくれたようだ。


「ぐぉぉぉおぉおお〜〜〜〜〜〜〜ん」


 Τιγριςの雄叫びが世界樹の枝を震わせた。


 アベルさんがオルパさんの意図に気付いて、巻き込まれないように下がりながら、矢を放ったのだ。見事にΤιγριςの左目を射貫いていた。オルパさんの陽動によって生まれた隙を上手に利用したようだ。ただ、私やオルパさんのように十分に引き絞って放った矢ではないので、致命傷にはならないけれど、Τιγριςの目を一つ潰せたことは大きい。


 私たちは三人で戦う。Τιγριςは片目を失い、視野がさらに狭くなる。より、私たちが有利となった。


 Τιγριςは、左目に損傷を受けつつも、オルパさんの矢を右腕の爪で弾くという選択肢を選んだようだ。


 避けられないと悟ったのだろう。エルフが、オルパさんとアベルさんしかいないのであれば、正しい選択だ。 

 

 だけど、エルフの奇襲は甘くない。


 オルパさんが放った弓を右手の爪で弾いた瞬間、つまり、その迎撃行動を取ったことによって生まれる隙。その隙に私の矢がΤιγριςの腹部に命中する。


 相手を仕留めきるまでが狩りであり、矢を放つ前にすべてが完了しているのが狩りである。



 そして……私たちは六花を手に入れられる……はずであった……。 


 


 だが、Τιγριςは予想外の行動に出た。


 ちょっと!!  


 右手の爪で矢を弾きつつ、尻尾で私の矢を掴むとか!!!!!


 尻尾に目でも付いてるの! と思ってしまうような神業をΤιγριςは私たちに披露した。


 尻尾を巻くようにして私の矢を受け止めた……。私の渾身の一撃を……尻尾で……



 Τιγριςは、エステルのプライドに会心の一撃を放った……って感じだ。結構、ショックだ。




「エステル! 次よ! めんで押すわよ!」


 オルパさんが指示を出す。


 なるほど……と、私は即座にオルパさんとアベルさんの位置を確認し、枝を移動する。


 こういうときは、お互いわかり合っているエルフだと便利だ。


 私、オルパさん、アベルさんで、空中に正三角形を作るような陣形を作り、そして、Τιγριςとの間合いを詰めていく。


 私たち三人で作った三角形の面。そこが、デット・ポイントだ。その三角形の面上では、三人のエルフが獲物との最短の距離で囲みながら矢を打てる。しかも、私、オルパさん、アベルさんのうちの一人はかならずΤιγριςの死角にいることができるのだ。


 奇襲作戦から包囲殲滅戦へと移行。


 私は、左手で弓を、右手で短刀と矢を持ちながら、構えた。


 私たちが三人で包囲殲滅を狙うのであれば、Τιγριςは各個撃破を狙ってくる可能性がある。


 その場合は、近接戦闘となる。爪とか鋭そうで、切れ味凄そうだし、あの大きな口と、デカい牙で噛まれたら、体の4分の1を持っていかれてしまうだろう。だけど、エルフは近接戦闘が苦手であるというわけではない。弓矢で大方のことが済んでしまうから近接戦闘をすることが少ない。

 


 って……あれ?


 Τιγριςは、逃げてく……と思ったら、やられた……。


 Τιγριςは、世界樹の幹という広大な壁を背にして、背後からの攻撃を避けつつ、六花を守る。


 籠城戦をΤιγριςは選んだようだ。


 Τιγριςは幹を壁にすることによって、前方にだけ注意を払えば良くなる。


 包囲殲滅戦に持ち込もうとした私たちに対して、籠城戦で対抗する。


 三角錐が出来てしまった。


 膠着状態の完成である。私、オルパさん、アベルさんで作った底面、そしてΤιγριςを頂点とした三角錐。


 頂点にいるΤιγριςからしたら、私たち三人を視野に入れることができる。私たち三人は矢を放つが、全て対処されるか躱される。


 決め手にかける私たちは、一斉に矢を放つが、その矢が尽きてしまった……。


 そして、その膠着状態を利用して、Τιγριςは、世界樹の葉を囓り、回復を図っている。


 これ以上、膠着状態を続けても、無意味だ。


 一度、撤退だ。振り出しに戻る……。





「運動した後のお茶は最高ですね! 体に染みます」


「それは当然よ! なんたって『上層』の最高級のお茶っ葉なのだから!」


「このマフィンも美味しいです。焼きたてはやっぱりいいですね! あっ! ナッツのもいいですが、このカカオのも捨てがたいですね〜」


 膠着状態のままでも意味がないので、私とオルパさんは絶賛作戦会議中だ。


 Τιγριςは、アベルさんが引きつけてくれている。


「それにしても……Τιγριςは、やばいですね」


「まったく。全力で動いたせいで、ロールが緩んじゃったわよ」


 あっ。オルパさんの銀髪縦ロールは、やっぱりパーマなのだろう。


烫髪ΤανΠαθ


 オルパさんは、世界樹の枝に精霊術をかけて髪を巻きはじめた。パーマをする精霊術ってあったんだ……。


「次は、あなたが作戦を考えてね」とオルパさんは、髪を巻きながら言う。


「え?」


「だって、さっきのは私が考えたんだし、次はあなたの番よ」


 いやいや……奇襲でだめなら、というか、籠城に出られたら、ほぼ打つ手がないというか……。Τιγριςも、私たちを警戒しているし……。


 巣にこもられた獣を狩るのは、面倒なのだ。巣穴から出ているところを狩るのが、正攻法なのだけど、Τιγριςみずから、世界樹の幹を背にして、守りに入られるとなぁ〜と、頭上で戦ってい続けているΤιγριςとアベルさんの戦いを私は眺める。


「とりあえず、お茶とお菓子のお代わりいいですか?」


「まったく、しょうがないわね」


 六花と引き離すにしても、Τιγριςは六花を守ることを優先しているようだし、引き離そうと誘導しても無駄だろう。


 正攻法でも、籠城されたら打つ手がないし。はぁ……お菓子食べていたらお腹が空いてきた。あの、世界樹を登っている途中、ロープウェイで食べた鳥鍋、また食べたいなぁ。オルパさんにご馳走になってばかりだと悪いから、一旦離席して、鳥でも狩りに行かうかな。


 あっ、でもここは森じゃないから、鳥を狩るにもロープをまず作らないとダメか。こんな上空では、鳥を射ても落下していってしまうし……。やじりも返しを大きくしないと抜けちゃうか……。


 あの味を思い出したらまた食べたくなってきた……。


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