第7話 体験入部と転校祝い

 次の日の放課後。今日は部活動の体験入部が可能となる日。転校してきてからずっと気になっていたバスケ部へと仮入部することができる。そんな彼はやや心躍らせながら荷物をまとめていると、


「ニット~! バスケ部へ体験入部しに行くんでしょ~?」 


 雨宮サユリが考えていることを見透かすようにして声を掛けてきた。彼は「丁度それを考えていたところだった」と返答し、机の上に教科書の入った鞄を置く。


「私もバスケ部に入ってみたいから一緒に行こ~!」


 神凪楓に引っ越しの手伝いをしてもらったおかげで、部屋の片づけはほんの数時間で終わってしまった。もしも自分一人だったら…と、散らかる部屋を想像し思わずその場で身震いをする。 


「どうしたの~?」

 

 彼は「何でもない」と返答し、雨宮紗友里と共にバスケ部の活動拠点である体育館まで向かった。


「お~、やってるね」


 そして体育館へと到着すれば、彼らは早速足を踏み入れてバスケ部を見学し始める。今の練習内容は、男子女子共にシュート関係。コートの丁度半分の辺りからドリブルを開始し、バスケットボールを器用にゴールへと入れていく。 

 

「う~ん、顧問の先生が見当たらないね~。体験入部したいのになぁ~」 


 二人は体育館の隅でそれぞれ男子と女子の顧問を探してみるが、現在は離席中なのか姿が見当たらない。どうしたものかと彼らがそこで考えていれば、


「…ん、そんなところで何してるんだ?」


 茶髪の男子部員が二人に声を掛けてきた。彼は「体験入部がしたい」という趣旨をその男子部員に伝える。


「体験入部ってことは…。君たちが三年一組にやってきた転校生か」

「まぁね~。あなたはバスケ部の部員さん~?」

新藤良輔しんどう りょうすけ。部員というよりも部長だよ。よろしくな」

  

 手を差し出されたため、彼と彼女は交互に新藤良輔と握手を交わした。


「今の時間は顧問が職員会議でいないんだが…。せっかく来てくれたんだし、ボールぐらい触っていってくれ」


 新藤は転がっているバスケットボールを二つほど叩いてバウンドさせると、雨宮紗友里たちに投げ渡す。


「ありがと~」


 彼も紗友里と同様にお礼を述べて、軽くその場でドリブルをしたり、人差し指の上でくるくると回転させてみせる。


「おお、二人とも経験者なのか?」

「もち~! 私とニットくんは前の高校でバスケ部だったからね~」

「ニット…?」

「あだ名だよあだ名~。青色のニット帽を被っているからニット~」


 新藤良輔は雨宮紗友里の説明を聞いて「なるほど」と納得をし、体育館の壁に掛かっている時計を確認した。


「十七時か…。これは職員会議が長引いてるかもな」

「そうなんだ~」

「来てくれたところ悪いんだが…。今日は時間的に体験入部は難しそうだ。また明日にでも来てもらえると助かる」


 二人は新藤良輔にそう言われ「それじゃあ仕方ない」と、手に持っていたバスケットボールを側に置かれていたカゴへ入れる。


「じゃっ、また明日来るね~!」

「あぁ、待っているよ」


 新藤良輔に見送られながらも、ニットと雨宮紗友里は体育館を後にし下駄箱へと向かう。彼は久しぶりに手にしたバスケットボールの感覚を思い出しているようで、右の手の平を見つめていた。


「ニットくん、スマホ鳴ってるよ~?」


 PINEの通知音。彼女にそれを指摘され、ニットは鞄から自身のスマートフォンを取り出して、メッセージを確認してみれば、


『今日は転校祝いをする。だから正門で待ってる。 雨氷雫』


 という内容のメッセージが従姉弟の雫から届いていた。


「何だったの~?」


 彼は雨宮紗友里に「今日は従姉弟が迎えに来ているらしい」と述べ、一緒に帰宅が出来ないことを遠回しに伝える。


「そっか~。じゃあ、今日はここで解散にしよ~」


 それをどことなく察した彼女は「また明日ね~!」と手を振りながら、先に下駄箱まで駆けて行った。それを見送り、彼もまた雫に『今から向かう』という連絡を入れて、下駄箱へと歩き出す。 


「…元気そうで何より」


 正門まで早足で向かってみれば、雨氷雫が正門の横にある石碑にもたれながら彼のことを待っていた。彼は「どうして突然転校祝いなんて?」と尋ねてみる。


「…私は別にいいって断ったのに、友人が「せっかくだからやろうぜ」ってしつこく迫ってきたから」


 転校は祝うものなのか。彼の中で素朴な疑問が浮かんだが、そこは敢えて触れずに「そうだったのか」と納得をする。


「学校は楽しい?」

 

