第4話 もう一人の転校生

 ニットというあだ名が付けられた次の日の朝。慣れていない通学路を歩きながら、真白高等学校へと登校していた。


「まるで不審者ね」


 それを嘲笑うかのように背後から声をかけてきたのは神凪楓。そういえば同じマンションに住んでいるんだったと思い出しつつも、少しだけ歩を遅らせ楓の隣へと移動をする。


「嫌われ者の私と一緒に登校しても良いことなんてないわよ」


 別に良いことを求めているわけではない。ただ道が合っているか不安だったから共に登校したかった。そんな考えを楓に伝えてみれば「あっそ」と素っ気ない返答をするだけ。


「…何よ?」


 自分は嫌われているのだろうか。もしかしたら昨日、何か気に障ることでもしてしまったのかもしれない。一応謝っておこう。


「ちょ、ちょっと…! 何で急に謝るのよ!?」


 取り敢えず楓に「ごめん」と謝ってみれば、やや焦りながらもその行動に驚いていた。どうやら気を悪くしていたというわけではなく、ただ単に神凪楓の性格が"キツイ"だけらしい。


「まったく…。あんた、少し変わっているわ」


 変わっているのは楓の方じゃないか。と言葉を返したいところだったが、さらにキツイ言葉が返ってきそうだ。それだけは避けたいので「そうでもない」という返答をする。


「いいえ変わっているわよ。大体私と一緒に登校しようとするやつなんてそういないんだから」


 そんなこんなで三年一組の教室まで辿り着く。お互いに自分の席へと荷物を置くまでしていた神凪楓との会話は特に盛り上がることなかったため、それを機にぱったりと会話が途切れてしまった。


「盛り上がっていこうぜ!!!」

「おおん! おん! おおおん!!」


 何やら騒がしそうにしている。声のする方向へと顔を向けてみれば、そこでは白澤来と波川吹がスマートフォンから流したエレクトリックな音楽に合わせ、首を高速で振りながら踊っていた。


「あんたら、朝っぱらからうるさいわよ!」

「そう怒んなって! オレたちはいつでもうるさいだろ?」

「そうや気にせんでくれ! わいたちはいつでもどこでも首を振って、テンションを上げたいだけやからな!」


 少しの間だけ二人のやり取りを耳に入れながらも、我慢をしていた神凪楓がついに白澤来と波川吹へと怒声をぶつける。少しは反省するのかと思いきや…。むしろそれを待っていましたと言わんばかりに白澤来が机に置いてあるスマートフォンを片手に握り、吹と共に首を振りながら楓の元へ歩み寄った。


「楓! お前もオレたちとテンション上げていこうぜ!」

「そのやかましい音楽を流しながら近づいてくるんじゃないわよ!」

「イライラするのはアカンで! 頭を空っぽにしてこその人生謳歌ってやつや!」


 勧誘をしている二人と怒りを露にしている楓。白澤来と波川吹はキツイ性格の神凪楓にちょっかいをかけることで、そのスリルを楽しんでいるようにも見えた。


「おっ! ニット、お前はどうだ?」


 楓の席に近いことで、白澤来によく分からないノリをやらないかと勧誘をされる。


「転校してきたばかりやし、ここらではじけた方がええで」

「やめておきなさいニット。それと"弾け飛ぶ"つもりならあんたらだけで"弾け飛び"なさい」


 まだ自分には転校してきたばかりの身分で感情を高ぶらせるほどの勇気はない。ここはひとまず神凪楓の言う通り、「やめておく」と丁重にお断りした方が良さそうだ。


「そうかぁ。お前とならオレと吹の三人でめっちゃ盛り上がれると思ったんだけどなー」

「まぁわいたちもそこまで無理強いはせえへん。また気が向いたら一緒にやろうや」

「…何であんたたちはこんな下らないことでしょげてるのよ?」


 神凪楓がややテンション下がり気味の二人を見て頬を引きつる。そのタイミングで西村駿と東雲桜が教室へと姿を見せ、こちらへと軽く手を振ってきた。


「おはようー!」

「おはよう! 教室に戻ってきたってことは…。生徒会の仕事が終わったのか?」 

「あぁ勿論だ。昨日ニットが手伝ってくれた甲斐もあって、今日の仕事は早めに終わらせることができたよ」


 仕事を終わらせてきた西村駿と東雲桜に「それはよかった」と伝える。昨日、生徒会の仕事を手伝わせてもらったが、あの仕事の量を頻繁にこなしている生徒会長と副生徒会長には頭が上がらない。


