第9話 紫黒町と鳥
「ふぅー! やっと授業終わったなぁ」
「そだね~。この学校の授業のレベルは高いし、予習や復習をちゃんとしないと置いていかれそう~」
伊吹大智が伸びをしながら、ニットと紗友里の元へとやってくる。紗友里はスマートフォンを弄りつつ大地へとそう返答したが、その表情には焦りなどまったく見えない。
「これから飯いかね? 牛丼食いたい気分だしさ――」
「悪い、ちょっといいか」
伊吹大智の言葉を遮るようにニットへと声を掛けてきたのは、バスケ部の部長である新藤良輔。それに気が付いた紗友里は「あれ、良輔くん?」と視線を上げた。
「昨日、体験入部に来てくれた二人で合ってるよな?」
「うん、職員会議のせいで体験入部できなかった二人だよ~。私たちに何か用でもあった~?」
「あぁ実は今日の部活動が無しになってな。楽しみにしていてくれたところ本当に申し訳ないんだが、体験入部は来週の末に来てくれると助かる」
雨宮紗友里は「いいよ全然気にしないで~」と新藤良輔に伝えている最中、ニットはお喋りな伊吹大智が気まずそうに沈黙している姿が目に付く。
「大智、お前ちゃんと勉強してるのか?」
「…お前には関係ねぇだろ」
「……そうか」
新藤良輔は少しだけ寂しそうな声色でそう返答し、伊吹大智は軽く舌打ちをする。そして良輔が教室から出ていくまで、大智は何も言葉を発することはなかった。
「…大智くんって、良輔くんと友達なの?」
「前にちょっと色々あっただけだ。別に今はそんなに関わりねぇよ」
バツが悪そうに片手で頭を掻く大智。
調子が狂わされたことで彼は、
「…わりぃ、やっぱさっきの飯の話は無しで頼むわ」
と用具が入った黄色のリュックを背負い、そのまま二人の前から去っていった。
「何かありそうだね~。大智くんと良輔くんって~」
いつまでも教室で時間を潰すわけにもいかないので、雨宮紗友里とニットは取り敢えず正門前まで移動する。サッカー部のグラウンドでは、西村駿と白澤来が練習着を身に纏い、サッカーボールを追いかけていた。
「あっそうだ~! ニットって紫黒町に行ったことある~?」
紫黒町は真白町のすぐ隣にある町。ニットは雫からそんな話を聞いたことがあった。
「私、まだ行ったことないんだよね~。せっかくだし行ってみない~?」
彼もまだ一度も訪れたことがない。だからこそ「行ってみたい」と雨宮紗友里の提案に賛同する。
「よ~し、じゃあ行ってみよ~!」
二人は最寄り駅の『真白駅』から五駅ほど先にある『紫黒駅』へと移動を開始した。そして二人は電車に揺られながら、『紫黒駅』で下車をする。
「へぇ~。ここがユメノ世界ってところなんだ~」
紫黒町を見た第一印象は"真白町と特に変わらない"というもの。
雨宮紗友里は期待外れだったのか、僅かに棒読みになりながら町の風景を見渡す。店もある、電柱もある、人口もそれなりに多い。ごく普通の都会だ。
「何かこう、可愛いメイドさんとか沢山いるのかと思ってた~」
彼はガッカリする紗友里に「それはメルヘンすぎるのではないか」とツッコミを入れようとした。だが視界の隅に見覚えのある金髪の女子生徒が目に入り、言葉を止め、そちらへと顔を向ける。
「…どうしたの~?」
見間違いでなければ、その人物は神凪楓。彼は「今、知り合いがいた気がする」と紗友里に伝え、後を追いかけるためにその場から走り出す。
「ちょっと~!! どこ行くの~!?」
後を追いかけてみれば、やはり神凪楓の後ろ姿が見えた。彼はそのまま裏路地へと消えていく彼女を追いかけることにする。
「もぉ~…! 急に走り出さなくても…!」
裏路地の角を曲がった瞬間、急に神凪楓の後ろ姿が見えなくなってしまう。ニットはどこへ行ったのかと辺りを見渡していれば、息を切らした雨宮紗友里がやっとのことで彼に追いつく。