 転校祝いが行われるのは雫の家。彼は彼女と共に目的地へと向かいながらもその質問に「楽しい」と回答した。


「…そう」


 そこで会話が途切れてしまう。彼の従姉弟である雨氷雫は非常に寡黙。聞きたいことがあるとき以外は滅多に口を開かない。だからこそ彼と雫の間にはしばらく沈黙が訪れていた。


「うわっ、とっとっとぉぉっ!!?」


 そんな二人の沈黙を破るかのように、後方から鳴り響く自転車の警音機と男子生徒の声。彼は何事かと背後へと振り返ってみれば、


「危ない危ない! そこどいてどいて!!」


 短い茶髪にだらしない制服姿をした男子生徒が自転車に乗って、二人に迫っていた。自転車の前輪がパンクしているせいか、ブレーキが全く効いていない。しかもハンドルの操縦も上手くいっていないようだ。


「曲れぇぇぇ!!」


 彼は一切振り向かないシズクの袖を引っ張るのだが、彼女は完全にそれを無視してただ前進する。


「光れぇ! オレの右手ぇぇ!!」


 その男子生徒は必死にハンドルを右へと大きく傾けて、近くにある電柱へと正面から衝突してしまう。 


「っ――!! っっ――!!」


 そして、自転車から転がり下りると何度かその場にぴょんぴょんと跳ねながら両手で膝を押さえ悶えていた。彼は声を掛けるべきか迷った挙句、歩をどんどん進める雫の後に続き「ナイストライ」と心の中で称賛して前を向く。


「…あれは」


 あの不運な男子生徒から随分と離れた場所までやってくると、突然雨氷雫がその場に足を止めた。彼女が視線を向ける方向には、一人の女子生徒が本を読みながら十字路を通り過ぎる光景。彼は「どうしたの?」と雫へ尋ねる。


「…黒沢理恵くろさわりえ。あの年齢でアーチェリーの世界大会に出場し、惜しくも優勝を逃した有名人。テレビで見たことあるでしょ?」


 そう問いかけられた彼は「全然知らない」と返答し、スマートフォンで名前を検索を掛けてみた。


「私は一目置いていた。あの狙いの鋭さ、偏差撃ちの理解度。あれだけの実力があれば、間違いなく世界大会だって優勝できたはずなのに…」


 ネットの記事に書かれていたのは『アーチェリー界の申し子! 的ではなく少女を射抜く!!』と、タイトルだけで何が起きたのか察することのできる内容だった。


「私も詳しい話は知らない。けどその事件以来、黒沢理恵はアーチェリー界から姿を消した」


 そのネットの記事のコメントには『ちゃんと狙えよクズ』『二度とアーチェリーに触るな』。というような、黒沢理恵に対する誹謗中傷を含む内容が多く投稿されていた。


「あの制服、真白高等学校のものだった。もしかして同じクラス?」


 彼はクラスメイト全員を把握しているわけではないため、首を左右に振って「分からない」と否定をする。


「そう…」


 それから十分ほど歩き続け、やっとのことで雫の家まで辿り着いた。彼は目の前にそびえ立つ立派な一軒家を見上げ「久しぶりに来た」と少々懐かしむ。


「…連れてきたけど」

「あー、ご苦労さん」 


 玄関の扉を開けば、リビングの方から眼鏡をかけた黒髪の男性が顔を見せた。


「昨日ぶりだな」 


 その男性は昨日の帰り道に遭遇した男性。雨氷雫の恋人だと語っていたことを彼は思い出し「そうですね」と敬語で返答する。


「お前、敬語を使うのか…」

「"霰"。"絢"と"村正"は?」

「あー、リビングでゲームしてるよ」


 "霰"と呼ばれた男性にリビングまで案内されると、そこにはやや長めの茶髪と、片目が隠れるほど長い前髪を持つ白髪の男性が二人がソファー座っていた。二人の手にはゲームのコントローラー握られている。


「最終奥義で吹っ飛ばしてやるよ…って、あっれぇ!?」

「使うタイミングが下手くそすぎる。ほらよ」

「ぬおぉぉぉぉぉ!!?」


 画面を見ずともその反応だけでどちらが勝利を収めたのかが分かった。きっと勝ったのは白髪の男性だ。


「おいお前ら、転校祝いをするから席に着け」

「おおー!! 俺、めっちゃ腹減ってたんだよなぁ! さっき負けたのもそれが原因だ!」


 眼鏡をかけた男性がキッチンから次々とリビングへ料理を運んでくる。それを見た茶髪の男性はコントローラーを放り投げて、リビングの木の椅子へと腰を下ろした。


「…言い訳も下手くそすぎる」


 白髪の男性はそれを聞いて、溜息をつきながらも茶髪の男性の隣に置かれている椅子へと腰を下ろす。


「…あなたも座って」


 彼は雨氷雫に誘導された席へと座り、机に並べられている料理に一つずつ目を配ってみた。


「まぁ、こんなもんで足りるだろ」


 ピザ、フライドポテト、チキンナゲット、ミートソースのかかったスパゲッティ。そして最後に運ばれてきたのは何故かほうれん草のソテー。眼鏡をかけた男性は雫の隣にある椅子へと座る。


