5話目、お風呂
風呂に入りたい。
もっと都心の街にならあるらしいのだが、トルース村には風呂がない。数日に一回、川で水浴びをするだけだ。俺は綺麗好きなつもりはなかったが、毎日風呂に入っていた身としては、風呂がないのは耐えられない。なので自分で作ることにした。
風呂を作ると言っても、本格的な物は無理だ。簡単に作れそうなドラム缶風呂を目指す。
まずは土台だ。適当な大きさの石を集めて土台を作る。次に仕切りだ。周りから丸見えでは落ち着かない。もしかしたらサキさんも使うかもしれないし。木の杭を周りに打ち込み、藁のようなものかぶせて作る。
さて、問題なのがドラム缶だ。FQの世界にドラム缶なんてない。俺が知らないだけであるかもしれないが、見つけることはできなかった。ただ、代わりになりそうなものがある。
宝箱だ。
宝箱は外で雨ざらしでも錆ている様子はないし、人が一人は入れそうな大きさだ。まあ全身用の鎧が入ってることもあるしな。それにしてもこの宝箱っていったいなんなんだろう?
土台の上に大きい宝箱をドンと置く。そして底が熱くなって火傷しないように、底に木で作った台を入れる。これで完成だ。
川から水を汲んでくる。川の水は今の季節、とても冷たい。こんな冷たい水で水浴びはしんどいので、風呂を作ってよかった。何度も往復し、宝箱を水でいっぱいにする。火をつけるのも慣れたものだ。この世界に溶け込めつつあるという証左でもある。薪に火をつけ、水がお湯になるのを待つ。
お湯になるのを待っていると、ゆっくりと日が落ちていく。ただ風呂に入る為だけにこんなに苦労するとは……文明の利器が恋しい。
お湯が沸いたので服を脱ぎ、ようやく風呂に入る。冷えた手足が急激に温まり、しびれたようにじんじんと熱が伝わってくる。お湯をすくい顔を洗う。それほど汚れていなかったはずなのに、体の汚れがすべて落ちたような気がしてさっぱりする。気持ちいい。
「あれ? 変な柵がある ムラト、どこにいるの?」
「あ、サキさんおかえりなさい」
俺が風呂づくりに予想以上に時間をかけてしまったので、サキさんが帰ってきてしまったようだ。入り口として開けておいた柵の隙間からサキさんが顔を出す。
「あ、ムラトが宝箱の中に入ってる! じゃあムラトは私のだね」
宝箱は見つけた人のものというルールがあるが、さすがに人は違うと思うよ。でも、サキさんのものになるのも悪くはないかな、なんて。そんなことを考えているとサキさんが近づいてきてしまい、風呂から出るタイミングを逃した。
「お風呂を作ったの? すごいじゃない、ちょうど汗かいたし私も入ろっと」
「え!? 今出ますからちょっと待ってください」
「いいのいいの、慌てて出なくても大丈夫だから」
そういうとサキさんは目の前でいきなり服を脱ぎだした。俺は慌てて目をそらす。ただ、俺も男なので気になって横目でちらっと見る。引き締まった肉体に、たわわな胸がちらりと見える。ただ、それが良くなかった。俺は前かがみになり、理由があってサキさんの方を向くことも、風呂から出ることもしばらくできなくなってしまったのだ。
そこへ、狭い宝箱の中に無理やりサキさんが体を押し込んできた。体の節々に謎の柔らかい感触が触れる。お湯が一気にあふれ出し、ますますサキさんの方へ体を向けることができなくなる。
「ふふふ、いい湯加減だね」
「そ、そうですね」
「……」
「……」
「ふう……」
「あの……」
「なあに?」
「どうしてサキさんは俺を助けてくれただけでなく、養ってくれるんですか?」
ずっと気になっていたのだ。サキさんはどうして俺を助けてくれただけでなく、養ってくれるのだろうと。自分一人で生きていくのも大変なこの世の中で、俺を養うのはかなり負担なはずだ。赤の他人にどうしてそこまでしてくれるのだろうか。
「寂しかったから、かな」
「寂しかった……ですか」
「そう、ずっと一人で生きてきて、これからも一人で生きていくんだろうなーと思って、心が折れかかっていたの」
「サキさん……」
「そんなときムラトを見つけて、一緒に暮らして、誰かと一緒に居られるっていう喜びを知ってしまった」
俺は、どうしてサキさんが一人で暮らしていたのか、どんな境遇だったのか知ってしまっている。サキさんは仲間になるキャラの中ではイベントの多い方だ。仲間にするためのイベントや、キャラクターを強化する覚醒イベントがある。それらでかなりサキさんの境遇について掘り下げられていた。彼女の重い境遇を思い出し、俺は言葉が出なかった。
「だから、一緒に暮らすのは私のわがままなの。ムラトは何も気にしないで。ずっといてもいいし、出ていきたくなったときに出て行ってもいいから」
サキさんは寂しげにそう言った。
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