「誰もいないじゃん~! 見間違いだったんじゃないの~!?」
確かにこの裏路地へと入っていった。彼は辺りの捜索を始めようとしたとき、ふとスマホが振動し、その画面に『入国しますか?』という文字が表示される。
「喉が渇いた~。戻って自販機で飲み物買わな――」
ニットは『はい』という選択肢を指先でタッチすれば、周囲の建物たちが瞬く間に消え失せて、空港に似た場所へと変化を始めた。雨宮紗友里は「えっ?」と辺りをキョロキョロと見回して、混乱している状態。
「ど、どこなのここは!?」
人の気配を感じさせない空港。窓の外にはしっかりと飛行機が何台か並べられており、ニットの脳内にはいつしか海外へと旅行したときの記憶が蘇る。
「空港? でも私たちは確かに裏路地にいたよね?」
彼の視線の先にあるものは、飛行機へと搭乗する前に荷物の確認を行う検査機。ニットは怖気づくことなく、その検査機へと歩み寄った。
「ね、ねぇ! ちょっと待ってよ~!」
検査機と一体になっている搭乗ゲート。
試しにニットは潜ろうとしたのだが、見えない壁によって先に進むことができない。彼はそのゲートをよく観察してみれば、電子マネーを通すときに使用されるセンサーのようなものが右隅に付けられている。
『入国許可証が必要です』
スマホをかざしてみるが、そのようなアナウンスが入るだけでゲートの向こう側へと行くことはできない。
「何してる?」
試行錯誤をするニット。
彼は声を掛けられ、そちらの方へと顔を向ける。
「え…? 何この生き物?」
そこに立っていたのは人ではなかった。
まさしく"鳥"、二本足で直立している鳥。黄色のくちばしに赤い毛の生えた頭。そして何よりもマスコットキャラクターのような可愛らしい声。雨宮紗友里は目を細めて、その鳥を見つめる。
「君たちこそ何者だ! ここは普通の人間が立ち入ることはできない場所だぞ!」
「私たちはここへ来たくて来たわけじゃないの~! 出ていけるのならすぐに出ていきたいよ!」
「そんなこと言って! 実は君たちも"ナイトメア"の仲間だったりするんじゃないのか!?」
羽毛を逆立てているその鳥に、ニットは自身のスマホに入っている『PASPO』というアプリを見せる。
「…! どうして君がそのアプリを持っている!?」
逆立てている羽毛を落ち着かせた鳥の反応を見て、彼は「このアプリが原因だった」と確信を得ると、事情を視線の先に立っている鳥へと説明をした。
「たまたま使えたから、ここへ来てしまった?」
「私はそのアプリとかよく分からないけど…。ニットは嘘をついてないよ!」
二人の話を聞いたその鳥は、両翼を人の腕と同様に胸の前で組んで「ほう…」と何かを考え始める。
「PASPOを持っている人間を見るのは初めて…。ナイトメア共はPASPOを使わずとも、入国できる…。それならこの人間たちの話は本当…?」
「ねぇ、ここはどこなの~? 帰るにはどうしたらいいの~? 私、喉が渇いて死にそうなんだけど~?」
「うるさぁぁい!! ちょっと黙っててくれ!!」
鳥のように甲高い怒鳴り声。
雨宮紗友里はその声に思わず両耳を塞いだ。
「"スイカ"、さっきからごちゃごちゃうるさいわよ」
下りのエスカレーターから聞こえてくる女性の声に、下半身から徐々に見えてくる真白高等学校の制服。ニットはその女性が誰なのかを理解していた。
「…!」
二人と視線が合えば、その女子生徒は驚きに満ちた表情を浮かべる。そう、その女子生徒の名前は、
「あんたたち、どうしてここにいるのよ?」
――神凪楓だ。
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