「そういえば、今日はまた転校生がこの教室にやってくるんだって」

「なんや? また転校生が来るんか?」

「遠くの町からやって来たという話を聞いているぞ。境遇ならニットと同じかもしれない」


 西村駿にそう言われれば、担任の水越先生が教室へとやってきて「全員席に着けー」と声を上げる。駿たちはそれぞれ各々の席へと帰っていき、


「今日も遠い町からやってきた転校生の紹介をするからなー!」


 先ほど話をしていた転校生に関する情報を、水越先生が口からチラッと言葉に出す。どうやら水越先生はこのクラスに仲間が増えることが嬉しいのかうずうずしているようだ。


「よーし! 全員席に着いたなー!」


 水越先生は生徒たちが席に着いたことを確認すると、引き戸の向こうにいるであろう転校生を招き入れる。


「…女子ね」

 

 後ろの席に座っている神凪楓がぼそっとそう呟いた。確かに教卓の前に立つのは女子生徒。それも楓と同様の目立つ金色の髪に、滅多に見かけることのないツインテール。スカートの下には黒タイツを履いており、身長はそこまで高くないように見えた。


「それじゃあ自己紹介をしてくれ」


 転校生である彼女の第一声がどんなものか、教室内の生徒は無言のままそれを見守る。


「私は雨宮紗友里あまみや さゆりです~! この町には初めて来て分からないこととか沢山あるので、色々と教えてください~!」


 第一印象は明るく可愛らしい女子生徒。無邪気な笑みはどこか幼さも感じさせられる。


「雨宮の席は…。そこにしようか!」


 水越先生が指差した席はすぐ目の前の席。雨宮紗友里は「分かりました~」と呑気に返答して、その席へと座った。


「よろしくね~!」


 雨宮紗友里はそう挨拶しながらあの無邪気な笑みをこちらに向けてくる。挨拶を返さないのは失礼に値するため、「こちらこそよろしく」と彼女へと挨拶をし、水越先生による朝のホームルームが始まりを告げた。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 転校してきて二日目。六時間目まで続いていた長い授業があっという間に終わってしまう。


「ねぇ~、あなたって昨日転校してきたんでしょ~?」


 帰りの支度をしていると雨宮紗友里に声を掛けられた。昼休憩にて西村駿たちは彼女と交流を図ろうとしていたが…。雨宮紗友里は用事でもあったのか、昼休憩中は教室から姿を消していたことで、あまり交流が出来ていない状態。


「私と一緒に帰ろうよ~! 転校生同士、仲良くしたいもん~」

  

 人との交流は苦手の部類。しかし彼女は転校してきたばかりで話せる相手がいない。自分も一日前に転校してきたこともあり、その気持ちはよく分かる。だからこそ、その誘いを断れず「いいよ」と答えた。


「ありがと~! 今日は職員室で色々と手続きしないといけなくて、みんなと話せなかったんだよね~」


 折角なら他にも誰かを誘おうと教室を見渡してみる。けれど生徒会の仕事や部活動などで忙しいのか、誰一人として教室には残っていない。


「どうしたの~?」


 雨宮紗友里にそう尋ねられ「何でもない」と返答する。どうやら彼女と二人きりで帰宅しなければならないようだ。


「じゃ、行こ~!」


 一人で初対面の相手と会話が続くかどうか少々不安だ。けれど自分よりも不安を募らせているであろう雨宮紗友里に心配を掛けさせないよう、ここは男を見せようと帰宅路につくことにした。


「この町って都会だよね~。私の住んでいた町とは大違いだよ~」

  

