第7話 7歳 フィールド・アスレチック施設をプレゼントされました

 早朝の出来事だった。今日は母であるルカさんが私を起こしに来るのではなく、父であるパウロさんが私を起こしにやってきた。

 珍しいなぁ、と思いつつ、また父が「ちょっと一緒に来て欲しい」というので、一緒に部屋を出た。


 そしたら、私の部屋の扉の直ぐ横、廊下に梯子が架かっていた。


「登ってみなさい」と言われたので、その梯子を登ってみる。


 というか、我が家は二階もあったのか、と驚く。平屋一階建てだと思っていた。


 そして、梯子を登ってみると、そこは二階ではなく、屋上であった。遙か上空には世界樹の葉が生い茂っている。そして、屋上には家族全員が集まっていた。家族総勢百人以上が、私を見つめている。


 おぉ? なんだ? と思ったら、


「7歳の誕生日おめでとう」と全員が声を揃えて私に言った。


 おぉ! 最近、家族の様子がおかしいとは思っていた。なんだかみんな、ソワソワしていた。


 やはり誕生日の準備をしていたのだろう。


「エステルは今日から7歳だ。だから、今日から屋上で遊びなさい。ちなみに、これらは全部、みんなで造ったんだぞ!」と父は少し興奮気味に話す。


 『これら』というのは、まさか……一言で言ってしまうと、この屋上全体に造られているフィールド・アスレチック施設のことであろうか。


 ロープや丸太などで様々なアスレチック施設が出来ている。だが、子どもが遊ぶような生やさしいアスレチック施設ではない。明らかに危険だよね、というようなフィールド・アスレチックだ。


 屋上から換算して、10メートルの所に丸太がある。たぶん、その丸太の上を歩くのだろう。墜ちたら死ぬんじゃないか? って、屋上には葉っぱが敷き詰められていて、それが衝撃を和らげるクッションになるのかも知れないけれど、はっきり言って頼りない。


 吊り下げられたロープ。これは、このロープを登れということなのだろうが、体育館の天井の高さくらいだ。これを登り切るって、ハードなのではないだろうか。握力とか腕力とか、かなり必要そうだ……。


 それに、世界樹の幹を利用した垂直の崖……。まるでロック・クライミングをする練習の崖のようだ。ボルダリングというやつであろうか。スポーツジムの壁に様々な石が埋め込まれていて、それを登っていくという競技だ。


 でも、どう考えても7歳の娘に登らせるには難しいのではないか……。途中から天井を這うように移動しなければならない。たぶん、一差し指と中指だけで懸垂とかできる人ではないとこの壁を登るのは無理なのではないだろうか……。垂直の崖とかならまだしも、120度の壁とか、180度の壁とか、普通に重力に従って下に墜ちるよね……。 


「エステル、ちょっと登ってみなさい。みんなの力作だぞ」とパウロさんは、絶壁の崖を指差しながら爽やかに微笑む。

 たぶん、家族総出で、そして私に内緒でこのフィールド・アスレチック施設を造っていたのであろう。


 でも、難易度がやばい。墜ちたら最悪死ぬ危険がある。みんなは私を将来、ロッククライマーとか、運動選手にさせたいのであろうか。

 まぁ、家の立地が世界樹の枝であるという関係上、墜ちたら死ぬだろうから、墜ちないようにトレーニングするということなのであろう。

 いや、それならそもそも、地上に住めばよくないか? 家の玄関先が吊り橋になっていて、その先は地上まで真っ逆さまという家に住むのがおかしいよね?


『こんな崖みたいなのを登れるか!』って叫びたかったのだけど、みんなが目をキラキラさせている。私の誕生日のプレゼントとして、せっかく準備してくれたのだ。登らざるを得ない。


 私は、諦めて壁を登る。ロック・クライミングだ。木の幹のデコボコを利用して手を、足をかけて登っていく。


 高さ10メートルくらいまで登れた。下を見てはいけない。見たらたぶん、恐怖で動けなくなる。


 そしてさらに私は登る。だが、壁が無情にも直角から角度120度位になり、足を踏ん張っていればなんとかなるという状況じゃ無くなった。後頭部が、背中が、お尻が重力で引っ張られる。指先と足の爪先でなんとか天井にしがみついている感じだ。


 そして、手詰まり。手を伸ばせる場所が無い。これ以上、先へと進めない。ちなみに私の今の状態は、天井に張り付いているヤモリみたいな感じだ。手の平に吸盤とかないから、指先とか足の指で体の全体重を支えなければならない。


 ちょっと右手を伸ばせば、掴みやすそうなデコボコがある……っと、右腕を伸ばした瞬間、私は落下した。


 ドンという大きな衝撃。私は、15メートルくらいの高さから墜ちた。背中から墜ちた。

 普通なら死んでいるはずだが、生きていた……。  


「ははは。まだエステルには難しいかな。でも、そのうち登れるようになるかなら! エステル、もう痛くないだろぅ?」とパウロさんは、仰向けで屋上に倒れている私をのぞき込み、笑っている。


 落下しても受け止めてくれると信じていたのに! パウロさんは、どうやらパズーではないような。いや、私も飛行石とか持っていないけれど……。


 でも、めっちゃ痛かったのは最初だけでだ。気付いたら痛みは消えている。墜ちた衝撃で屋上の屋根を突き抜けて、一階に墜ちなくて良かったと思う。


 もう痛くない。え? なんで?


「この屋上に敷き詰めているのは、Δάφνηの葉っぱなんだよ。怪我とかを治癒してくれるという効能があるんだよ。だから怪我をしても直ぐに治るから、思いっきり遊びなさい」


 パウロさんは何でもないように言ったけど、それって凄くないか? と驚く。だが、思い当たることがある。ゲームとかで世界樹の葉は、アイテムは、死者を復活させるという貴重なアイテムであった。死者を復活させるほどのアイテムなので、傷を治すというような効能もあるのだろう。


 なるほど、と納得である。


 いや、屋上に葉っぱを敷き詰めており、葉っぱは落下時の衝撃を和らげるクッションの役割をするのだろうと思っていたら、まさかの治癒の効果があるとは! 

 そういえば、風邪気味のときに、母が生姜を摺りおろして飲ませてくれるかのように、世界樹の葉っぱを細かくちぎったお茶を飲ませてくれていた。それを飲んだら風邪は一瞬で治ったし、世界樹の葉は治癒の効果があるのだろう。


「それにしても、エステルは凄いな! 才能がある! 初めてであれだけ登れるなんて、もしかしたらΔάφνηの頂上に辿り着けるのではないか?」と、お父さんのお父さんのお父さんのお母さんのお父さんのお父さんが興奮気味に言っている。


 え? 世界樹の頂上? 誰も辿り着いていないの? どれだけ高いのだ、この樹は……。


「【開拓者】としての才能があるなぁ。新しい枝を発見できるのではないか?」とお父さんのお父さんのお父さんのお母さんのお母さんのお父さんのお父さんが言う。


 え? 開拓者? 新しい枝?


「エステル! 今日から毎日ここで遊ぶのよ!」と母も嬉しそうだ。


 いや……ちょっと待って……。現在、積み木で百分の一スケールのサグラダ・ファミリアを造って、あと1ヶ月くらいで完成しそうなのだけど……。


 今日から毎日、フィールド・アスレチック施設で遊ぶの? え? 私、どちらかと言えばインドア派なんですけど……。

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