41話目、大司教イーブル

 闇の神殿の最奥で、俺たちは大教祖イーブルと向かい合った。そしてついに戦いが始まる。


 先に動いたのはイーブルだ。イーブルはいきなり魔法を放つ。大きな杖の先端が白く輝き、そこから光の玉がいくつも飛んでくる。


 それを防ぐため、アークが俺たちの前に出て盾を構える。アークの盾が、全ての魔法を弾く。


「なに!? 私の魔法が弾かれるだと!?」


 大教祖イーブルは光の魔法を得意とする魔物だ。もちろん俺はそのことを知っていた。なのでアークに光属性を無効化する強力な盾を持たせておいた。それだけじゃない。俺たちは全員、光属性攻撃によるダメージを軽減する光の腕輪を装備している。


 終盤のボス戦では、敵の得意とする攻撃の対策をしなければあっという間にやられてしまうこともある。事前準備は非常に大切だ。俺は知っていたから完璧な対策をしていたが、知らずに初見でイーブルの攻撃を受けたら壊滅的なダメージを受けたかもしれない。少なくとも苦戦は間違いない。


 イーブルは自らの力に自信があったのだろう。しかし、対策が万全な俺たちの敵ではない。


 確実に勝つため、サキさんが覚醒能力を使う。バーニースーツ姿から、まるで体に描かれた模様かのようなぴっちりとした黒のビキニ姿に変わり、背中から翼が生える。サキュバスモードだ。


 姿の変わったサキさんが、少し動きを止めて集中する。まだ能力を使い慣れていない為だろう。少し時間をかけて魔法を発動し、地面に手をつく。すると、黒い鎖のようなものがいくつもイーブルの足元から突き出し、絡みつく。


 ブラッディチェーン――

 覚醒状態サキさん専用の特殊技だ。


 サキさんの技は特殊だ。俺たちが使う技とは異なり、全て彼女専用である。サキュバスモードのサキさんは攻撃、支援、回復と、どの役割もこなせるほど多彩な技を使えるが、中でも一番強力なのがデバフだ。デバフとは、相手の能力を下げる技の事だ。


 ブラッディチェーンは弱い魔物に使えば完全に動きを止めることができ、強力なボスのような魔物相手に使っても全能力を一割下げることができる。


 イーブルに絡みついた鎖が、生きているかのように脈打つ。その姿はまるで、なにかエネルギーを吸い取っているかのように見える。


 動きが鈍ったイーブルに、マールが最大級の攻撃を叩きこもうと準備する。構えた聖剣が徐々に光輝き、限界までたまったエネルギーがあふれはじめる。あふれたエネルギーがバチバチと空気中にいくつもの稲妻を走らせる。


 天の裁き――


 雷は、時に天の裁きだと言われることがある。遥か上空から放たれる電気エネルギーは、誰も防ぐことができない。


 マールは空高く飛びあがり、限界まで電気エネルギーのたまった聖剣を、高速で地面にたたきつけるように落ちる。その一閃は、早すぎてみることができない。ただ、マールが通り過ぎた場所に残る光が、まるで雷のように見えただけだ。


 その威力は、まさに天の裁きと呼べるものだった。マールが地面に激突すると砂埃が上がり、そこに大きなクレーターが出来ていた。建物自体も、立っていられないほど大きく揺れる。


 はたしてイーブルは生きているのか? クレーターをのぞき込むと、そこには剣を構えるマールと、イーブルの来ていた服だけがぼろぼろになってそこにあった。


 一撃か……ちょっとレベルを上げ過ぎたか? 強すぎて困る事なんて何もないが、この破壊の跡を見るとちょっとやりすぎた感があるな。


 というか、さっきからずっと建物揺れているんだが……。あれ? もしかしてこれ、建物崩れるんじゃないか?


「おい! 崩れるぞ、逃げろ!」


 俺たちはボスを倒したばかりだというのに、一息つく間もなく走り出す。崩れてくるがれきを俺は氷の壁で防ぎながら走る。マールは自らの攻撃で作ったクレータから慌てて這い上がり、急いで逃げる。他の仲間たちも華麗にがれきを避け、崩れる足場を飛び、出口へ向かってひた走る。


 闇の神殿は、僅か数秒で崩れ去った。危なかった、俺たちが普通の人間だったら絶対にがれきの下敷きになっていただろう。俺たちはレベルが高く足が速いので、数秒で崩壊する建物からでも脱出することができた。


 そういえばブルーと奴隷たちは無事だろうか? 俺たちのように素早く脱出など、彼らには難しいだろう。神殿の崩壊よりも前に脱出が済んでいればいいのだが。


 すると、少し離れたところからブルーがやってきた。後ろには奴隷たちもいる。どうやら無事みたいだ。


「イーブルは倒せた?」

「ああ、マールがちょっとやりすぎたけどな」


 俺は崩壊した闇の神殿を指さしながら答えた。


「そっちは全員無事か?」

「はい」

「そうか、よかった。これからどうするんだ?」

「一度里に戻る。それから他のみんなを探す」

「ほかの皆? ここには全員居なかったのか」

「女性たちは居なかった」

「そうか……。そうだ、これを使ってくれ」


 俺は小袋をブルーに持たせた。


「これは……?」

「金だ。もしエルフの奴隷が売りに出されていたら、買い戻す必要があるだろう。それに、今日救い出した彼らの生活を取り戻すにも、なにかと必要になるはずだ」

「こんな大金、いいの?」

「ああ、好きに使ってくれ」

「ありがとう」


 ブルーは俺たちに礼をいい、里へ戻っていった。


 さて、残りの四天王はあと一人、か。

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