第6話 悪ノリと荷物整理
「相変わらず気難しそうな顔をしているわね」
自分の席で教科書やらを机にしまっていれば、後ろの席で読書をしている神凪楓が悪態をついてくる。彼女は視線を本へと向けたまま、こちらの顔をまったく見ていない。これから踏まえるに、おそらく自分が笑顔でいたところで、先ほどのセリフを述べてきたに違いないはずだ。
「どうせ昨晩は深夜まで起きていたんでしょ?」
その問いかけに首を左右に振って否定する。昨晩は転校してきたばかりで新居の荷物を整理しきれておらず、帰宅してからひたすらに部屋の片付けをしていたのだ。そのことを彼女へと伝えれば、
「あんた、片付けできるの?」
細目で自身の頼りなさを疑われた。片付けぐらいはできる…と言いたいところだが、実際は大の苦手。昨晩も荷物整理を数時間だけ行い、やっと半分終わったところだ。従姉弟の雨氷雫にその中間報告をしたときに「遅すぎる」と言われたことで、なおさら苦手意識が強くなった。
「…図星かしら?」
ここで意地を張っても仕方がないため、神凪楓に対して素直に「苦手」と返答する。彼女はその答えを聞いて「やっぱり」と妙に自信に満ちた表情に変わり、やっとこそ本からこちらと視線を交わしてくれた。
「仕方ないわね。今日はどうせ何もやることがないから…。あなたの荷物整理を手伝ってあげるわよ」
それはとても助かる…のだが、以前まで厳しかった彼女が突然優しくなったことに違和感を覚える。それのせいで絶妙に喜べず「う、うん…」という反応をしてしまい、
「…何よ? 余計なお世話だった?」
カエデは不満そうな表情を浮かべる。このままだと怒らせてしまうため「そんなわけない。とても助かる」と感謝の意を示した。
「よぉっ! お前ら何話してんだ?」
そこで白澤来と波川吹が「何だ何だ?」とこちらへとやってくる。
「別にそんな大層なこと話していないわよ。ニットが次の授業を教えてくれっていうから話してただけ」
「おん、ほんまなんか?」
波川吹がそれを疑い、こちらへ顔を向けてきた。一瞬だけ「それは嘘だ」と答えようとしたが、吹の背後にいる神凪楓が鋭い目つきで睨んできたことで「その通り」と嘘に便乗するしか他ならない。
「そうか! んじゃあオレらと一緒に…」
「あの馬鹿でアホで馬鹿なノリはやらないわよ」
「おおん!? 誰がアホで馬鹿でアホや!?」
色々と突っ込みたい箇所がある。まず「馬鹿」ではなく「アホ」が増えていることと、別に波川吹を馬鹿にしているわけではないということ。彼らの問題点は馬鹿でもアホでもなく「人の話を聞かない」という点なのではないだろうか。
「オレたちは今楽しめることを全力で楽しんでいるだけだぜ!」
「あんたはその熱意を今月にある実力テストへ注ぎなさい」
ここでふと脳裏を過ぎったのは昨晩の不思議な夢。あの時言われた言葉は『
「…おっ? なんかいい音楽が聞こえてくるねぇ?」
この二人がEDMというジャンルの音楽をかけていたことを思い出し『Itube』でそれを流し始める。真っ先に白澤来がそれに気がつき、徐々に身体を揺らし始めた。
「ちょ、ちょっとあんた…? 何をしてるのよ?」
「おんっ、おんっ、わいもなんだか乗ってきたでぇ!!」
波川吹も白澤来に続いて、頭が小刻みに揺れ始める。
「ニット、その音楽を止めなさい」
「もうこれはオレたちを止めらんねぇぜ!!」
「おん、わいはもう止まらへんで!」
神凪楓が頬を引き攣ってこちらを見てくるが、白澤来たちはもう止まらない。流れているEDMに合わせて身体を大きく動かして、その場で頭を振り出した。
「止めなさい」
「おん!!」
「止めなさい!」
「おうおうおう!!!」
白澤来と波川吹に左右から肩を組まれ、無理やり身体を動かされる。神凪楓はその様子を見ながら、耳を手で塞いで「どっか行って!!」と必死に訴えてきたが、
「行くぜ行くぜ行くぜぇぇーー!!」
「ちょっと!? その本を返しなさいよ!!」
