第8話 SweepとPASPO
次の日、彼は表情を曇らせて登校していた。その原因は昨日の転校祝いに食卓へと並んだモノ。ポテトや唐揚げというように、振る舞われたほぼ油を使用したものばかり。そのせいで彼は胃もたれをしてしまい、気分があまり優れなかった。
「うわッ…とっとっとっ!?」
そんな情けない声と共に、彼の横を黄色の自転車が通り過ぎた。見覚えのある顔に、見覚えのある自転車。彼はその人物が昨日の帰宅時に電柱へと衝突していた男子生徒だと気が付く。
「曲れぇぇぇ!!」
どこかで聞いたことのある台詞に既視感を覚えながらその後姿を眺めていれば、その男子生徒は昨日と同じように電柱へと正面衝突してしまった。
「っ――!!」
片膝を押さえて飛び跳ねる男子生徒。他の生徒たちは完全に無視をしていたが、ニットはそのまま通り過ぎるのも気まずく思い「大丈夫?」と声を掛けた。
「あ、あぁ…! ちょっと、膝に感覚がないだけだ!」
声を掛ければ、頬を引き攣りつつも「大丈夫だ」と下手な強がりを見せる。どう考えても大丈夫じゃないと反論しようとしたが、本人が大丈夫だというなら追求する必要もないだろう。
「ていうかお前、おれらのクラスにやってきた転校生じゃね?」
この男子生徒はこちらの青色のニット帽を見ている。どうやら転校生としての自分は、この被り物がかなりトレードマークのようになっているらしい。
「おれ
彼は「ニットと呼ばれている」と伊吹大智に伝えれば、「そうか。じゃあよろしくなニット」と握手を彼に求めてきた。
「…ってそんなことをしている場合じゃねぇ! 早く学校行かねぇと遅刻するぞ!」
時計の時刻を確認してみれば、午前の八時四十分。大智は差し伸べた手を戻し、倒れた自転車を起き上がらせる。朝のホームルームが始まるのは九時頃。ここから本気で走らなければ、どうやっても間に合わない。
「後ろ乗れよ! ちょっとぼろいけど、速度は出るからさ!」
二輪が今にも崩れそうな音を立てている。遅刻するかしないか以前に、こんなものに乗って無事に学校まで辿り着けるのだろうか。
「ほらどうしたんだ? このままだと遅刻するぞ!」
ニットは仕方なくその荷台へと座る。それを確認した伊吹ダイチは片足で強く地面を蹴って、全力の立ちこぎで真白高等学校へと向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「あれ~? どうしたのそんなに疲れた顔して~」
遅刻をどうにか免れたニットは呼吸を荒げながら机にうつ伏せになっていた。それを前の席の雨宮紗友里は不思議そうに眺め、
「…馬鹿ね」
後ろの席で問題集を解いている神凪楓は鼻で嘲笑った。
「どうだ? おれの言った通り、チャリの速度はピカイチだったろぉ?」
伊吹大智が随分と自信満々に、彼へとそう述べる。ニットは感情のないから笑いをして「そうかもしれない」と肯定でもなく否定でもない返答をした。
「あ、自転車に乗せてきてもらったんだね~」
「もちだ! おれが全力で立ちこぎしなかったら、今頃正門前で叱られていたな!」
まるで遅刻をしかけたのはニットのせいだと言わんばかりの口ぶり。そもそも目の前で盛大に衝突事故を起こした伊吹大智が悪い。彼はそう文句の一つでも言いたかったが、胃もたれと疲労のせいでそれどころではなかった。
「そうそう~。私はニット同じ転校生の雨宮紗友里ね~」
「伊吹大智だ。よろしくな"さゆっち"」
「何それあだ名~?」
二人の会話を耳にしながら、ニットはスマホを見てみる。その無名のアプリに新たな
「ニットも大智くんとPINE交換したら~?」
雨宮紗友里にスマホの画面を覗かれそうになったニットは、反射的に無名アプリのタスクを切り、PINEの画面を開く。
「そんなに焦ってどうしたの~?」
よく考えてみれば、この無名のアプリは自分にしか見えない。彼はそれを思い出し「何でもない」と返答して、PINEのフレンド登録画面を開き、伊吹大智と連絡先を交換する。
「んじゃまぁ後で適当になんか面白れぇ写真を送るとして…。二人は"
