44話目、魔王 

「少し休んでから魔王に挑もう」


 漆黒の服を着たさえない顔の男、ムラトは私たちにそう言った。それを聞いて、私は疲れていることをようやく自覚した。緊張、焦り、そういったものに感情が支配され、疲労を感じなくなっていたみたいだ。だが体は限界のようで、すこし身じろぐだけで僅かな痛みが全身を襲い、足が重く感じる。


 しかし、休んでいる暇などあるのか? 才蔵さんや魔法使いのじいさん、それからあの派手な鎧の男……。彼らは私たちが休んでいる間もブラドと戦っている。


「ムラト、本当に休んでいていいのか? 才蔵さんたちは今も戦っているのに」

「マール、焦るな。疲れたまま戦っては勝てる戦いも勝てなくなる。それに、彼らは強い。しばらくは大丈夫だ」


 ムラトは不思議な男だ。才蔵さんたちが負けるはずがないと確信しているように見える。彼は時折こうやって、不確かな未来や情報を確信しているかのように話す。そしてそれはいつも的中してきた。彼には、私たちには見えない別の何かが見えているのだろう。


 思えばムラトは、才能がなくルディーナ村でくすぶっていた私が、必ず強くなると最初から確信しているようだった。そして、彼と出会ってから私は確実に強くなている。


 彼はいつも自信たっぷりで、戦いもすごく上手で、でも抜けていることも多くて。そんな彼の事を、私はいつのまにか好きになっていた。




 焦る気持ちを抑え、少し休んで装備の手入れした私たちは、空飛ぶ島で空中に浮かぶ魔王城に接近した。ムラトがつぶやく。


「本当に瘴気が消えている。なぜだ? ブラドが復活する能力を得ていたことと関係があるのか? わからんな」

「ムラト、なにか気になる事でも?」

「……いや、なんでもない。乗り込もう」


 空飛ぶ島を魔王城に接岸し、城に乗り込む。


 魔王城の入り口は、まるで私たちを受け入れるかのように扉が開く。来れるもんなら来てみろということか。


 中に入り奥へ進む。とても静かだ。人一人いやしない。人というか、魔物か。戦闘らしい戦闘もなくさらに奥に進む。その間、ムラトはしきりに首をかしげているようだった。


「ムラト、どうした?」

「いや、何故魔物が居ないのか考えていた。それに宝もなくなっている」

「戦わなくて済むなら、その方がよくないか?」

「それはそうなんだが……」


 ムラトは一体なにが気になっているんだろう? 確かにこの広い城で魔王が一人でいるというのは変な気もするが、そこまで気にかかることだろうか? 魔王も城を捨てて、どこかへ移動したか? 奥まで進めばわかるか。


 そしてついに城の最奥の部屋の前にたどり着く。そこには一際大きな扉があり、その先にある部屋の大きさを示しているようだった。


 扉を開けると広い空間があり、柱や壁に豪奢な装飾がなされている。そして、奥にポツンと椅子があり、小さな少年が座っていた。


「ようこそ、我が魔王城へ。ここがあなた方の死に場所です」

「君が魔王か。何故君は人を襲う?」

「やだなあ、僕はまだ人を襲ったことはありませんよ。そして、これからも襲う気はない。勇者を除いてはね。勇者は僕を殺しうる危険な存在だ、排除しなくては。しかし、それ以外の人間は僕になんの危機ももたらさない。いちいち襲ったりはしません」

「だが君の手下たちは人を襲う。何故だ?」

「知りませんよそんなこと。彼らには彼らの理由があって人を襲うのでしょう。それは僕の目的とは関係の無いことだ」

「君の目的とはなんだ?」

「生きることです。僕が生きると人は絶滅するかもしれませんけどね」

「何故?」

「人が肉を食うように、僕はこの星のエネルギーを食う。僕がエネルギーを食べればこの星は死の星となり、人は生きていけないでしょう」

「……戦うしかないかないのか」

「最初から問答など無意味ですよ。僕たちは戦う運命にある」


 魔王はそういうと、なんとも形容しがたい姿に変わっていく。しいて言うならば、何かの虫の幼虫が巨大になったような姿だろうか。それに加えて、左側に青い球、右側に赤い球のようなものが浮かぶ。


 あれがムラトが魔王と戦う前に説明してくれたコアってやつか。赤いコアが本体で、それ以外は攻撃して無駄だとか。魔王はコアを見抜けなければいつまでも倒すことができないが、コアを見抜いて聖剣で攻撃さえすれば、意外とあっさり倒すことができる。ムラトはそう言っていたが本当だろうか? 普通に考えればあのでかい幼虫のようなものが本体のような気がする。まあ攻撃してみれば分かるか。


 私は一部の例外を除いた中で、最大級の攻撃技である天の裁きを使う準備を始める。


 いつの間にか変身していたサキさんは黒い鎖を使い、アークとムラトはでかい幼虫のような魔王に攻撃し始める。コアを狙っていないふりだ。


 すると、突然幼虫のような魔王が赤くなっていく。それを見てムラトが叫ぶ。


「バカな、何故それを!! 皆、下がれ!」


 アークとサキさんは一瞬戸惑ったものの、すぐにその場を離れる。しかし私は、技の準備をしていたためすぐには避けられなかった。そんな私にムラトが飛びついてきて地面に押し倒される。その直後。


 ドーン!!


 激しい爆発が起こり、白い煙で視界を覆われる。私に見えるのはムラトの顔だけだ。


「……無事か?」

「あ、ああ、なんとか。ムラトは大丈夫か?」

「……俺は、どうやらダメみたいだ」

「え?」


 白い煙が晴れていく。そこで見えたのは……。腕を失い、今にも死にそうな傷だらけのムラトの姿だった。


「ムラト! 腕が!」

「ごめん……あとは頼む……」

「そんな……お前が死んだら誰が魔王を倒すんだ! おい、しっかりしろ! おい!」


 ムラトはそのまま動かなくなる。そして、アークとサキさんも壁際で倒れていてピクリとも動かない。


 そこで魔王の声がする。


「運悪く生き残ってしまったか。かわいそうに、今とどめを刺してあげよう」

「黙れ!」


 私はムラトをゆっくりと地面に寝かせ、起き上がる。手に持った剣が私の戦意に答えるようにバチバチとエネルギーを放つ。


 魔王の青いコアから光線が放たれ、私の肩をえぐる。しかし、それを無視して歩き、魔王に近づいていく。


 魔王の攻撃が私の腹、腕、足と次々打ち抜いていく。しかし、無視して歩き続ける。


「なぜだ、何故止まらい! なぜ倒れない!」


 おそらく私はもうすぐ死ぬだろう。全身穴だらけだ。しかし、この一撃。この一撃だけは決める。それまでは絶対に死なない。


「とまれ! やめろ!」

「うおおおおおおおおお!!!」


 私は渾身の力をこめ、天の裁きを赤いコアに放つ。




 魔王は子供の姿に戻り、地面に倒れていた。


「こんなはずでは……僕は絶対に負けないはずじゃなかったのか……?」


 そうつぶやき、完全に消滅する。倒せた……のか? これで私も心置きなく死ねそうだ。


 視界がぼやけ、音が聞こえなくなってくる。そして意識を失う寸前、目の前にはムラトが居たような気がした。

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