曲の最も盛り上がるタイミングで、神凪楓がさっきまで読んでいた本を取り上げて、一緒になって上下に揺らす。
「おおぉぉん!!」
一緒になって動き回る最中、脳内にあの時の声が響き渡った。
『汝、宿命へ挑む力――"憤怒"と"強欲"の
白澤来と波川吹に肩を組まれながら、スマートフォンにいつの間にかインストールされていたあのアプリを起動してみると、
憤怒
ランク1 動体視力を少し向上させる
ランク2 ―――
ランク3 ―――
ランク4 ―――
ランク5 ―――
強欲
ランク1 身体能力が少しだけ向上する
ランク2 ―――
ランク3 ―――
ランク4 ―――
ランク5 ―――
という二つの項目が能力の上に追加されていた。『動体視力を少しだけ向上させる』という力と『身体能力が少しだけ向上する』力。
「盛り上がっていこうぜ!」
「おん、おんおんおんおんっっ!!」
「あんたら、窓から放り出すわよ?」
白澤来が"強欲"、波川吹が"憤怒"という
「放り出されてもオレは最強だから、そのまま空を飛ぶぜ!」
どちらにせよ、この騒がしい時間は授業開始のチャイムまで終わらない。神凪楓に睨まれつつ、自分で起こしたその惨劇に溜息をつくしか他ならなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「こっちよこっち」
授業終わりに約束をしていたはずの神凪楓が見当たらず、どこに行ったのかと正門を出てみれば、近くの電柱から顔を覗かせている彼女に手招きをされる。
「ほら、さっさと行くわよ」
側まで近づけば腕をガシッと掴まれ、強引に住んでいるマンションへと連れていこうとする。何を急いでいるのか、かなり足早にコンクリートの道を進む。「なぜ、そんなに急いでいるのか」と神凪楓に尋ねてみれば、
「誰かに見られると後々余計なことになるからよ」
要は神凪楓は自分と一緒にいる姿を誰かに見られたくないらしい。あの時、白澤来と波川吹に荷物整理のことを話すなと視線で威圧を掛けてきたのも、それが主な理由だろう。
「…で? あんたの部屋はどこよ?」
住んでいるマンションのエレベーターに搭乗して、自分の部屋の階を押す。神凪楓もこのマンションに住んでいると聞いていたが、確かに扉を閉めるボタンを押す手慣れさから随分と長くここに住んでいることが窺える。
「あんたの部屋。私の部屋の真下じゃない」
それを聞いて少々驚いてしまう。真白高等学校へ入学する前からこのマンションで一人暮らしを始めている。にも関わらず、今まで上の階から物音ひとつ聞こえてこなかったからだ。
「ま、そんなことどうでもいいわ」
単に天井や壁が防音に優れているからかもしれない。けれど、あまりにも物音一つしないため誰も住んでいない空き部屋なのではないかと思い込んでいた。
「…酷い有様ね」
リビングへと足を踏み入れたカエデは最初にそうボソッと呟く。段ボールに詰められた荷物が部屋の至る個所へと置かれている状態。
「どうして部屋の隅に段ボールを集めないのよ? 歩きづらくって仕方ないじゃない」
そんなことを聞かれても答えようがない。何故なら、荷物整理に夢中になっているといつの間にか段ボールがチェスの駒のように置かれていたからだ。片付けというより整理が苦手という部類なのだろう。
「これは手こずりそうねぇ…」
こうして始まった荷物整理。神凪楓にはリビングにある段ボールの中身を分別してもらい、自分は自室の荷物整理を担当することにした。
「ねぇー! これはいるものなのー?!」
自分と神凪楓の違いを思い知らされたのはどこに何を置くかを決める判断力の速さ。空っぽの家具に本やら衣服やらを詰めすぎず、空きすぎずの要領でどんどん片付けていく。
「私の方は半分ぐらい片付いたわよ…って。あんたの方は全然終わってないじゃない!?」
一時間経過して神凪楓が担当したリビングの段ボールは半分ほど消失し、それに対して自分の方はやっと三分の一が片付いた程度。彼女はこちらの状態を見て、大きな溜息をつく。
