第89話 人間の責任と中年


 落内が迎えにきたが、俺の運転で帰ってきた。


「明日も頼むな」

「横暴だぁー! 運転させろぉー!」


 背中で落内の叫びを聞きながらホテルに帰る。まだ日本ではおやつの時間だ。


『ノセ? 大丈夫か?』

 扉を開けると、


『おぉ! アジャティ! 似合うぞ!』


 風呂に入ったようで、昨日とは別人だ。


『あ、ありがとうございます』


 丁寧に頭を下げる。顔を見ると赤くなってるが、嬉しそうに笑顔だ。


『これはノセの服か? 新しい服でも買いに行くか』


 賢人に服を引っ張られて、

『兄ちゃん、やりすぎ。アジャティが困ってるよ』

 

『あぁ、わるいな。ノセ、飯食ったか?』


『食べましたけど、まだ入りますよ』

 と腹をさする。




 アジャティを連れて、ホテルラウンジに向かい、ケーキセットを人数分頼む。


『よし、アジャティ? 昨日はどうしたんだ?』


 ソファー席に賢人、アジャティ、俺。対面にリズム、ノセが座っている。


 横のアジャティは言いにくいのか、口を噤んでいる。



『俺らは味方だ。言いたくなければ言わなくていい。……でも、アジャティが心配だから、また言いたくなったら話してくれるか?』


『あ、あの、あ……』


 頭を撫でて、

『大丈夫、ゆっくりでいいぞ』


 涙を浮かべ、言葉を出そうとしている。



 抱きしめると、堰を切ったように涙を流し、声を殺して泣いている。


 ……こんな子供が声を殺して泣くなんて。



 腕に力が入るのを我慢して、今はアジャティを優しく抱きしめる。



 泣き止んだアジャティは少しずつ喋る。




 アジャティの親は幼い時に亡くなっていて、物心ついた頃には、ストリートチルドレンとして残飯を漁る毎日だった。


 リズムと会って、自分のお姉さんのようでとても嬉しかったらしい。だが、リズムが帰る時に叔父と言う男が出て来て。



「って、リズム?」

 さすがにこれは。


 ノセが通訳してたから、内容が分かっているリズムは、


「……ごめんなさい。その時はわ……いえ、なんでもない。私の確認不足よ。アジャティ、ごめんなさい」

 


「いや、リズムのせいじゃないな。こんな事は世界で起きてることだろう」


 生きる為……か。


「でも兄ちゃん!」


「あぁ、それでもハラワタが煮え繰り返るよな」


 一人で生きてたアジャティを使って生きるのは俺は許さない。


『あ、あの』

『あぁ、ごめんな。言葉が分からなかったよな』



 アジャティは首を振ると、

『叔父さん、や、優しかった。ぼくが、仕事しないと、お金、ない』


 リズムは泣き出し、俺らは、少しでも動くと身体の血が沸騰しそうで、……爆発しそうで。


 オロオロするアジャティを撫でてやるのに時間がかかった。






 もう、日も落ちてきている。


 アジャティが帰りたいと言うので、送ることになる。



 アジャティの家は、家ではなかった。


 ビルの間に隠れるように作られた、ビニールと板で雨風を凌ぐだけで、ただの箱だな。


 

『アジャティ、この、……家には何人くらい住んでるんだ?』


『前は、三人、お兄さんがいた』

 前は、か。


『今は二人なんだな?』


『うん』

 じゃあ今いるのは。


『アジャティはリズムと待っててくれるか?』

 アジャティは頷く、


「ねぇ、どうしたの?」

 リズムは不安そうだが、


「今、賢人が見に」

 賢人が肩を叩く、


「兄ちゃん」

 と、首を振る。


「……なら、行くか。アジャティには酷かも知れないが、ここに置いて行くことは出来ない」


「……アジャティは私が預かる。弟として」

 

「そんな簡単な事じゃない。……その話はあとだ。行くぞ」

 




 少し前のアジャティの家。


『子供はどうした? 逃げられたじゃ済まないぞ?』

 冒険者のような格好の男が二人、ヘルムで顔を隠している。


 部屋の真ん中に座っているアジャティの叔父を囲む。



『いや、すぐ帰ってくるはずだ。し、しかし、急だな』


 叔父は冷や汗を流しながら説明するが、



『いつ来ようが構わないだろ。それより、お前のところは怪我が多い。俺は商品に傷をつけるなと言ったよな? ……まさか、殺したのか?』

 


