第76話 笑う鬼、泣く鬼、喜ぶ鬼

『フンっ! っとこれでいいな』

 青い身体で金色の長い髪、身の丈3メートル程の大男。だが身体付きは痩せていて、ヒョロっとした印象だ。


『はぁ、これで住みやすくなった。って作り過ぎたな』

 と笑っている。

 

 座布団が二つ、湯呑みが二つ、布団も二つ、全てが二つあるが、男が一人だけ。


『フンフフーン、今日のご飯は、やっきざっかなぁー!』

 気持ちの悪い動きで料理をしだす男は、ずっと一人で暮らしている。


 何年も、何十年も。


 その日は、昼まではいい天気だったが、


『んー、こりゃ不味いかもな』


 午後からの天気は、大雨。

 

 次の日も、また次の日も、

 長雨が続くと、作物は駄目になり、川は氾濫し、山は崩れる。


 人間は疲弊し、思考の底から、ありもしない偶像を作り出し、縋りつく。


 そして……


 男の住む山の奥深く、


『フンフフーン、フフーンフンフンフフーン』

 いつものように、鼻歌交じりで料理をする男。


 だがいつもと違うのは、一人ではない。


「……ん、……んん」

『お、起きた! っとヤバイヤバイ』


 男は急いで顔を隠し、身体を覆うような服を着込む。


『大丈夫か? ゆっくりでいいからこれを飲むんだ』

 

 寝ていたのは、美しい人間の女。


 ゆっくりと身体を支えてやり、薬を飲ませると、また横に寝かせて布団をかける。


「あ……ありがとうございます。……ですが、元の場所へ戻ります。御恩を返せなくて申し訳……」


 倒れる女を抱きとめ、布団まで連れていき、寝かせると、


『だーめ! ちゃんと寝て、元気になったら行っていいから、ね!』


 男はまた料理に取り掛かる。

 女は力尽きて、意識を失う。


 それから数日で天気は回復。


『いやー、やーっと天の機嫌が治ったな! このおこりんぼー』

 背伸びをした後、男は天に向かって笑っている。


「あぁ、雨が止んだのですね……良かった」

 女は心から喜び、そして、


「これで心残りはありません。貴方様には助けていただき感謝いたします。……ですが、私には……もう何も残っておりません」

 頭を地につけ、感謝と謝罪をする。


『ん? 俺は君の喜ぶ顔が見れたから、それで問題ない。だいぶ回復したから、いつでも帰れるよ? 送っていくから』

 男は女を立たせて、額と掌、膝と優しく土を落としながら言う。


「……あぁ、貴方様は仏様のようなかたですね。ですが、私には帰る場所は無くなってしまいました」

『ーーなんだ! 俺と一緒だな! ならここに住むといい。川も近いし、野草も果物もある。一人でも暮らしていけるだろ』


 すると女は怒りだし、

「ば、馬鹿にしないでください! 貴方様のような方にこれ以上、迷惑をかける事は致しません!」

 

 男は困ったように、

『別に馬鹿にしてないよー、怒るなよー。……なら家を作ってやるから、そこに住みなよ、ね!』

 とまだ弱ってる女を、無理やり布団に寝かせると、外に出て行く男。


 それから数ヶ月で、二人は良き隣人として、仲良く暮らしていた。


 男は名をキキ、女はナツという名だ。


 二人が惹かれ合うのに時間はかからなかったが、二人には秘密があった。


 秘密という壁があり、触れる事が出来ない二人。

 だが関係なかった、二人はお互いがいる事が幸せだった。


「キキ様、今日は煮物を作ったのですが」


『やった! ナツの煮物は美味しいからなー! つーか、様はそろそろやめてくんない?』

 キキは口を尖らせるが、顔を隠している為、見えていない。


「むーりーです。ふふっ」

『ムーリーですか。カカカッ!』

 幸せだった。


 たまに二人は街に行く、キキは人混みが嫌いだと、金を渡してナツに買い物を頼むと、どこかに消えてしまう。


「キキ様に似合うかしら?」

 ナツはまったく気にしてないようで、買い物を続ける。


 そして、買い物が終わり外に出ると、いつの間にか横にいるキキに荷物を渡して、二人で家路につく。


「キキ様、とても人気のある本を手に入れました。ご一緒に読みませんか?」


『いいのかい? やったね!』

 外の、丸太で作った横長の椅子に、二人で座り。


「ここから東にある所であったお話でございます」


 ナツが読み上げ、キキが黙って聴いている。


 二人とも読み終えると涙し、キキにいたっては、子供のように泣きじゃくっている。


「この青鬼はキキ様ですよね? 優しい貴方様のことが本になっていたので買ってきました」

 いきなり聞かれて、黙って涙を流すキキは、

『ごめんね、騙してた訳じゃないんだ。……君があの日、人身御供としてあの場所にいた日。俺は君を見捨てようとした。……もしバレてしまったらと。……ようやく完成した居場所と、君の命を天秤にかけてしまった。本当にすまない』