「"Sweep"? それって最近有名になった独り言を世界中に公開できるSNSのこと~?」
「それだそれ! おれも最近アカウント作って、流行りの
アカウントを作ることで、世界中に自分の"独り言"を送信できるSNS。PINEのように知人とのやり取りだけでは留まらず、世界中の顔も知らない人と繋がることも可能なアプリ。
「折角だから二人もこれを機に始めてみたらどうだ? 面白れぇ独り言が沢山見れるぞ!」
「それなら入れてみよっかな~」
雨宮紗友里とニットは早速Sweepを自身のスマホにダウンロードして、アカウントの作成を始める。メールアドレスにパスワードを設定すれば、後はユーザー名やアイコン、プロフィールなどを入力する画面が表示された。
「ん~…どうしよっかなぁ~」
雨宮紗友里がSweepで作成したアカウントのユーザー名は『Sayu555』。アイコンはタロットカードが積み重ねられた写真。
「"さゆっち"、どうして555なんだ?」
「子供の頃に見ていた戦隊ものに"555"って付いてたからだよ~! アイコンのタロットカードは単にこういう占いが好きだからかな~」
次にニットがSweepで作成したアカウントのユーザー名は『Knit』。アイコンは普段から頭に被っている青色のニット帽の写真。それを見た伊吹大智は苦笑いをしながら、
「…なんか、ニット帽販売店の公式アカウントみてぇだな」
彼にそう伝えた。しかし彼自身は然程気にしてはおらず、むしろ「気に入っている」と伊吹大智に満足気な視線を送る。
「そうか、ちなみにおれのアカウントはこれだ! 二人ともフォローしてくれよ!」
伊吹大智のユーザー名は『Daich☆』。アイコンはあのボロボロな黄色の自転車。雨宮紗友里はそのアカウントをフォローしつつ、「え、これ廃棄物?」と小声で呟く。
「よし、これでおれのフォロワーは百人越え! ちょっくら、有名人になっちまったかもなぁ」
「百人越え…って凄いの?」
ニットは『Daich☆』のフォローとフォロワーの数を確認してみる。フォロワーはピッタリ百人、けれどフォローの数は二百五十人以上。これは単に手当たり次第にフォローをして、フォローバックしてもらっているだけなのかもしれない。
「いやいや、百人に知られてるってすごいことだろ!」
「そ、そうなんだ…」
二人の会話を聞きつつ伊吹大智のフォロー一覧を辿っていれば、フォロワーが五万人越えの『♪ネムリ姫♪』というユーザーを発見する。フォロワー五万人に対してフォローの数は百人程度。これが有名人としての正常な比率なのだろう。
「おーい、全員席に着けー!」
「来るのがはえぇよ、うちの担任…!」
担任の先生が教室へ姿を見せると、席を立っていた生徒たちが次々と自分の席へと帰っていく。伊吹大智もスマホをポケットに入れて、二人に「じゃっ、また後でな!」と戻っていった。
「大智くんって変わってるね~」
紗友里は身体の向きを前へと向ける。ニットはSweepで何となく伊吹大智の独り言を遡って、確認してみれば、
『今日も公園。一人でひましてる』
という独り言の内容を発見する。この独り言が投稿された時刻は深夜の一時頃。彼はその内容を目にして、しばらくスマホの画面を見つめる。
『
すると突然そのような文章が表示された。ニットは見覚えのないアプリ名に嫌な予感がし、すぐさまSweepのタスクを切って、スマホ内に入っているアプリを一つずつ目を通す。
「えー…それじゃあ朝のホームルームを始めるぞ」
そこには入れた覚えのない『PASPO』というアプリが無名のアプリの横にダウンロードされていた。彼は試しにそのアプリを起動してみるが、
「実力テストが近づいているからな。ちゃんと勉強をしておけよー」
『入国不可』と画面に表示されるのみで、変化が起こる気配はなかった。正体不明のアプリを弄ること。ニットがその行為に集中をしていれば、いつの間にか朝のホームルームは終了していた。
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