「よーし! 早速食べて――」

「待て。これはお前を祝ってるんじゃない。"コイツ"の転校祝いとやらなんだろう?」

「ムラマサの言う通り。最初は絢たちが彼に自己紹介をしないとダメ」


 茶髪の男性は雨氷雫と白髪の男性に注意をされれば「わりぃわりぃ!」と二人に謝りつつも、彼の座っている方角へと視線を向けた。


「俺は朧絢おぼろ あや! 雫の友達だ! 何かあったら"先輩"の俺に頼ってくれ!」

 

 朧絢。とても陽気で、少しお茶らけている。偏見かもしれないが、この男性は年下の後輩を誰よりも大切にしそうだ。


月影村正つきかげ むらまさだ。良くも悪くも、お前の従姉弟とは仲良くさせてもらってる」


 月影村正。落ち着いた性格をしているが、その鋭い目つきに片目を覆う前髪のせいでやや"不良"のようにも見える。ただそれは見た目だけで、中身は悪い人ではないことは確かだろう。 


「…今度は霰の番」

「あー? 俺はあんまり自己紹介が得意じゃないんだが」

「なら俺たちが代わりに説明してやろうか? "四色の蓮"の中で最高峰の"チート野郎"だってな」

「言い方に悪意があるぞ村正。チート野郎だって好きでチートしてるわけじゃないんだよ」 


 からかう村正に対して、眼鏡をかけた男性はジト目で視線を送り、嫌々自己紹介を始めた。


「あー、雨空霰あまぞら あられだ。あー、前にも言ったがシズクの恋人で。あー、そんなに言うこともないな」

 

 雨空霰。眼鏡を掛けているせいか知的な印象を抱いた。口癖はおそらく「あー」なのは確実。喋り方からはまったく覇気を感じない。村正が述べていた"チート野郎"という言葉が、とても似合いそうになかった。


「これが私の旧友たち。悪い人じゃないからいつでも頼ってあげて」

「雫、こいつの世話を見るのはお前だろう。俺たちがこいつに頼られることなんてない」

「でも私にも分からないことが沢山ある。例えば、何を仕送りとして送ればいいか…とか」 


 そう言いながら俯くシズクに、三人は首を傾げる。


「仕送り? そんなもの水と食料でいいだろ」

「そうそう! 後は娯楽用品とかさ!」

「あー、一番は金だけどな」

 

 彼の仕送りの提案を雫にそれぞれ述べるが、どれもこれも性格が出過ぎていた。これには彼も苦笑せざるを得ない。


「私は前にこれを送った」


 雫がスマホをポケットから取り出して、一枚の写真を三人に見せる。


「「「……」」」


 その写真を見た三人は頬を引き攣りながら、彼の顔へと視線を向けた。その視線には「お前も大変だな…」というような同情の哀れみが含まれているような気がしてならない。


「私にはいまいち分からない。あなたぐらいの年齢にはこういうのが必要なんでしょ?」


 スマホの画面に映し出されていたのは"男同士が抱き合っていたり"、"女性同士が抱き合っていたり"、"男女が裸で混じり合っていたり"する本が並べられている写真。そう、これは彼が部屋の片づけをしてもらっている時に神凪楓に見つかったもの。


「あー、まさか既に被害を負って…」

「南無阿弥陀仏だ」

「安心しろ…! 俺たちはちゃんとお前に同情してやれる男仲間だ…!」


 机に両肘をついて顔を覆い隠す彼。霰は視線を逸らし、村正は目を瞑って両手を合わせ、絢は彼の肩を掴んで励ます。その様子を見ていた雫は少しだけ思考に浸ると、何かを思いつく。


「もしかして、ジャンルが違って――」

「何もかもちげぇよ!! 思春期の男子なんだと思ってんだ!?」

「…お前、よくシズクと恋人同士でいられるな。そこだけは尊敬する」

「いや、俺の尊敬してる場所そこだけかよ」


 雫の見当違いの推理。その後リビングに木霊するのは絢の咆哮と、二つの溜息だけだった。

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