「…仕方ないわね。先にそっちを手伝ってあげるわよ」
力を貸してくれる神凪楓に「ありがとう」と感謝の言葉を述べつつ、自室の片づけを再開する。
「意外と多趣味なのね」
楓が見ている段ボールには趣味に関連する物を詰めていた。こう見えても面白そうだと思ったものは必ず嗜んできた。その類はヨーヨー・カードゲーム・マジック・ラジコンというように、
「ニット、あんたってこういうのが好きなの?」
かなり子供じみているものばかり。悲しいのは幼少期からこの道具たちで共に遊んできた友人が、次々と大人の思考となり趣味から離れていくということ。それを神凪楓にしみじみと語った。
「どうかしら。私はそうとは思わないけど」
楓は試しにヨーヨーを取り出して、その場で軽く遊んでみせる。
「こうやって好きなものから離れるのは悪い事じゃないわよ。だって私たちが興味のあるものを見つけられるときって…。"自分の視野が前よりも広がったから"でしょ?」
遊んだことがあるのか様々な技を披露してくれた。どの技もかなり精錬されており、かなりやり込んでいることが窺える。
「新しい趣味へ移ることは生きていくうえで当たり前のことで、それは成長している証なのよ。あなたの周りは決して子供じみているから辞めたわけじゃない。変わったのは"思考"じゃなくて――"視野"」
ヨーヨーを華麗にキャッチすると、こちらへ投げ渡した。
「これはあくまでも私の考え。これを聞いてどう思うかはあんたの勝手よ」
ヨーヨーを眺め、少しだけ自分のことを考える。確かに今まで他のことに目移りしないまま、このような趣味に没頭してきた。"カラオケ"やら"ゲームセンター"やらに誘われたこともあったが、いまいち興味が惹かれず断り続けてもいた。楓の話を聞いて、自分の視野の狭さを認識する。
「…変な話をしたわね。今は口より手を動かしましょ」
背を向け段ボールから荷物を取り出し始めたカエデ。そんな彼女に「自分も何か新しい趣味を見つけてみる」と意思を示してみれば、動かしていた手が止まり、
「…オススメの参考書ぐらいは教えてあげるわよ」
一言だけそう返答した。
『汝、宿命へ挑む力――"勤勉"の
脳内に響き渡る声。それが聞こえたと同時に、スマートフォンのあのアプリを開いて確認をしてみる。
勤勉
ランク1 学習能力が少し成長する
ランク2 ―――
ランク3 ―――
ランク4 ―――
ランク5 ―――
そこには"勤勉"と書かれた項目が増えており、ランク欄には『学習能力が少し成長する』という一文のみが記載されていた。学習能力、というのは頭の良さのことを指すのだろうか。
「…ん?」
スマートフォンの画面を確認していれば、神凪楓が何かを見つけたらしく、ガサゴソと段ボールの奥から数冊の本を取り出す。
「――っ!!」
その数冊の本の表紙は、"男同士が抱き合っていたり"、"女性同士が抱き合っていたり"、"男女が裸で混じり合っていたり"する系統のものばかり。神凪楓はそれに気が付くと、顔を真っ赤にして持っている本を床に落とす。
「な…これ…なっ…」
言葉にもならないようで、口をもごもごとさせつつこちらへとその林檎のように真っ赤な顔を向けた。しかし自分にその本に心当たりがない。もしこんな本を持っていたのであれば、自室の手伝いは素直に願い下げしていた。
「あ、あんたっ…!」
スマートフォンにPINEの通知が表示される。メッセージを送ってきたのは従姉弟の雨氷雫。
『役立つと思って好きそうな本を入れておいた。後で見てみて』
犯人は雨氷雫。彼女が悪意か善意で入れたこの数冊の本。これは是が非でも神凪楓に弁解しなければならないと「これは従姉弟が入れたんだ」と必死に訴えかけるが、
「いくらなんでも多趣味すぎよぉーー!!」
時はすでに遅し。自分の顔にその数冊の本が衝突した。
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