 叔父は勢いよく首を振ると、

『殺しはしていない! し、死んではいないはずだ』



『……お前には殺しは無理だな。帰って来ないなら』



『ま、待ってくれ! 俺はどうなる? 組織に入れてくれるんだろ?』


 叔父が大声を出すと、男達は顔をしかめ、




『誰がそんな事を言ったんだ? 笑えないな。……誰だ?』

 男の声に怒気がこもる。



『だ、誰も、誰も言ってない!』

 


『……お前は俺に嘘をついたのか? ……商品はない。おまけに嘘か』



『や、やめ……悪かった! すぐに、すぐに探し……』





 カズト達はアジャティの家の前。


『やぁ、そこにいるお二人さん。ここの人に会いに来たんだが、ちょっと出てきてくれるか?』


 中の二人に聞こえるよう、少し声を張り上げる。



 男二人はノッソリとビニールを開きながら出てくると、

『やぁ、客人かい? 今は忙しいらしいから、後にしたほうがいいよ?』

 中々フレンドリーだが。



『そうか? 死者に用事があるとは、思わな』

 へぇ、速いな。



 男は短剣で俺の首を狙ってきたが、短剣の刃を掴む。


 辺りは暗く、黒塗りの短剣は暗器となる。



『ずいぶんと気が短いんだな?』


 男は短剣を下げると、

『ほぉ、やるもんだ。……何の用だ?』


『子供を何処かに連れて行く奴に……言う必要があるか?……』


 男二人の雰囲気が変わる。



『アイツから何を聞いた? ……笑えないな』

 武器を構える二人に、



『聞くまでもないな。どこぞの悪の組織で人身売買ってところか? ハハッ、それこそ……笑えない』


 こちらも戦闘態勢をとり、ノセにリズム達を任せる。



『……強いな。ここは引こう。もう用はないしな』

 男は短剣を下げようとするが、


『なっ! 何をする!』

 男の腕を掴む、


『さっきから勝手が過ぎるな。何故俺らを下に見てるんだ? お前の用は俺に関係ない』

 男の腕を握り潰す。


『グァァアァア! ガァァ、ガアッ!』

 男は暴れ、腕を振るう。


 勢いで殴るとヘルムが吹き飛んだ。



『……おいおい、鬼か?』

 角が生えている。解析をするが、……阻害されてる? 


『グァッ……ガフゥ……お前は危険だな。笑えない。……だが、俺らは止まらない。……フェイク、行け!』


 もう一人の男? が向かってくるが、


『はい、ダメぇー! 動けませーん!』

 賢人が影で縛っている。



『な! たかが人間にィッ!!』



 後ろから首を掴む、

『なぁ、お前みたいなのが、人間の子供を使ってなにをしてる?』


 ダンジョンか? 人外か? 何故阻害されたのか?



『……お前……何か知ってるな? ……お前はダンジョンをどう思う?』



『……魔素を吐き出す……装置だろ』

 


『いい答えだ。機械か……人間にも分かるやつがいたとはな』

 コイツは何が言いたい?



『答えになってないが?』


『まぁ、急ぐな。これじゃ逃げる事は出来ないだろ? では次だ。……人間は何をしてる?』



 言葉が足りないが、ダンジョンに、か。


『……言い方は悪いが、甘く見てる。……何もしていないな』



『あぁ、何もしていないな。……それが全てだ』


 ……全て。



『人間はこの世界で責任を問われている……そ』

『ーー誰だ!』

 鬼の首が跳ねる!



 マップの外? 違う……認識出来ない!


『……人間相手に喋り過ぎだ』


『グッ!』

 何かに弾き飛ばされる。


 俺が立っていた場所に、白いスーツの男? 


『!ッ賢人!』

 賢人の方を振り向くと、


『大丈夫! アイツ速すぎっしょ』

 賢人は影に逃げたようで、近くに現れる。

 

 振り返ると……もう逃げた後か。


『……なんなんだ』

 

 人間の責任……


 辺りは暗く、血の匂いが漂う。

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