 真白町を歩きながら雨宮紗友里はそんなことを述べる。


「あなたもこういう田舎に住んでいたの~?」


 その質問に対して「そうだ」と答えを返すと、自分が両親の都合で転校させられたこともついでに教えた。


「そうなんだ~! 私も同じような理由だから"似たもの同士"だね~!」


 雨宮紗友里は仲間を見つけたかのように、「えへへ~」とあの無邪気な笑みをこちらへ向けてくる。


「部活は何部に入るとか決めてるの~?」


 入ろうとしている部活動は前の学校から所属していたバスケ部と何かしらの文化部。彼女へとそのことを伝えれば、「えー!?」と大きな声を上げ、


「私も前の学校でバスケ部だったんだよ~! 本当に私とあなたって似てるね~!」

 

 目を丸くして驚いていた。その反応に周囲を歩いていた高校生たちから注目を浴びてしまう。きっと"かなり感情豊かな女子生徒だ"と思われているに違いない。 


「じゃあ私とあなたは一緒の部活動に入れるかも~」


 嬉しそうにこちらの顔を見る雨宮紗友里と二人で歩いていれば、向かい側から妙に気になってしまう二人組がやってくる。


「お願いします! 強くなる方法を教えてください…!」

「あー、そんなこと言われてもな」


 同じ真白高等学校の制服を着た背の低い銀髪の女子生徒。そして黒縁の眼鏡をかけた私服姿の男性。雨宮紗友里も気になるのか会話を止めて、その二人を眺めていた。


「あなたのような"四色の蓮"に、"此方こなた"はなりたいんです…!」

「いや、強いから四色の蓮になれるというわけじゃないんだが…」


 "四色の蓮"という聞き覚えの無い単語に、"此方こなた"という非常に珍しい一人称。せがまれている男性はどうしたものかと困り果てている。


「…あー?」


 向けられた視線に気が付き目と目が合う。その男性はこちらをじーっと見つめ、


「お前、雫の従姉弟だよな?」


 従姉弟である雨氷雫の名前を上げながら近づいてきた。雫の知り合いなのかもしれないと念のため「そうです」と返答をする。

 

「やっぱりそうだったか。まさかこんなところで初めて対面することになるなんてな」

「ん~? この人ってあなたの知り合いなの~?」


 不思議そうにその男性をジロジロと見つめる雨宮紗友里に「多分従姉弟の知り合いだ」と答えた。


「もっと言えばこいつの従姉弟の恋人だよ」

「うわ~! 凄い関係だね~」

「お前もこの辺では見ない顔だが…」

「私は今日転校してきたばかりだよ~」


 その男性と雨宮紗友里がしばらく見つめ合う。二人がそこまでして何を観察しているのかは分からないまま、


「まぁ、こいつと仲良くしてやってくれ」

「もち~!」

   

 その男性が雨宮紗友里の左肩を軽く叩いて、そのまま通り過ぎてしまった。


「あっ、待ってください!」


 銀髪の女子生徒もその男性を追いかけるために駆けていく。


「――"舟"と"薔薇"」  


 肩を軽く叩かれた彼女は小さな声で何かを呟く。あまりにも唐突に呟いたため、「今、何か言った?」と聞いてみる。 

 

「ううん、何でもないよ~」


 こちらの問いかけに対して、雨宮紗友里は無邪気な笑みで「何でもないよ」と首を左右に振り再び歩き出した。


「あ、私の家はこっちだから~」


 会話を交わして歩いていれば間もなく十字路までやってくる。雨宮紗友里の家の方角は十字路の左、自分の家はこのまま真っ直ぐだ。 


「今日はありがとね~! おかげでこれから楽しく学校で過ごせそうだよ~!」


 雨宮紗友里が左の手の平をこちらに向けてくる。おそらくハイタッチをしたいのだろう。


「イエーイ!」


 自分も右手を出して意味もないハイタッチをする。彼女は白澤来や波川吹のようなテンションを上げていくタイプなのかもしれない。


「バイバイ~! また明日~♪」


 こうして転校してきた二日目が何事もなく平和に終わるのであった。

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