 ナツはキキの手を取ると、

「だけど助けて下さいました。貴方様はご自分の命をかけて下さいました。……私こそ、知られているとも気付かず、貴方様に嫌われるのが怖くて、供物として捧げられた自分を黙っておりました」

 

 二人の秘密は、秘密ではなくなった。


 そして二人の間に子供が産まれた。


 人の子は十月十日、だが二人の子は七日間で産まれてきた。


 キキは小さな生命を優しく抱きながら、涙を流す。


『……いやだ。頼むから、生きてくれ』


 ナツは全ての力を、子に託したように、浅い息をしながらキキに語りかける。


「貴方様……子を宿し、私は幸せの時間をいただきました。……話していた通り、子供の名はナキ。私達の息子、ナキ。……貴方様……と、ナキの幸せを……願って」

『ーーナツ!』


 ナツは深く息を吸うと、

「……ありがとうございます」

 最後は笑顔だった。


『ナツ……俺の方こそ……ありがとうござ……いまずぅ……ゔぅ、ゔぁぁぁぁぁあぁぁ』


 キキはナキを抱いたまま、一晩中泣いた。



 三人で暮らす為に建てていた家を取壊し、そこにナツの墓を建てた。


『ナキ、乳を持って来たから少しでもいい、飲んでくれ』

 

 ナキは産まれてから、何も口にしない。

『ナキ。お前だけは失いたくないんだ。……お願いだから』


 キキは悔しくて、情けなくて、拳を強く握り締める。


『……ア……アァ……』

『ナキ! どうした? ……あ、あぁ……そうか、カカカッ! 良かった! こんな俺でもナキの為に出来る事があったぞ! ……ナツ、この子は絶対死なせない』


 キキは毎日、ナキに食事を与えた。


 産まれてきたナキは、生きる力が必要だった。


 鬼の力が……


 キキが与えたものは、鬼の血。


 人間と鬼の間に産まれたナキは、鬼の力を宿したが、人間の身体が負けてしまい、生きる事が困難だった。


 血飲み子としてナキは鬼の血を取込み、身体を安定させる。


『ナキ、喜ぶ顔が見れて、俺は嬉しいぞ』

 キキはナキを抱きながら、ナツの墓に寄り添って過ごす事が多くなった。


 キキは寝ていなかった、ずっとナキの顔を見ていたかったから。


 成長する我が子を見ては、喜びに震え、そして近い未来に落胆した。


『ナキ、君の為に死ぬ事は怖くない。だが、君のことが心配で、死ぬ事が怖い』


 キキは自分の死期が近い事が分かっていた。


 それは、ようやく、ナキが普通の食事を口にするようになってからだ。



 キキはショウキに子供を託すことにした。


 ショウキが子供を抱き上げるのを確認すると、頭を地に擦り付け。


『ナキ! 生きてくれ! ……最後まで一緒に居てやれなくて……ごめんな。

 ショウキ、ナキをよろしくお願いします! 友達のお前にしか頼めない、……二人とも……ゔぅ、ご、ゴめんなぁぁ!』

 青鬼は、涙も出なくなっていた。



『……ナツ、俺、頑張ってみたけど、ダメな鬼だ。……でも、嘘つかないと、ナキが傷つくから、夫婦で病気にしちゃった……カカカッ。そう言ってくれると思ったよ』


 キキは、ナツの墓に寄りかかって、ナキがいる方角を見ている。


『……あぁ、ナキ。泣鬼ナキ、……そう、笑って。俺は喜鬼キキ……君の喜ぶ顔、ずっと……見ていたいなぁ。……そうだね、ナツと俺の子だからね』



『キキ! ……おい! キキ! ナキもいるぞ!』

 ショウキがナキを抱いて、キキに近寄る。


『キキ! 探しにくるのが遅くてごめん! ナキは俺が育てるから! もう泣いたりしないから! 笑う鬼だからな、……なぁ、キキ。……返事をしてくれよ。ナキもここにいるぞ』


 キキはショウキを見ると、

『カカカッ、……見つかっちゃったな』

 と笑顔で息を引き取る。


 ショウキはキキの墓を建てる。


 家の中に手紙が置いてあり、キキとナキの事が書いてあった。


 ショウキは手紙を燃やすと、二人の墓に手を合わせ。


『なぁ、キキ。ナキはちゃんと育てる。キキはナツさんと一緒にナキを見ていてくれ。二人の子供、そして俺の子供だから、喜んで、泣いて、笑って、忙しい子供になるかもな。俺も横で笑ってる鬼になるから。……また来るよ、ナキと二人で』


 二人が返事をする様に、風が通る。


『あぁ、まかせろ! キキ、ナツさんまたな』

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