8話目、負けイベント
恐れていたことが起こってしまった。もうFQの物語は始まってしまったのだ。だが、ぎりぎり間に合った。
魔物の群れを前に倒れる父、縋り付く娘。
「マール……逃げ……」
「嫌だ! 父さんを置いていけないよ」
倒れ伏す父親が、か細い声で逃げるように促すが、娘は縋り付いて離れようとはしない。そこへ、杖を持ったカエル顔の魔導士の魔物が攻撃しようと杖を振りかざす。
俺は慌てて間に入り、魔法を受け止める。吹き飛ばされ、地面を2度3度と跳ねるが、すぐに起き上がる。勇者が驚き振り返る。
「あなたは!? 頼む! 父を助けてくれ! 助けてくれるならなんでもする」
「任せておけ!」
俺はポケットから小瓶を取り出し、勇者の父親に投げつける。どんなにひん死でも、生きてさえいれば傷を完全に治す激レア回復アイテムのエリクサーだ。ゲーム中、数個しか手に入らない。
もったいなくて、いつもゲームをクリアするまで一度も使わずにとっておくような回復薬が父親に当たり、割れて中身がかかる。すると、みるみる傷がふさがり、勢いよく立ち上がった。
「うおおおおお! 体が軽い! これならまだまだ戦えるぞ」
「マールを連れて下がっていてください。俺が戦います」
さすがエリクサー、まさかひん死の状態からこれほど元気にしてしまうとは。初めて使ったが、想像以上の回復力だ。父娘を下がらせ、俺は魔物の群れの前に出る。
「キサマ! 何者だ!」
「通りすがりの村人さ。少々鍛えて、レアな装備を集めてはいるがな。くらえ!」
俺の持っている短刀から稲妻がほとばしり、カエル顔のボスを筆頭に、辺りにいる魔物を攻撃する。
ムラトが最弱である理由は、ステータスの低さと技の貧弱さにある。だが、技は道具でカバーできる。
俺の持っている短刀の名は雷切。この刀が使われるのを見た周りの人間が、雷に打たれてもなんともなかったこの刀とその持ち主を見て、そう呼んだのが名前の由来らしい。しかし実際はこの刀で雷を切ったのではなく、この刀から雷がでていたのだ。
どうやら一撃とはいかないようだ。カエル顔の魔物、名前はガマという。ガマはもちろん、周囲の魔物たちも倒せてはいない。
FQの本来のストーリーでガマを倒すのは物語の中盤。威力の低い範囲攻撃の一撃で倒せるような雑魚ではない。だが、まさか周囲の魔物も倒せていないとは。ムラトのステータスの低さが思ったよりきつい。
ファングボアを一撃で倒せる俺は、レベル的には互角以上の強さがあるとは思うのだが、ガマを倒せるかどうか不安だ。
ガマが杖を構える。俺はFQを何度もやってきたのでわかる、あのモーションは前方へ炎による攻撃だ。俺はすぐに後ろに下がってかわす。
そこへ、周囲の魔物の一体が襲い掛かってくる。かわし切れずダメージを負う。
周囲の雑魚を減らさないと戦いにくいな。それに一人だから集中的に狙われている。
本来、ガマは4人パーティで戦うボスだ。一人じゃ厳しいか。俺はポケットから回復アイテムを取り出して使う。幸いにして回復アイテムは大量に持ち込んでいる。雷切と回復アイテム連打の力押しで乗り切るしかない。
俺は、回復アイテムと雷切の連打で少しずつ周囲の魔物を減らしていった。
「はあ……はあ……はあ……。キサマ、いったいいくつ回復アイテムを持っているのだ」
「さあな」
ようやくガマと俺の一騎打ちになった時、ガマはすでに満身創痍だった。
そこへ、村人をたくさん連れた勇者父娘が現れる。どうやら俺が戦っている間に助けを呼んでくれたらしい。残念ながら少々遅かったが。もう少し早く来てくれれば戦いが楽になったのだが。
一騎打ちになった時点で勝ったも同然。俺はガマのモーションを見て軽々と回避し、切りつける。一対一で攻撃に当たるほど、俺は下手ではない。危なげなく魔物を倒す俺の姿を、助けに来た村人と勇者はただ見ていた。
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